本当にわたしって可愛いの?!
初めてのナンパに浮かれるサキ。
実はサキは自分自身では気づいてないですが、可愛い子設定なんですよ。
そして、土曜日。
事前に優花里さんへは、鏡子ちゃんと海に行くことを伝えてある。
これを怠ると、今度はあちら側のヤンデレが核爆発を起こしかねないからだ。
「友達同士、楽しんできてちょうだいね」 と言われはしたが、「友達同士」という単語に込められた発音が、やけに力強かったのが耳に残っている。
……まあ、心配しちゃうのはお互い様だよね。わたしだって、今の自分の状況が心配だよ。
午前9時、駅の待ち合わせ場所。
そこには、朝の陽光を反射して輝かんばかりの美少女が、ぶんぶんと手を振っていた。
「サキちゃーん! サキちゃーん!」
「鏡子ちゃん、おはよう。……あはは、今日も元気だね」
ああ、本当に可愛い。そして今日は薄着なので、よりはっきりと服の上からでも分かる、爆発しそうなその胸の存在感。
わたしの周りは美少女の飽和状態で、一般庶民のわたしの目はそろそろ潰れてしまいそうだ。茜だって、最近は影が薄いけれど、かなりの美形だしね。
「サキちゃん! もうね、わたし楽しみすぎて昨日眠れなかったんだよ!」
「泳ぎに行くのに寝不足はダメでしょ!、足がつっちゃうよ!」
もう、鏡子ちゃんは優等生なのに、たまにこういう抜けたところがあるんだから。
そういうところは、素直に「可愛い」鏡子ちゃん。
(せめてヤンデレ属性さえ発動しなければいいのに)
電車に乗ると案の定、蛇に絡みつかれるようにして密着された。
冷房車にしておいて正解だったよ。彼女の体温がダイレクトに伝わってきて、弱冷房車だったら今頃わたしの方がのぼせていただろう。
輝くような笑顔で、ずっと楽しそうに思い出話を語る鏡子ちゃん。
こんな美少女にくっつかれて、一点の曇りもない笑顔を向けられる。
本来なら男子が夢にまで見る「幸せの極地」なんだろうけどね……。
(複雑だなぁ……わたしの立場って……)
わたしは半ば悟りを開いたような顔で、窓の外を流れる景色を見つめていた。
雲乃須駅を降りると、そこには潮の香りと広大な海水浴場が広がっていた。
前回来た時から5年ぶりくらいになるけれど、景色はほとんど変わってなくて、とても懐かしい。
「サキちゃん、行こ!」
わたしの手を引いて駆け出す鏡子ちゃん。
その背中を見ていると、一瞬だけ小学生の頃に戻ったような錯覚を覚えた。
……
……いや。 全然戻ってなかった!
海の家で二人して水着に着替えた瞬間、わたしは「胸囲の格差社会」という非情な現実に愕然とした。
わたしだって、これでも少しは膨らんでいるんですよ! 中学の頃に比べれば成長してるんです!
でも……鏡子ちゃんのそれは、もはや西瓜が二つ付いているようなものだ。
鏡子ちゃんが西瓜なら、わたしは……蜜柑……?
景色は5年前と変わらなくても、人は5年で劇的に変わる。
時の流れの残酷さと、栄養素の行き先の不公平さに、わたしはただただ心の涙を流すしかなかった。
わたしが選んだのは、体型をあまり強調しない水色のチェック柄タンキニに、上はしっかりラッシュガード。これで「格差社会」からの体型隠しはバッチリ……なはずだった。
対する鏡子ちゃんは、その溢れんばかりの凶器(お胸)を強調するようなピンクのビキニ。
下はパレオを巻いているけれど、隠しきれないダイナミックな曲線美が、ビーチ中の視線を独り占めにしている。
海の家から海岸までのわずか数十メートル。その間に3組ものナンパに捕まった。
最初は笑顔で「すみません」と断っていた鏡子ちゃんだが、しつこく食い下がる相手には、一瞬でハイライトの消えた冷たい視線を送って撃退。
うん、正解。
それ以上追いすがると、この砂浜に埋められることになりかねないからね。
皆さん、命拾いしましたね。
そして、水着姿になっても「蛇」は健在だ。
相変わらずわたしの腕に鏡子ちゃんが絡みついている。
これ、夕方にはわたしの腕、蛇の形に日焼け跡が残ってそうなんですが。
レンタルしたビーチパラソルの下にシートを引くと、鏡子ちゃんは「ふぅ」と吐息をついて、おもむろにうつ伏せに寝転んだ。
「……これって、もしやラブコメで必須のあのイベントか!? 来たのか!?」
「サキちゃん、背中に日焼け止め、塗って?」
やっぱりだー! 水着回における必修科目、単位取得必須のイベントだ! しかし背中なら大丈夫。
