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結ばれるって、どうなっちゃうの?!

 夕方になり、お腹が空いてきた頃、優花里さんが運転手さんに連絡。

 神田明神の近くから車で移動することになった。


 行き先は、やはりわたしの予感通り……超高層ビルの地下駐車場。


 降りてから、エレベーターでフロントへ行き、鍵を受け取り、ベルボーイさんの先導でさらに別のエレベーターで上層階へ。


「あの……優花里さん、ここは客室フロアですよね?レストランに行くのでは?」


「ここのホテルには、うちで契約している部屋があるの。東京に用がある時はここに泊まる事が多いわね。お部屋があるから、いつでも来られて便利でしょう?」


 「いつでも来られて便利」って、こんな最高級ホテル、庶民は一生に一度の記念日でも震えながら来るところですよ!もちろんこういう場所があれば、めっちゃ便利だとは思うけれど。


 ベルボーイさんに重厚な扉を開けてもらうと、そこは「ひっろ〜!」と思わず声が出るスイートルーム。


 部屋の向こうには大きな窓で、そこに近寄りに下を見ると人がゴミのようだ……なんて、某大佐のような気分で窓の外を眺めていた。


 すると、後ろから不意に温かい腕に抱きしめられた。


「ひゃいっ!?」


「サキ、この前はごめんなさいね。わたしが勝手にあなたの気持ちを決めつけていたばかりに……」


「い、いえ! 大丈夫ですって、もう終わったことですから!」


 焦って振り向くと、言葉を続ける前に唇を塞がれた。

「んん〜!?」


 驚くわたしからゆっくり唇を離し、優花里さんはいたずらっぽく微笑んだ。


「今日はありがとう。楽しかったわ。秋葉原、また行きたいわね」


「そ、そうですか。良かったです……」


「それじゃあ、レストランに行きましょうか」


「や、やっぱりお高いところですよね……? でもこの格好で大丈夫ですか?」


「心配いらないわよ」


 優花里さんがクローゼットを開けると、中には服がぎっしり。


「少し前にわたしが着ていたものだけど、サキに合うかと思って持ってきたの」


「えっ、優花里さんのお下がり!? 恐れ多いですよ!」


「そういうのは無しって言ったでしょう?」

 口に人差し指を当てられ、わたしは大人しく従うことにした。


「じゃあ……向こうの部屋で着替えてきますね」


「ここで着てみていいわよ?」


「いや、それは……」


 優花里さんの前で、わたしの『ひんぬー』を晒すわけにはいかない。

 鏡子ちゃんには見られたけれど、これはお嬢様云々ではなく、わたしのプライドの問題なのだ。


 優花里さんも鏡子ちゃんほどではないが、しっかりお胸は大きいし……


 優花里さんは残念そうに「そうなの……?でもサキがそう言うなら」と引いてくれた。

 ここは鏡子ちゃんとは違うところだね。


 別室で着替えてみると、濃い赤の上品なシルク?(持ってないので)っぽい生地に膝より少し下の丈の上品そうなワンピースで、驚くほどピッタリだった。

 胸のあたりだけ少しだけ緩いのは悲しいけれど。タオルでも詰めようかな……


 生地も仕立ても一級品。こんな高級な服、生まれて初めて着た。


 部屋を出ると、優花里さんも着替え終わっていた。

 黒のベルベットのロングワンピース。胸元にはクリスタルが上品に光っている。


「あら、サキ。お似合いよ! 可愛いわ!」


 抱きついてくる優花里さんから、いい香りがする。


 もう、なんだろう……夢の中にいるみたいだ。

 こんなに綺麗な人と、こんなにいい服を着て、こんなにいい部屋にいる。


 そろそろ、わたしの人生の幸運ゲージが空っぽになって、明日辺り不幸のどん底に落ちるんじゃないだろうか……そんな不安がよぎるほど、幸せすぎる時間だった。


