失礼なわたし……!
結局、その夜は鏡子ちゃんに押し切られる形で一緒に眠ることになってしまった。
やはり押されると弱いわたし……
しかも、鏡子ちゃんは上半身裸。
何をどうトチ狂ったのか、わたしのパジャマの上も脱がされてしまい、お互いの鼓動が伝わるような距離で裸で抱き合うという、とんでもない状況で朝を迎えた。
(……これ、完全にアウトだよね? 親友の距離感、マッハで超えちゃってるよね?)
さらに鏡子ちゃんが寝ている間に、首筋だけでなく、あろうことか胸にまで「親友の証」という名のキスマークを刻まれてしまった。
鏡子ちゃん、寝ぼけてたの? それとも確信犯なの? 幸せそうにわたしの胸元に顔を埋めて寝ている彼女を見ていると、強くは責められないんだけれど……。やっぱりわたしって甘いのかな……
(どうしよう……万が一、万が一これ、優花里さんにバレたら……)
想像するだけで、身の毛がよだつ。
優花里さんを怒らせると、伊藤家の総力を結集した「美山サキ抹殺計画」が発動し、わたしは文字通りこの世から消し去られるだろう。
伊藤家の権力なら、国を動かしてでも、わたしを「最初からいなかった存在」にすることなんて容易いはずだ。
鏡子ちゃんの、小学校からの積もり積もった愛情表現は、正直に言って嬉しい。
あんなに不気味だった「ガチャガチャ」も、ただわたしと一緒にいたかっただけなんだと思うと、今更ながら愛おしさすら感じる。
けれど、それとこれとは話が別だ。
わたしの身体は今、優花里さんの「所有物」に近い扱いを受けている。そこに鏡子ちゃんの「刻印」がこれでもかと上書きされているこの現状。
「サキちゃん……くんくん……いい匂い……好き……」
寝言でわたしの鎖骨あたりを甘噛みしてくる鏡子ちゃん。
幸せなはずなのに、わたしの脳裏には処刑台へと続く階段がはっきりと見えていた。
わたしは果たして、この「証」を隠し通して生き延びることができるのだろうか?
これ何日くらいで消えるんだろ……?
そして、鏡子ちゃんが帰る日の朝がやってきた。
目を覚ますと、すぐ目の前に可愛らしく、そして幸せそうな寝顔があった。
(やっぱり鏡子ちゃんって、綺麗な顔だな……)
などと若干現実逃避気味に、優花里さんの、どこか冷たくて鋭利な美しさとは違う、陽だまりのようなほんわかした雰囲気を感じていた。
そんな見惚れていた視線をふと下に落とすと、そうだった!わたしたち二人とも上半身裸だった。
(部屋に鍵をかけておいて本当によかった……。もし美嘉が「お姉ちゃん朝だよ」なんて入ってきてたら、一生消えないトラウマを植え付ける大惨事になっていたところだ)
それにしても……すごい。鏡子ちゃんの胸が、重力に従ってまるでお餅みたいに柔らかそうになっている。
アニオタとしての好奇心か、はたまたただの出来心か。寝ている間ならバレないだろうと、指先でツンツンと触ってみる。
(うわ、柔らか! 大きい人って、こんな質感になってるんだ……!)
調子に乗って、むにむにと感触を確かめていた、その時。
「……サキちゃん」
「ひゃ!ひゃいぃーっ!?」
心臓が口から飛び出すかと思った。
鏡子ちゃんはいつの間にか目を開けていて、とろんとした瞳でわたしを見ていた。
「サキちゃん……エッチだね」
「い、いやこれは! その、大きい人ってどんな構造なのかなって、単なる学術的な興味で……っていやいやいや! 何言ってるんだわたし!」
顔から火が出そうなほど真っ赤になるわたしを、鏡子ちゃんは逃がさない。
「サキちゃんなら、もっと触っていいんだよ?」
「いえいえいえ! も、もう十分堪能しましたから! お腹いっぱいです!」
「ん、んぐ……」
焦りまくるわたしの言葉を、鏡子ちゃんは優しく唇で塞いだ。
「サキちゃん大好き……」
そのままギュッと抱きしめられ、逃げ場のない西瓜の海に沈められる。
(……わたしたち、本当にただの『友達』なんだよね? 親友って、みんな朝から裸で抱き合ってキスしたりするものなの……?)