背中なら安全だ(何が?)。わたしは日焼け止めを手に取ると、鏡子ちゃんの白くまぶしい背中に広げていく。
「……柔らかいし、きめ細やかな肌だなぁ」
思わず感心してしまう。羨ましいな、優花里さんとどっちが……と思いかけて、慌てて首を振った。
ダメダメ! 今は親友の鏡子ちゃんと遊びに来ているんだから。優花里さん、一瞬だけ脳内の奥に引っ込んでてください。ごめんなさい。
一通り塗り終わると、鏡子ちゃんは「ありがとう、サキちゃん」と甘い声を出した。
「じゃあ、今度は前……お願いね」
言いながら、彼女はくるりと仰向けになる。 ……いやいやいや! 前は自分で塗れよ! その二つの西瓜の圧倒的質量を見てるだけで悲しくなるし、何よりわたしの心臓がもたない。
そこはもう、アニオタの意地にかけて全力で拒否しました。
「サキちゃん、少しだけ海に入らない?」
鏡子ちゃんに手を引かれ、わたしは立ち上がった。
体型隠しのためのラッシュガードだが、実用的な理由もある。わたしは肌があまり強くないので、直射日光を浴びるとすぐに真っ赤になり、数日間は「因幡の白兎」状態になってしまうのだ。
そんなわたしの体質をよく知っている鏡子ちゃんだが、せっかく海に来たのだからと、無理のない範囲で誘ってくれたのだろう。
「うん、行こう!」 わたしたちは波打ち際へと駆け出した。
火照った身体に、少しぬるめの海水が心地よくまとわりつく。
わたしたちは小学生の頃に戻ったように水を掛け合ったり、軽く泳いだりして、束の間の「普通の夏休み」を満喫した。
砂浜のパラソルに戻り、腰を下ろそうとすると、鏡子ちゃんが言った。
「飲み物買ってくるね。サキちゃんはそこで座ってて」
「あ、鏡子ちゃん、わたしが行くよ」
「いいよ。ラムネでよかった?」
「うん、ありがとう」
鏡子ちゃんの背中を見送りながら、わたしはぼーっと海を眺めていた。
小学生くらいの子供たちが走り回り、砂の山にトンネルを掘っている。
あの子たちくらいの時から、鏡子ちゃんとはずっと一緒なんだよな……。
もし幼馴染じゃなかったら、あんなに可愛い子とこんなに仲良くなれたんだろうか?
そんな感傷に浸っていると、不意に上から影が落ちた。
「ねえ、友達と海に来てるの?」
「へ? は、はい」
見上げると、いかにも「海の男」といった風貌の男性が立っていた。
「彼氏と? それとも女の子同士?」
(あ! これ、人生初のナンパだ! )
「え、わたしに? わたしなんかでいいの!?」
驚きのあまり、心の声がそのまま口から漏れてしまった。
男の人は不思議そうな顔で
「君が可愛いから声かけてるんだよ〜」
「えっ、わたしが……かわいい? 嘘でしょ!?」
「いや、本当だって。マジで可愛いよ」
「そ、それは……夏の海補正とか、そういうのでは?」
「何言ってるの。君レベルなら、普段からナンパされまくりでしょ?」
(い、いえ! 全然です! 断じて!)
「嘘じゃないんですけど……。ちなみに、どういうところが可愛いんですか? 後学のために……」
「目はぱっちりとして大きいし、目鼻立ちもしっかりしてるし、なにより顔立ちが整ってるよ」
本当ですか? 冗談じゃなくて!? わたし、男性から見ても「アリ」なの? 生まれて初めての評価に、脳内が少しふわふわとしてきた――その時だった。
急に、周囲の気温が南極並みにまで急降下した。
「ちょっと……あなた、誰に声をかけているんですか?」
背後から響いたのは、この世の終わりを告げるような冷徹な声。
「ひっ!」
わたしをナンパしていた男の人は、この世のものとは思えない恐ろしい怪物でも見たような顔になり、「ご、ごめんなさい!」と脱兎のごとく逃げ去っていった。
ほわわ〜……と放心しているわたしに、鏡子ちゃんがいつもの(?)声で話しかけてくる。
「サキちゃん、大丈夫だった? びっくりしちゃった?」
「うん、びっくりした……。でも鏡子ちゃん、わたし、可愛いって言われた……このわたしが……へへっ」
「……チッ」
え、今、舌打ち聞こえた? 鏡子ちゃんは、男が逃げていった方を般若のような形相で一睨みしていたが、すぐに慈愛に満ちた聖母のような顔に戻って、わたしをぎゅっと抱きしめてきた。
「サキちゃん、怖かったよね。大丈夫だよ、わたしが守るから」
抱きしめられながらも、わたしの頭の中は、可愛いって言われた……ナンパだ……という未知の体験への戸惑いでいっぱいだった。




