幼馴染とわたしのらぶらぶな日々ちゅっ♡
ついに、鏡子ちゃんがやって来る日になった。
朝からわたしは、殺気立った様子で掃除機を振り回していた。
目的はただ一つ。この部屋に優花里さんの髪の毛一本、痕跡すら残さないことだ!
「ちょっとお姉ちゃん、朝っぱらからうるさいんだけど!」
部屋から美嘉が文句を言っているが無視だ。
こっちはわたしの命がかかっているんだよ!
万が一、鏡子ちゃんが優花里さんの形跡を見つけでもしたら、昨日のアニメのような凄惨なラストシーンが現実になりかねない。
わたしや美嘉、母の髪の毛かどうか、鏡子ちゃんなら一瞬で見分けそうな気がする。
掃除を終え、昨日のアニメ二作目『幼馴染とわたしのらぶらぶな日々ちゅっ♡』のトラウマ(親友による放火心中エンド)を必死に脳裏から追い出す。
鏡子ちゃんからRINEで9時に着くと連絡があった。
それまではせめて一人の時間を楽しもうとコーヒーを淹れていると、タイミングを見計らったように優花里さんからRINEが届いた。
「サキ、今日から一週間、親友だからといって流されないようにね。分かっているわね?あなたたちはあくまで友人なのだから」
(うぅ……圧がすごい……)
以前のわたしなら「鏡子ちゃんはただの友達だから心配しすぎですよ〜」と軽く返せただろう。
でも、ファーストキスを奪われた今となっては、そんな白々しい嘘はもう送れない。
まあ、いくら鏡子ちゃんも友達だし、親もいる家の中でこれ以上エスカレートすることはないはずだ。……たぶん。
そう自分に言い聞かせているうちに、インターホンが鳴った。
「サキちゃーん! おはよ〜!来たよ〜!」
玄関には、太陽のような笑顔の鏡子ちゃんが立っていた。 こう見ると可愛いな〜。
ひとまず、彼女を和室の客間に案内する。
「鏡子ちゃん、荷物はここに置いて。寝るのもこの部屋になるけど、いいかな?」
「…………」
その瞬間、鏡子ちゃんの表情が、わずかに素になったのをわたしは見逃さなかった。
「あ、あの……うちの両親もいるし、そっちの方が落ち着くかなって……」
「……ううん。そうだよね。お邪魔してる立場だし……わかったよ、サキちゃん!」
鏡子ちゃんは納得してくれたようだけど、その後の「じゃあ、日中はサキちゃんの部屋でずっと一緒に過ごそうね?」という提案は、断れる雰囲気ではなかった。
「じゃ、じゃあ今日はどうする? アニメでも見る?」
わたしは鏡子ちゃんにそう提案した。
配信で、彼女でも楽しめるような、なるべく一般向けの、健全なアニメを選ぼうとした……その時だった。
テレビの画面に、昨日の視聴履歴が一瞬だけ映り込んでしまった。
「ねえ、サキちゃん」
「ん? なに?」
「今、一瞬『幼馴染』っていうタイトルが見えたんだけど」
ギクッ、と心臓が跳ね上がる。
「えっ!? ああ〜……そういうのもあるよね、わたしいろんなアニメ見てるからさ。あはは……」
「わたし、それ見てみたいな」
「い、いや、あのアニメはどちらかというと(というか完全に)バッドエンドだから! これから見ると気分が暗くなっちゃうから、ま、また今度にしようよ。それより、この作品が面白いんだよ! ラブコメでね……」
必死に話題を逸らそうとするわたしに、鏡子ちゃんは寂しそうな、それでいてどこか熱を帯びた瞳を向けてきた。
「サキちゃんとわたしって、幼馴染でしょ? だから、そういう話も興味あるかな……って」
(うっ、そう言われると断りにくい……!)
「そ、それだとちょっと待ってね、幼馴染でハッピーエンドになるやつを探すから……」
マウスを操作しようとして、わたしはハタと考えた。
ハッピーエンドの作品を見せて、鏡子ちゃんに変な期待を持たせてしまわないだろうか?
幼馴染が結ばれる姿を見て「わたしたちも!」なんて盛り上がられたら、優花里さんへの申し訳なさと恐怖でわたしが死ぬ。
それならいっそ、救いようのないバッドエンドを見せて「幼馴染なんてろくなことにならない」と刷り込んだ方が安全なんじゃないか……?
(……よし、バッドエンドルートで行こう!)