 その後、ホテルのサロンでメイクと髪まで完璧に整えてもらった。


 鏡に映るのは、まるで王女様と、その取り巻きの貴族の子女という雰囲気の二人。


 最上階へ向かうエレベーターを出ると、そこには落ち着いた照明と圧倒的な高級感が漂っていた。

 普段のわたしなら、扉が開いた瞬間にビビって「閉」ボタンを連打し、一階まで逃げ帰っていただろう。


 けれど、迷いなく進む優花里さんの背中が、「わたしについて来れば大丈夫」と無言で語りかけていた。

 突き当たりの重厚な扉の前に立つ店員さんが、恭しく頭を下げる。


「伊藤様、お待ちしておりました」

 顔パスかよ……


 この人に付いていくと、普通なら一生目にすることのない経験ばかりが積み重なっていく。

 案内されたのは、東京の夜景を一望できる、素晴らしい窓際の席だった。


「ゆ、優花里さん……ここ、相当お高いんじゃ……」


「ここはよく来るけれど、とても美味しいわよ。サキ」


「美味しいのは、食べる前から分かります! でも……なんで、わたしと?」

「なんでって……サキだからよ。このお店は景色も良くてお料理も素晴らしいから、一度あなたと来たかったの」


「それは、ものすごく嬉しいんですが……本当にいいのかなって。わ、わたし、ただの庶民じゃないですか……」


「サキ」


「優花里さんがそういう考えを好きじゃないというのは、わ、分かってます! でも、本当にいいのかなって。わたし、ただのオタクだし、そんなに綺麗じゃないし……優花里さんと、つ、釣り合いが取れてるのかなって、いつも思っちゃうんですよ。だからこれは夢なんじゃないか、こんなに幸せでいいのかなって……いつも心配なんです」


 気づけば、心の奥に溜まっていた不安が言葉になって溢れていた。


 優花里さんは、夜景を背に静かに微笑み、わたしの手をそっと握った。


「サキ、まず一つ。あなた、自分では気づいていないのでしょうけれど、あなたはとても整った顔をしているのよ」


「そんな、お世辞を言わないでください……」


「お世辞じゃないわ。わたしや……後藤さんも、同じだと思っているはずよ。悔しいけれど、あの子があなたに執着するのも、そこにあると思うわ。……あなたは、自分で自分を卑下するほどの人じゃないのよ」


 優花里さんの瞳が、真っ直ぐにわたしを射抜く。


「それに、わたしはあなたの心も好きなの。優しくて……前にも言ったけれど、あなたはわたしの白黒だった人生に色彩をくれた。だから、わたしの方こそあなたに感謝しているのよ」


「優花里さん……」


 視界がじわりと熱くなる。


「もう、泣き虫ね。泣くと、せっかくメイクしてもらったのが崩れちゃうわよ」


「ご、ごめんなさい……!」


 慌てて袖で目を拭おうとすると、「だめよ、はいこれ」と、真っ白なハンカチを差し出してくれた。


 ああ、本当にこの人と知り合えて良かった。

 この一瞬が永遠に続けばいいのに。


 わたしは差し出されたハンカチを握りしめ、心からそう思った。


 運ばれてきたのは、人生初の本格的なフランス料理だった。


 お皿の横にズラリと並んだフォークとナイフ。どれから使うべきか迷うわたしに、優花里さんは優しく、丁寧に教えてくれた。


 一品一品が宝石のように美しく、そして頬が落ちるほど美味しかった。


 窓の外に広がる宝石箱のような夜景。それ以上に輝いている優花里さん。


 わたしは今、世界で一番幸せなオタクなんじゃないだろうか。そんな夢見心地のまま、楽しいディナータイムは過ぎていった。


 食後、一旦先ほどのスイートルームに戻る。


(ここで自分の服に着替えたら、魔法が解けて『お嬢様気分』も終わりなのか……)


 少し寂しく感じて、以前、美嘉が冗談めかして言った「優花里さんと一緒になっちゃえば?」という言葉が不意に脳裏をよぎった。けれど、わたしは慌てて首を振ってその考えを追い出す。


