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いったたたたた〜!!

 自宅近くから高速に乗り、途中のPAで休憩を挟みながら4時間ほど走った頃、車窓いっぱいに真っ青な海が広がった。


 少し前に鏡子ちゃんと行った海とはまた違い、どこかのんびりとした、懐かしい田舎の空気が漂っている。


 「もう少しで着くわ」


 優花里さんの言葉に、わたしは一瞬だけキスマークの恐怖を忘れ、子供のようにワクワクしていた。


 けれど、到着した「別荘」を見てそのワクワクは凍りついた。

 別荘といえばオシャレなログハウスを想像していたのだが、そこに建っていたのは、わが家の何十倍もの敷地にそびえ立つ、巨大なお屋敷だった。


 「これが別荘……? 旅館かホテルの間違いじゃ……」


 驚愕するわたしを余所に、優花里さんは運転手さんに荷物を運ばせながら、さらりと告げた。


「ここは、わたしたち二人きりだから、サキも好きに使っていいのよ」


「え? 運転手さんは?」


「あさっての迎えまで来ないわ。ここでは二人だけなの」


 こ、これは……ミステリーアニメやラノベでよく見る『クローズドサークル』というやつか!?

(……待てよ。事件なんて起こらない……なんて、誰が言える?)


 はたと気づいた。これ、キスマークに気づかれた瞬間、夕日をバックにメッタ刺しにされるやつだ!


 以前見たあのアニメ『先輩が私のことを好きすぎるんだけど、でもスキだからいいよねっ!!』のバッドエンドと同じシチュエーションじゃないか!


  あの作品は二人とも全滅エンドだったけど、優花里さんほどの頭脳があれば、この広大な敷地内にわたしの死体を埋めて完全犯罪エンドだって余裕でこなせてしまう。


 見た目は子供、頭脳は大人の名探偵だって解けないだろう。


 「ひぃっ……!」


 不意に肩をぽんと叩かれ、悲鳴が漏れた。


 「どうしたの、サキ?」


 首を傾げて、不思議そうにこちらを覗き込む優花里さん。


 その無垢な、一点の曇りもない表情が逆に怖い。恋愛経験が(わたしと同様に)ないからこそ、感情のブレーキが壊れた時に何をするか分からない危うさがある。


 「あ、あはは……な、なんでもないです! ここ広いなーって!」


 顔を引き攣らせて愛想笑いを浮かべるわたし。


 逃げ場のないお屋敷、二人きりの夜、そして襟の下に隠された「裏切りの証」


 わたしの命をかけた別荘サバイバルが、いま本格的に幕を開けたのであった。


 「さあサキ、入って、入って。これから3日間、ここはあなたの家でもあるんだから!」


 優花里さんと、運転手さんにお礼を言って、去りゆく車を見送る。


 ああ、もうここの敷地には2人きりだ。このあと何が起こっても目撃者はいない……


 優花里さんに促されて足を踏み入れたその屋敷は、外観以上にすごかった。


 並んでいる家具や調度品は、アニオタのわたしでも一目で「これ、割ったら一生かけて弁償しても足りないやつだ」と分かる高級品ばかり。

 あの廊下の隅にある壺なんて、下手に近寄ることすらできない。


 優花里さんは、そんなわたしを微笑ましく眺めながら館内を案内してくれた。


 お風呂は温泉旅館かと思うほどの大浴場。

 しかも、海を一望できる露天風呂まで付いている。


 キッチンにいたっては、どこの一流レストランの厨房かと思うほどの広さで、巨大な冷蔵庫には高級食材がぎっしりと詰め込まれていた。


 「サキが来るから、食材も奮発しちゃったわ」


(しちゃったわじゃないよ! 何十人分のパーティーを開くつもりなんだよ!)


 2人で3日間食べ続けても、絶対に「運転手さんやメイドさんたちが後で美味しくいただきました」になる未来しか見えない。


 リビングも、映画館並みのプロジェクター完備。

 もう、情報量が多すぎて目が回りそうだった。


「ところで優花里さん、わたしの部屋はどこですか?」


「サキの部屋? そんなの決まってるじゃない」


 案内されたのは、さらに巨大な寝室だった。

「うわ! ベッドに屋根(天蓋)がついてるやつだ! お姫様のベッドじゃん!」


「気に入ってくれたかしら?」


「こ、こんなお部屋、使っていいんですか?」


「もちろんよ。あなたとわたしの部屋なんだから」


 ……はい?


「えっと、ここが、あなたとわたしのプライベートルームって……?」


「ええ。二人で過ごすための場所よ」


 いやいやいや、待って! 二人でプライベートルームって、それはつまり、寝る時も一緒、着替える時も一緒、逃げ場はゼロってこと!?


 しかも、わたしの身体には鏡子ちゃんからの「親友の証」という名の爆弾が複数刻まれているのだ。


 (心休まる暇がないじゃん! 物理的に身体を隠せないじゃん! どうしたら……!)

 あまりの絶望に頭を抱えていると、優花里さんがうっとりとした表情でこちらを見ていた。


「……そんなに嬉しいの? サキ」


(これが喜んでいるように見えるかー!!)


「あなたとわたしは3日間、四六時中一緒なのよ。一秒たりとも離れないわ」


「は、はい。光栄、です……(普段なら!)」


 どうしよう。絶対にバレる。これ、絶対にバレちゃうよー!