「じゃあ……や、やっぱり鏡子ちゃんが見たいって言ってた方にしようか?」
「バッドエンドじゃないの?」
「や、やっぱりやめようか?」
「ううん、サキちゃんが言うのなら、頑張って見てみるよ!」
こうして、わたしたちはよりにもよって『幼馴染とわたしのらぶらぶな日々ちゅっ♡』の視聴を開始した。
第一話から視聴スタート。
わたしは昨日この作品を履修済みで、ストーリーはすべて頭に入っている。
だから、画面の内容よりも、隣に座る鏡子ちゃんの反応が気になって仕方がなかった。
時々、探るように彼女の横顔を盗み見る。
物語の前半、幼馴染同士が仲良く過ごしているシーンでは、鏡子ちゃんはどこか嬉しそうに、慈しむような表情で画面を見つめていた。
まるでわたしたちの過去を重ね合わせているかのように。
しかし、中盤から親友の独占欲が暴走し始めると、鏡子ちゃんは画面を食い入る様に見つめ、瞳がなぜか輝いていった。
画面の中の親友が、主人公のスマホを盗み見たり、他の友達との接触を禁じたりするたびに、鏡子ちゃんは「ふふっ」と小さく、しかし深く納得したような吐息を漏らす。
時々「そうだよね」「それくらいしてもいいよね」「それくらいあたり前でしょ!」「監禁するのも当然だよ、わたしだってそうしちゃうよ」「この幼馴染の子、すごいな、偉いな」などと小さく呟いている。
(あのぉ、全部こちらに聞こえてるんですけど……)
バッドエンドで幼馴染に幻想を持たないようにと考えた、自分の思惑が外れ始めたことに冷や汗が出る。 なんか作品の親友に共感し始めてない?!
画面の中では、ついに最悪の悲劇が幕を開けていた。
執着を募らせた親友が、主人公を部屋に閉じ込め、そのスマートフォンをハンマーで粉々に砕く。
そしてそのハンマーでクラスメイト達を……
衝撃的なシーンの連続に、わたしは昨日同様、背筋を凍らせていた。
しかし、隣の鏡子ちゃんは違った。
彼女は震えることも、目を逸らすこともない。
むしろ、食い入るように画面を見つめ、その瞳にはどろりとした、暗く深い悦びのような色が宿っていた。
「……ねえ、サキちゃん」
静寂を切り裂くような彼女の声に、わたしはビクッと肩を震わせた。
「な、なに……?」
「この女の子……主人公のことを、本当に愛しているんだね」
「えっ……? だって、愛情以前にこれ、監禁だよ? スマホまで壊して、他の友達との縁を全部切って、しかもクラスの子達を○しちゃうんだよ……?凶悪犯罪じゃん!!」
わたしが震える声で反論すると、鏡子ちゃんはゆっくりと首をこちらへ向けた。
その顔には、今まで見たこともないような、陶酔しきった笑みが浮かんでいる。
「ひっ!!き、鏡子ちゃん……?」
「そうだよ。それくらいしないと、サキちゃんみたいに誰にでも優しくしちゃう子は、どこかへ行っちゃうもの。……壊してでも、自分のものだけにしたい、誰にも触らせたくないその気持ち、わたし、すご〜く、よく分かるよ」
「き、鏡子ちゃん……?」
「だって、外の世界は危ないもの。変な先輩や、知らない男とかが、サキちゃんを奪おうとするでしょ? それなら、こうやってみ〜んな綺麗に消し去って……安全な場所に、わたしだけの場所にいてくれた方が、サキちゃんだって幸せだと思わない?」
鏡子ちゃんはぎゅっと抱きしめてきて、彼女の細い指が、わたしの頬をそっとなぞる。その指先は驚くほど冷たくて、わたしは蛇に睨まれた蛙のように動けなくなった。
「このアニメ、全然バッドエンドじゃないよ。だって最後は、好きな相手と二人きりの世界に行けたんだもん。永遠に……これって最高のハッピーエンドだよね?」
(ひ、ひいいぃ……! 助けて……逆効果だ! 完全に逆効果だったよ!!)
「幼馴染なんてろくなことにならない」と刷り込むつもりが、あろうことか「幼馴染による独占と監禁」を正当化するバイブルを彼女に与えてしまった。
鏡子ちゃんは、画面が暗転してスタッフロールが流れ始めても、まだわたしの頬を撫で続けている。
その視線は、もはやアニメではなく、現実のわたしだけを親友という「獲物」として捉えていた。
「サキちゃん。これから一週間……楽しみだね。ずっと、ず〜っと。一緒だよ?」
外はあんなに晴れているのに、わたしの部屋の中だけは、救いようのない絶望の色に染まり始めていた。
優花里さんのRINEの警告が、今さらながら頭の中で警報のように鳴り響いていた。
うーん、こういうアニメ、あったら怖いけれど見てみたい。
よし、わたしの次回作はこんな内容にしようかな!ww




