わたしだって綺麗になりたいな!
サキちゃんを抱きしめながら、私の心は穏やかではいられなかった。
ついに、サキちゃん本人が「自分が可愛い」という事実に気づき始めてしまったかもしれない。
もともとサキちゃんは、自分の服装やメイクを熱心に気にするタイプではなかったから、その可愛さは隠れがちだった。
でも、高校に入ってから……特に最近の彼女は、なぜかまるで花が開くように急に垢抜けて、可愛さに拍車がかかってきた。
私は、小学生の頃から小顔で目がパッチリしていて、小ぶりな鼻が似合っていて、可愛いサキちゃんの顔が好みだった。
でも最近まで、彼女は自分の容姿に全く自信がなさそうだった。
周りのみんなからも、普段俯いて自信のなさそうなサキちゃんは目立たなかったので、可愛いとほとんど言われてはいなかった。
わたしがどれだけ「サキちゃんは可愛いからわたしは好きだよ」と伝えても、本心では信じきれていなかったと思う。
それほど、彼女は自分に自信を持っていなかった。
その無自覚さはもったいないと思う反面、自覚がないからこそ周りにアピールすることもなく、「わたしだけのサキちゃん」でいてくれると思っていたのに……
さっき、見ず知らずの男から「可愛い」と真正面から言われ、彼女の中に自覚の芽が生まれてしまった。
やはり、彼女の魅力が溢れ出し、周囲が放っておかないレベルに達してしまったのかも知れない。
それは嬉しいことだけれど、わたしにとっては決して良くない傾向だ。伊藤先輩以外にも彼女を狙う相手が出現するかも知れない。
もっと今まで通りわたしを頼って、わたしだけの、ちょっとおっちょこちょいなサキちゃんでいて欲しい。
……こうなると、今度のお泊まりの一週間で、わたしから離れられないようにしないといけないかもしれない。
サキちゃんは、わたしだけを見てほしい。
わたしも、サキちゃんだけしか見ていないのだから。
---
「……サキちゃん? ずっと顔が赤いよ。やっぱりさっきの男の人、怖かったんだよね?」
「えっ? あ、う、うん。というか……わたしが本当に可愛いのかなって、なんだか不思議な気持ちになってて……前にも鏡子ちゃん可愛いて言ってくれてたよね?そうか……そうか……ふふっ、鏡子ちゃんと両親以外の他人に可愛いって言われたのって、生まれて初めてだよ」
「………………」
「い、痛いよ鏡子ちゃん……聞こえてる?鏡子ちゃん?鏡子ちゃん?どうしたの?」
鏡子ちゃんの腕に込める力が、どんどん強くなってきた。
わたしの「可愛い」へのわずかな自信は、鏡子ちゃんの「独占欲」という名の静かな炎に、油を注いでしまったようだった。
さっきのナンパ以来、鏡子ちゃんはわたしを片時も一人にしてくれなかった。
その徹底ぶりたるや、海の家のトイレの入り口までついてくるほどだった。
「鏡子ちゃん、一人で行けるし、大丈夫だよ」
「サキちゃん、だめだよ! またさっきみたいにナンパされるかもしれないし、わたしが守ってあげるから!」
そう言って、登校の時と同じように蛇のように絡みついてくる。
真夏の海岸でこれは……正直、めちゃくちゃ暑い! しかも、海岸を歩く時も、鏡子ちゃんは周囲を執拗に監視するように鋭い目を配っている。
お昼になって「焼きそばでも買ってくるよ」と立ち上がれば、「わたしも行く!」と食い気味に同行。
仲のいい鏡子ちゃんに大切にされるのは嬉しいけれど、ちょっと周りに向ける目が怖い。
さっきのナンパで、完全に親友へのヤンデレ気質が再点火してしまったようだ。
その後はパラソルの下で、とりとめのない話をしながら楽しく過ごした。
やっぱり鏡子ちゃんとは話が合う。……アニメ以外のことなら。 アニメの話になると、どうしても優花里さんの顔が浮かぶ。
みっきん垢のフォロワーさんとはネット上で盛り上がれるけれど、直接会ってアニメについて熱く語り合えるのは、よく考えると優花里さんだけなのだ。
日が傾き始め、周りの人たちもポツポツと帰り支度を始め出した。
「わたしたちも、そろそろ帰る準備をしようか」
荷物を片付けながら、潮風に吹かれる。
久しぶりの懐かしい海へ、昔一緒に来た鏡子ちゃんと、またこうして来られた。
子供の頃の思い出と、高校生になった今の時間が、一気に繋がったような気がした。
(ああ、鏡子ちゃん。今までありがとう。……そして、これからもよろしくね)
そんな感謝を込めて、わたしは彼女に最高の笑顔でニコッと微笑みかけた。
それに気づいた鏡子ちゃんが、不思議そうな顔をして首を傾げる。
