優魅ちゃん!!
ため息をつきながら、優花里さんは重い足取りで玄関へ向かった。
わたしも付いていこうとしたけれど、「ここで待ってて、焦げないようにかき混ぜておいてね」と制止され、一人厨房に残された。
廊下で何やら言い争う声が聞こえた後、優花里さんが一人の少女を連れて戻ってきた。
「はじめまして、伊藤優魅です!」
丁寧に頭を下げて挨拶をしてきた彼女を見て、わたしは固まった。
(えっ! 可愛い〜! 何この子! 顔立ちこそ優花里さんに似ているけれど、あのクールな美人顔をギュッと可愛くして、愛嬌をたっぷり振りまいた感じ……!?)
伊藤家の遺伝子、恐るべし。
これでお姉さんまでいるなんて、三姉妹揃ったら画面が割れるんじゃないだろうか。
などと呑気に考えていると、優魅ちゃんがいきなりわたしの方へタタッと駆け寄ってきた。
「……っ!?」
次の瞬間、ギュッと抱きしめられた。
「えっ! え、えええ〜!?」
「優魅! やめなさい!」
優花里さんの鋭い制止もどこ吹く風、優魅ちゃんはわたしの顔を至近距離でじっと見つめてくる。
「え〜! 優花里お姉様、サキさんってすっごい可愛い人じゃないの!」
あまりの美形に見つめられ、心臓が爆発しそうだ。思わず目をそらした瞬間、頬に「ちゅっ」と温かくて柔らかい感触が走った。
「「…………えええ!?」」
わたしと優花里さんの叫びが重なる。
「優魅!! やめなさいと言っているでしょう!!」
「え〜、サキさん可愛いんだからいいでしょ? ね、サキさん?」
「え? は、は、はいぃっ!」
「サキ! 返事しなくていいのっ!」
優花里さんが血相を変えて割り込んでくる。
「お姉様、もしかして妬いてるの〜?」
「黙りなさい!」
優魅ちゃんはケラケラと笑いながら、鍋を覗き込んだ。
「あ、サキさんカレー作ってるの?」
「あ、これは優花里さんが……」
「そうなんだー! お姉様、わたしも食べていいよね!」
「あなたの分なんて作っていないわよ」
「でもこれだけたくさんあるんだから、一人じゃ食べきれないでしょ? もしかして、わたしの為に作ってくれたの?」
「そんなわけないでしょう!!」
二人のやり取りは、まるでマシンガンの応酬だ。
「もう、あなたはリビングに行ってなさい!」
「じゃあサキさんと行くー! サキさん、行こ?」
「あ、あ、はい……」
「サキ、行かなくていいの! あなたはここにいて!」
「優魅、あなただけ行ってなさい!」
「いじわるー!ふん!」
優魅ちゃんはぷくーっと頬を膨らませ、モデルのような足取りでリビングへと去っていった。
嵐が去った後のような厨房で、優花里さんは肩で息をしながら、怒りと焦燥が混じった複雑な視線をわたしに向けてきた。
(……優花里さん、目が笑ってない。これ、キスマークの時より修羅場じゃない?)
肩で息をしている優花里さんに、わたしは場を和ませようと必死に声を絞り出した。
「か、可愛い妹さんですね……。優花里さんに似て美人だけど、愛らしい感じで……」
その瞬間、優花里さんがギロッと鋭い視線でこちらを射抜いた。
「ひっ……!」
「サキ。あなたは……あの子の性格、どう思った?」
「え? ああ~、いきなり頬にキスされたのは驚きましたけど、明るそうでいい子じゃないんですか?」
「そうよね、いい子に見えるのよね」
優花里さんの声が、極低温まで下がる。
「あの子は外面がいいの。……それと、あの子って昔から、わたしの持っているものをすぐに欲しがって、奪っていくのよ。……わたしの『友達』とかもね」
「えっ……? それって……」
「わたしが友達を家に連れてきたら、いつの間にかわたしよりも仲良くなって、勝手に連絡を取り合って……最後にはわたしを除け者にするの。あの子は、そういう子よ」
(……ドラマやマンガで見る、ドロドロした姉妹関係の実写版?)
「だから、わかるの。あの子は今、あなたをわたしから奪おうとしているわ」
「そ、そんなことになるわけないじゃないですか! わたしは優花里さんが大好きだし、昔のお友達の時とは状況が違いますよ!わたしの気持ちだってあるんですから!」
「でもサキは、あの子のことを『可愛い』と思ったでしょう?」
「そ、そりゃあ……優花里さんの妹さんですから綺麗ですし、可愛い雰囲気で……」
「あの子はわたしよりも数段社交性が高いから、そう思わせたら最後、そのまま心も落としてしまうのよ」
優花里さんの目は、冗談を言っているようには見えなかった。本気で「獲物を狙う天敵」を警戒するハンターの目だ。
「で、でもわたしはそんなことには……っ」
「サキは大丈夫だと思うけれど……。いい?あの子には絶対に気を付けてね」
「は、はい……」
優花里さんの執念にも似た独占欲と、優魅ちゃんの不可解な親しみやすさ。
カレーの鍋から立ち上る湯気が、二人の中間地点でゆらゆらと揺れている。
どうやらこの別荘旅行、優花里さんのヤンデレを凌ぐ「新たな火種」が投入されてしまったらしい。
わたしは生唾を飲み込みながら、優魅ちゃんが待つリビングへ、料理を運ぶ準備を始めた。
カレーをリビングへ運び、優魅ちゃんの前へ置く。 優花里さんは当然のように優魅ちゃんの横に座り、わたしの正面を陣取った。
……が、優魅ちゃんは迷わずカレー皿を持ち上げ、わたしの隣へと移動してきた。
「わたしはサキさんの横がいいな」
「優魅! やめなさい!お行儀が悪いわよ!」
「も〜、お姉様すぐ怒るんだから〜。ねえサキさん、うちのお姉様って怖くないですか?」
「え? こわ……まあ……」
「ですよね! いっつもぷりぷり怒ってるんですよ〜。わたし、いっつも怒られてばかりで……」
と、嘘泣きの仕草をする。いちいち仕草が小動物みたいで可愛らしい。
「優魅、静かにしなさい!」
「ほら、また怒る。サキさんも怖いですよね?」
「え、ま、まあ……」
「サキ! 答えなくていいの!」
優花里さんの血管が切れそうだ。けれど優魅ちゃんは、潤んだ瞳でわたしを見つめる。
「お姉様、サキさんを怒ったらかわいそうだよ〜。サキさん何も悪いことしてないのに」
「あなたが原因なのでしょう!?」
「わたしは可愛いサキさんとお話ししたいだけなのに、お姉様が邪魔するから……」
(ひ、板挟み……! カレーの味が全然しなさそうだよぉ!)
「二人とも、喧嘩はやめて、まずは食べましょうよ。カレー冷めちゃいますよ」
「「……そうね(そうだね!)」」
やっと姉妹喧嘩が落ち着いた。 それにしても、優魅ちゃんは美嘉と同い年なんだよね。
……見えない。美嘉よりずっと大人びているし、仕草の一つ一つが洗練されている。
(こんな可愛い妹が家にいたらいいのになぁ……なんて。あいつ、今頃くしゃみしてるだろうな)
新キャラの妹ちゃん、優魅登場です。
彼女の登場でさらに物語が、かき混ぜられそうです。