アニメの知識では「そういうジャンル」があることは知っているけれど、わたしの一般常識がゲシュタルト崩壊を起こしていく。
幸せな重みと温かさを感じながら、わたしの頭の中では「友情」と「愛情」の境界線が、どろどろに溶けて混ざり合っていた。
ふわふわ〜あったかい〜。二つの 西瓜に包まれながら、わたしは夢の中にいた。
鏡子ちゃんの西瓜の破壊力は凄まじく、わたしの心は完全に現実逃避をしていた。
(この西瓜なら、一日中包まれていてもいいかもしれない……。もう何もしたくなくなってきたよ……そういうとろけた自堕落な幸せも、この世にはあるのかもしれない……そんな生活を一生送りたいな……)
桃源郷のような柔らかさに包まれ、脳がとろけそうになっていたその時、わたしの本能が警鐘を鳴らした。
だめだだめだ! これに包まれていると、人間としての思考能力が奪われる!人としてダメになるやつだ!これ。
「はっ!」と現実に引き戻されたわたしの脳裏に、優花里さんの冷徹な美貌がフラッシュバックした。
するとどうだろう。あんなにふわふわしていた思考が、恐怖によって瞬時にキンキンに冷え、明晰にまとまってきたではないか。
(そ、そうだ! まずはキスマークだ!)
胸についているのは服で隠せるとして、問題は首だ!
西瓜から起き上がり、スマホのインカメラを鏡代わりにして首元を映し出すと、そこには芸術的なまでに鮮やかな「親友の証」がいくつも並んでいた。
「どうしよう……っ!」
焦るわたしを尻目に、鏡子ちゃんはベッドの上で妖艶な笑みを浮かべていた。
「サキちゃん、親友の証、いっぱいだね。……もっとつけてあげようか?」
「いえいえいえいえ! これ以上ついたら外歩けないよ! 今でも十分そうだけど!」
しかも、もっとヤバい状況が迫っている。じわじわと嫌な汗が止まらない。これ、すぐに消せるの!? 蒸しタオル? それともコンシーラー?!
「とりあえず襟のあるポロシャツ……いや、薄手の長袖……アームカバー……でも室内だと外さなきゃいけないし、やっぱり長袖……冬服、冬服どこだっけ!?」
真夏だというのに冬服を探してクローゼットをひっくり返そうとするわたし。完全にテンパっている。
「どうしたの? サキちゃん。そのままでもいいんじゃない?」
鏡子ちゃんは不思議そうに小首を傾げる。
「いや、外歩けないでしょ! 常識的に考えてよ!」
「大丈夫! わたしが一緒についていてあげるから」
「そういう問題じゃないんだよーー!!」
鏡子ちゃんの「一生一緒にいれば隠す必要なんてないじゃない」という無言の圧力を感じながら、わたしは必死で首を隠すための重装備を模索し始めた。
とりあえずクローゼットの奥から襟付きの長袖シャツを引っ張り出し、無理やり袖を通すことにした。
着替えている最中も、鏡子ちゃんは「サキちゃん、また逃げるの?」とでも言いたげな表情でわたしの胸にちょっかいをかけてきたが、今は一刻を争う。必死でその手を振り解いた。
「ごめんね、鏡子ちゃん!親に見つかると洒落にならないでしょ?」
「あ、そうか、それもそうだったね」
( 勉強や、わたしのことに関しては鋭いのに……。とりあえずそれ以上に、これからのわたしの命がかかってるんだよー!)
それでも鏡子ちゃんは残念そうに唇を尖らせていたが、背に腹は代えられない。
まずは彼女にも服を着てもらい、客間で帰りの準備を整えるようにお願いした。
鏡子ちゃんを部屋の出口で見送り、その後すぐに鏡の前でキスマークが完全に見えないか再確認する。よし、襟を立て気味にすれば……なんとか。
1階に降りていくと、父はすでに出勤していた。
とりあえず一番の難所は、一晩中あの「ガチャガチャ音」に怯えていたであろう美嘉と、母さんの視線だったが、幸いなことに二人ともわたしの重装備にツッコミを入れてくることはなかった。
(これなら……これなら、一般常識の無い?優花里さんにもバレずにいけるかもしれない!)
などと恋人に対して、失礼な期待を持つわたしであった。
親友の間柄って?!
これからサキの嬉しいけれど恐怖の時間が始まります。