 鏡子ちゃんの執念の刻印が、優花里さんの独占欲に触れた瞬間――わたしはこのお屋敷の美しい庭の土の中に、肥料として埋められる運命なんだ……。


「は、ははは……」


 わたしは引き攣った笑顔を浮かべたまま、冷房の効いた広い部屋で、さらに深くポロシャツの襟を握りしめた。


「今日はとりあえず、夕食の仕込みをしておいて、お風呂に入って、それからお食事にしましょうね」


 優花里さんはそう言うと、軽やかな足取りでキッチン……もとい厨房へと入っていった。

 その堂々たる立ち振る舞いを見ていると、「優花里さん、コックさんの帽子いります?」と聞きそうになってしまいそう。


「さあ、まずは野菜を切るわよ!」


 彼女が引き出しを開けると、そこにはプロ仕様の包丁がずらりと並んでいた。

  (……これのどれかで刺されるのかな。優花里さん、もしもの時は、せめて痛くないやつでお願いします!)


「サキ」 ニッコリと微笑みながら、優花里さんが一本の包丁を手に取る。


「ひいーっ!?」


「どうしたの、サキ? 急に声をあげて」


「い、いいいえ! なんでもないです! な、何をお手伝いしましょうか!?」


「じゃあ、人参を切ってくれるかしら、短冊切りでお願いね」


「は、はい! かしこまり〜!」


 わたしは適当な包丁を手に取り、慣れない手つきで人参に向き合った。

 驚いたことに、力を入れずとも鋭い切れ味で、硬い人参が吸い込まれるように切れていく。


  (ああ、これなら……こんなに切れ味が良かったら、ひとおもいにいけるから、痛くないのかも……)


 そんな不吉な現実逃避をしていたのがいけなかった。

 「あたっ!」 手元が狂い、指先をわずかになでてしまった。


「どうしたの、サキ?」


「す、少しだけ指を切っちゃいました……」


 左手の人差し指を見せると、優花里さんはわたしの手首を掴み、そのまま指を口に含んだ。


「え、え、ええええーーー!?」


 心臓がバクバク鳴り響く。あまりの至近距離、あまりの刺激にパニックになるわたしをよそに、彼女は指を離すと、妖艶に微笑んだ。


「殺菌の意味もあるから。……サキの血、美味しいわ。ふふ」


 彼女が舌でペロッと唇をなぞった瞬間、わたしの血の気は一気に引いた。 わたしは脱兎のごとく厨房の隅までダッシュして逃げ出した。


「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ〜!」


(優花里さん怖い怖い怖い!! 吸血鬼だったんだ〜!だからあんなに綺麗なんだよ! 一体何百年生きてるの?!逃げ場のないお屋敷で吸血鬼と二人きりとか、どんなホラーアニメだよ! ひいぃぃ〜〜!これでキスマークがバレて一滴残らず血を吸われちゃうんだー!)


ミイラの様にカラカラになったわたしを細かく砕いて庭に撒いている優花里さんの姿がフラッシュバックする。


「サキ?」


「ひいっ!お、お助けー!」


「……ごめんなさい。冗談だったの。怖がらせてしまってごめんなさいね」


  優花里さんはシュンとした様子で、深々と頭を下げた。


「ほ、本当に、じ、冗談で、ですよね? ね!? 血、吸わないですよね!?」


「……ええ、吸わないわよ。わたしはちゃんとした人間だもの」


 もう、優花里さんはどこからが冗談で、どこまでが本気か分からないから心臓に悪いよ!

 とりあえず「捕食」は免れたのだと自分に言い聞かせ、ようやくバクバクする胸を押さえて一息つくわたしだった。


 ……けれど、指の傷よりも、このポロシャツの下に隠された「吸い付かれた跡」のことが頭をよぎり、結局また冷や汗が吹き出してきた。


 料理の下拵えが済み、メインディッシュをオーブンに入れたところで、ついにその時が来た。


「サキ、一緒にお風呂に入らない? うちのは温泉だから、さっきの切り傷にもいいわよ」

(きたぁぁぁ……! ついに最大級の死亡フラグが……!)


「あいたたたた……お、お腹が……っ!」


「サキ、大丈夫!?」

 心配そうな表情で駆け寄ってくる優花里さん。その純粋な優しさに心が痛むが、背に腹は代えられない。  


 ここで脱いだら、わたしの社会生命も肉体生命も同時に終わるのだ。


「いたたたた……ごめんなさい、優花里さん。先にお風呂に入っててください……」


「サキを置いてなんて行けないわ。お医者様を呼びましょうか?」


「大丈夫です! 20分ほど横になっていれば治る……はずですから!」


「そうなの? じゃあ、治るまでここで待ってるわ」


(いやいやいや! 待たれたら意味ないの!)


「いいえ! 優花里さんは先に入って、ゆっくり疲れを癒やしてください! その間に治れば、わたしも追いかけますから!」


「そう? でも、やっぱり心配だわ」


「いいんです! 先に、どうぞ先に!」


「でもサキを……」


「いったたたたー! 始まっちゃったかも知れないので、これは……これはしばらくかかりそうなので、本当にお先に!お先にお願いします!」


 押し問答を繰り返すこと数分。わたしのあまりの剣幕(と迫真の腹痛演技)に、ようやく優花里さんが折れた。


「……そう? じゃあ、ごめんなさいね。お先に失礼するわ」


「はい! どうぞごゆっくり~!」


 優花里さんの足音が遠ざかり、脱衣所の扉が閉まる音がした瞬間、わたしはキッチンの床に崩れ落ちた。


「ふぅぅ……。命を削る演技だった……」


 作戦はこうだ。

 優花里さんがお風呂を楽しんでいる間に、わたしはオーブンの様子を見つつ、彼女が上がってくるのを待つ。

 彼女が着替えてリビングへ移動した隙に、マッハでシャワーを浴びて、新しい長袖シャツに着替える。


 優花里さん、ごめんなさい。

 この前終わったばかりなのに、今日始まった設定にしちゃって……

最大のピンチを切り抜けたサキ。

背に腹は変えられないですが……

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