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わたしの戦いが始まる!!ふたたび!

「お姉ー! いつまでお風呂入ってるのー! 一体何時間入ってるんだよー!」

 脱衣所から美嘉の怒声が聞こえてくるが、今のわたしには関係ない。


 湯船に浸かって皮膚をふやかし、血行を良くするために必死に首元をマッサージする。……が、消えない。消えないよ! むしろ血色が良くなって、鏡子ちゃんの刻印がより鮮やかに主張を始めた気がする。


 わたしは風呂から飛び出し、バスタオル一枚のままキッチンへ向かった。


 鏡子ちゃんが帰った後、変装して(長袖シャツにサングラス)エオンで買い込んできた大量のレモンをスライスし、湿布のように首や胸に貼り付ける。

 さらに、追い打ちをかけるようにオレンジをドカ食いした。


 「消えない……消えないよぉ〜! も〜鏡子ちゃん、友達にキスマークなんてつけないでよ〜!」


 涙目でレモンを貼り直していると、スマホが不吉な音を立てて震えた。RINEだ。優花里さんから。


 『明日、やっとサキに会えるのが楽しみ、今晩は眠れないかも!』


 ひぃっ……! この期待に満ちたメッセージ。もし明日、この「証拠」を隠しきれずに期待を裏切るようなことになったら、どんな仕打ちが待っているのか。考えるだけで冷や汗が止まらない。


 『わたしも優花里さんと会えるのが楽しみです!』

 決死の覚悟で返信すると、恐ろしいことに即レスだった。


 『明日からは、二人だけで愛し合いましょうね』


 「愛し合うってなんだよ! 一体何が起こるんだよ!」思わず叫ぶわたし。


 鏡子ちゃんみたいに服を脱がされるのか? 二人きりの別荘でそんなことになったら、わたしの人生はそこでおしまいだ。


 海沿いの別荘と聞いていたが、時期はお盆過ぎ。クラゲが出るから海水浴はないはずだ。

 ビーチで過ごすだけなら、文字通りラッシュガードで鉄壁のガードをすれば完璧だろう。たぶん!


 わたしは明日の準備を整え、上半身にレモンを何枚も貼り付けたまま、柑橘系の香りに包まれて眠りについた。どうか、起きたら奇跡的に肌が真っ白に戻っていますように……!


 そして運命の朝が来た。


 わたしは震える手でパジャマのボタンを外し、まずは胸を確認した。続いてスマホのインカメラを起動し、首元を接写する。


 「……よし、ほとんど変わってない!どころか、昨日より濃くなっている場所まである……」


 視界がじわりと滲み、涙がこぼれ落ちた。


 ああ、わたしの人生も今日で終わりか……思えば短い15年だった。

 今日、この部屋を出たら、もう二度とこの畳を踏むことはないのかもしれない。


 (せめて優花里さん、痛くないようにひとおもいに一瞬で……)


 ……いや! まだ諦めちゃダメだ!


「服を絶対に脱がない!」「部屋を常に暗く保つ!」「隙を見てコンシーラーで塗りつぶす!」まだやれることはあるはずだ。

 なんとしてでも16歳の誕生日を迎えて、秋アニメを完走しなければ!


 わたしは気を取り直し、冷蔵庫から昨日から仕込んであった「秘伝のレモンスライス」を取り出して顔と首に貼り付けた。


「お姉、マジキモい。近寄らないで!」


 美嘉が心底ゴミを見るような目で言ってくるが、わたしは生き延びるためには何でもやる!


 朝食の席では、コーヒーではなくレモンティーをチョイスした。

 スライスが山ほど余っているからだ。ビタミンCよ、わたしの皮膚を、細胞レベルで今すぐ修復してくれ……!


 レモンティーを飲み干し、最後の荷物確認。


 よし、カバンの中身は襟付きの長袖ばかり。

 パジャマも、真夏だというのに厚手の長袖スウェット。

 優花里さんの別荘なら冷房がガンガンに効いているはずだから、「冷え性なんです」と言い張ればこれでOKなはず!


 あとはマッサージをしながら、その時を待つだけ。


 RINEに「10時に着くわ」という死刑宣告……もとい、お迎えの連絡が入った。


 「もうこうなったら、出たとこ勝負だ……!」


 鏡に向かって、首元のボタンを一番上までピッチリと留める。


 10時少し前、運命を告げるインターホンが鳴った。


「来た……!」


 玄関を開けると、門の前には優花里さんが満面の笑みで、両手をこちらに向けて伸ばして立っていた。


 今日の彼女は、今のわたしには間違っても着られないホルターネックの、肩を大胆に出した鮮やかな赤いロングワンピース姿だ。


 眩しい!眩しすぎる!非の打ち所のない美貌とスタイルは、まさに歩く芸術品。


「サキ、会いたかったわ!」


「わ、わたしも……会いたかったです」


 流石に家の前なので抱きしめられこそしなかったが、優花里さんはわたしの両手をギュッと力強く握りしめた。


「まずは、お母様にご挨拶を」


 彼女はフランス語が記された洒落た大きな紙袋を3つ運転手さんから受け取り、差し出した。


 フランスからのお取り寄せのお菓子らしい。こういう時だけちゃっかり出てくる美嘉が、いそいそとお礼を言いながら袋を受け取った。


 優花里さんは母に対し、非の打ち所のない完璧な礼儀で挨拶をしている。

 その姿は、まるで「娘さんを貰い受けに来た」騎士か人買いか何かのようだ。


 荷物は運転手さんが運んでくれた。お礼を言うが、恐縮してしまう。

 車は以前秋葉原へ行った時と同じ、高級だが控えめ(?)なタイプだ。それでも住宅街では十分に浮いているのだが。


 車が走り出してすぐのこと。


 運転席との仕切りが閉じられた瞬間、優花里さんが猛烈な勢いで抱きついてきた。


 「会いたかったわ、サキ! ……あら、柑橘系の……」


 鼻先をわたしの首元に近づける優花里さん。心臓が止まりそうだ。


「こ、これは、優花里さんに会うので、レモンパックをしたりして、少しでも綺麗に……」


 その言葉が終わるか終わらないかのうちに、優花里さんの切れ長の目がすっと細められ、冷たい光が灯った。


「サキ。わたしはあなたに、今のままでいいと言わなかったかしら?」


「あ、はい! でも、わたしも少しは……」


「あなたはこのままでいいの。変にお化粧やメイクで、あなたの良いところを消してしまう必要はないわ」


 (……こ、怖い……! いきなり怒られるとは思わなかった!泣きそう)


 「は、はい、ごめんなさい……」


 わたしが縮み上がると、彼女は急に満面の笑みに戻り、

「分かればいいのよ、大好きなサキ」と言ってまたギュッと抱きしめてきた。


 どうしよう……。この程度で怒られるなら、もしキスマークがバレたらこれどころじゃない。

 わたしなど間違いなく一瞬にして消し去られてしまう。


「あら? 震えているの? 寒い? そういえば、あなた今日は長袖よね?」


「あー! これは、優花里さんの車や別荘は冷房がしっかり効いているから、寒いかなと思ったんです!」


「そうなの? じゃあ、少し温度を上げましょうか」


 優花里さんは手元のリモコンで設定温度を上げた。


 本当ならちょうどいい温度だったはずなのに、長袖を着込んだ今のわたしには、車内がじわじわとサウナのように感じられ始めた。

 けれど、耐えるしかない。


 命がけの別荘旅行は、レモン臭と冷や汗、そして「設定温度26度」の車内で幕を開けた。


微妙に鈍い優花里さん。

これから彼女の鈍さはどこまで続くのか?!

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