「着替え……ますね」


 もう一つの部屋に移動し、ワンピースの後ろのファスナーに手をかけようとした。

 けれど、慣れない高級なドレスのファスナーは意外と固く、手が届きにくい。


「手伝うわ」


 隣の部屋からやって来て背後に立った優花里さんが、迷いのない動きでファスナーを下ろしてくれた。


「あ、ありがとうございます……」


 お礼を言おうと後ろを振り向こうとした、その時だった。


 スルスルとワンピースが足元に滑り落ち、下着だけになったわたしの身体が、ふわりと宙に浮いたような感覚に陥った。


「えっ……きゃっ!?」


 次の瞬間、わたしは優花里さんに背後から抱きしめられるようにして、そのまま広いベッドへと押し倒されていた。


 「優花里……さん……?」


 シーツの沈み込む感触と、耳元で聞こえる彼女の少し急いだ吐息。


 振り返ろうとしたわたしの視界に、いつもより熱を帯びた、潤んだ瞳の優花里さんが映り込んだ。


 「サキ……このまま、帰したくないと言ったら、あなたはどうするかしら?」


 魔法が解けるどころか、もっと深い、甘い迷宮に迷い込んでしまったような気がした。


 「え? ちょ! ちょっと待って! 優花里さんっ!」


 わたしは後ろからベッドに押し倒されたまま、あたふたと手足をバタつかせていた。

 シーツの冷たさと、下着だけでむき出しになった背中に感じる優花里さんの熱い体温。

 そのコントラストに頭がクラクラする。


「サキ……わたしは、あなたを愛しているの」


「あ、はい、わたしもです、優花里さん……っ」


「サキ……『あなたが欲しい』と言ったら、どうするかしら?」


「え? わ、わたしをですか? ええ〜っと……どうしたらいいんでしょうか? わたしにも、よ、よく分からなくて……っ!」


 パニック状態でしどろもどろになっていると、ふっと優花里さんが背中から離れた。


「あなたの背中……小さくて、白くて、とても可愛いわ」


 その言葉で、自分が今どんなに無防備な姿かを思い出した。あ、わたし下着姿だったんだ!


「ゆ、優花里さん! の、えっち! は、早く着替えさせてください……!」


 わたしは顔面を真っ赤にしながら、ベッドの上に脱ぎ捨ててあった、自分が着てきた服をひっつかんだ。


 ふと見ると、いつの間にか優花里さんもドレスを脱ぎ、一目で高級だと分かる薄いレースの下着姿になっていた。


 「サキ……」


 そのままの姿で、また後ろからぎゅっと抱きつかれた。

 優花里さんの体温が、さっきよりもずっと高い。


「え、え〜! ま、待ってください! まだ頭の整理がつかないんですが……っ!」


 抱きしめられたまま、強引に身体を向き直らされ、唇を重ねられた。


「んん〜っ!」


 深い、深い口づけ。

「サキ、あなたの全てが欲しいの」

 首筋にもキスをされた。


 今のわたしの状態をアニメで表現するなら、目は完全に渦巻き模様でぐるぐる回り、顔からは蒸気が吹き出し、背景には「!?!?!?」という文字が乱舞しているはずだ。


「優花里さん! どうどう! 落ち着きましょうよっ!」


「どうして? サキ、わたしはあなたと『結ばれたい』と思っているのだけど」


「む、結ばれるって、そんな、ダイレクトにーーっ!」


「と、とにかく落ち着きましょう! わたしも落ち着きますからっ!」


 わたしは必死に両手で優花里さんの肩を押し、どうにか彼女を引き剥がした。


 そのまま下を向いて、肩でゼイゼイと荒い息を吐く。

 (突然そんなこと言われても困っちゃうよ〜! しかも、女同士で結ばれるってどうなっちゃうの!? どんな「薄い本」の展開になっちゃうの!? 何をするの、何が起きるのーーっ!?)


 わたしの純潔とオタク的知識が、脳内で大激突を起こしていた。




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