「サキちゃん? どうしたの?」
「なんでもないよ!」 と、わたしは自分から、鏡子ちゃんの細い腕にぎゅっと抱きついた。
その日の夜、優花里さんにRINEで電話してもいい時間を聞き、指定された時間にコールした。
「サキ、今日は楽しめた?」
「はい、楽しかったです! 小学生の時に何度も行った海だったので懐かしくて」
「そう、それはよかったわね」
優花里さんの声は穏やかだった。
……が、わたしは今日一番の「大事件」を報告したくてウズウズしていた。
「はい! そういえば優花里さん、聞いてください!わたし、男の人に初めてナンパされちゃったんですよ! なんでわたしなの? って聞いたら『かわいいから』って言われたんです! こんなこと初めてで、なんだか嬉しくて!」
「……嬉しかった?」
一瞬で、スマホから漏れ出る優花里さんの声のトーンがマイナス50度くらいまで急降下した。
「あ、いや! ナンパされたことが嬉しいんじゃなくて、その、『かわいい』って言われたことにです! 優花里さんも今まで何度も言ってくれましたよね。でも、優花里さんは優しいから、お世辞というか気を使って言ってくれてるんだと思ってたんです」
「…………」
「でも、見ず知らずの人から言われたのは初めてだったので、びっくりと同時によかった〜って。こういうこと言うと怒られるかもしれませんが、やっぱりわたし、優花里さんと比べると……ってずっと思ってたんです。でも、今日他の人に言われたことで、もっと自分に自信を持ってもいいんだって、そう思えるようになったんです!」
「――チッ!」
電話の向こうから、はっきりと舌打ちの音が聞こえた。
「えっ、チッ? ……優花里さん、どうかしたんですか?」
「……ううん、なんでもないわよ。後藤さんは、その時何か言っていたの?」
「鏡子ちゃんですか? 特に何も言ってなかったですよ(怖すぎてあんまり覚えてないけど)」
「そうなの。わかったわ」
優花里さんの声は、静かすぎて逆になんだか怖い。でも、報告したいことはまだあるのだ。
「それとそれとですね――!」
---
サキが、自分が可愛いということを自覚し始めたようだ。 これまで彼女が自信をつけ、私と並んでも物怖じしないように、言葉を尽くして彼女を褒めてきた。
知り合ったと時から彼女の顔立ちは整っていると思っていたが、周りがまだ気づいていないだけで、磨けば光る最高の原石だった。
その原石を私が磨いていくのは楽しみであると同時に、彼女が自信をつけすぎて、わたしの手の届かないところへ離れていかないよう、細心の注意を払っていたというのに。
よりにもよって、今日、素性の知れない第三者の言葉で、彼女は自信を深めてしまった。
しかも、今日は後藤さんと一緒だった。 おそらく、彼女も私と同じ感情を抱いているはず。自信を持ち、より輝きだしたサキを手放さないようにと、その独占欲を燃やしているに違いない。
しかもこのままでは後藤さん以外にも彼女を見つけて気に入る人間が出てきかねない。
彼女(鏡子)やそれらの人間には絶対に負けられない!サキは、私だけの恋人なのだから。
---
なんだろう、優花里さんも、鏡子ちゃんも、ナンパされた話でわたしがほんの少し自信を持ったと話すと、急に雰囲気が変わってしまった。
もちろん、親友や恋人が全く知らない人から声をかけられたと知って、いい気持ちはしないだろう。
わたしも嬉しさのあまり口が滑ったのは反省して、明日は二人に謝っておこう。
(でも、やっぱり「可愛い」って言われて嬉しかったな)
2人以外の、しかも男の人に言われたっていうのも、なんだか新鮮だった。
2人からは確かに「可愛い」とか「顔が整っている」とは言われていたけれど、それはわたしのことを気に入ってくれているからこその欲目だと思っていたから。
(……ちょっと、コスメとか、メイクとか、服装も2人からアドバイスをもらおうかな)
考えてみれば、超絶美少女の二人から直接アドバイスを受けられるなんて、ものすごいことだよね! わたし、もっともっと垢抜けちゃうかも! もっと綺麗になれたら、きっと2人とも喜んでくれるだろうな。
「うふふ……」
嬉しくて、今日はぐっすり眠れそうだよ。海で泳いで適度に疲れたし。
優花里さん、鏡子ちゃん、おやすみなさい。
心の中で二人に語りかけ、わたしは上機嫌で部屋の電気を消した。
少し自分に自信を持ち出したサキ。
少しづつ覚醒していくのでしょうか?




