も〜!サキサキうるさい〜!!
「どうしよう……どうしようどうしよう……。あの子を泣かせてしまった。あんなに悲しませてしまった……」
部屋の明かりもつけず、私は暗闇の中で震える手でスマートフォンを握りしめていた。
もともとは、あの子が私のことをずっと考えるように仕向けたかった。
すぐに連絡を取るのではなく、あの子が私を必要として連絡をくれるようにしようと考えていた。
あの子のいない一週間は無味乾燥な時間だった。
予備校と自宅を往復するだけの毎日。
でもふとした時に思い浮かぶのはあの子の声や笑顔だった。
少しでも時間があれば、2人で一緒に撮ったスマホの画像を見ながら過ごしていた。
少しの時間我慢していれば、四六時中つきまとってくる後藤さんと私を比較して、向こうを疎ましく思ってくれるようになるはずだ――私はそんな愚かな策に、自分でも気付かない内に溺れていたのだ。
しかし、一週間もサキから連絡が来なかった。
どうして? 私はもう必要ないの? 不安に耐えきれずにかけた電話。
一週間ぶりの懐かしい声を聞いた途端、彼女からの連絡がない事を責めてしまった。
あの子なら受け止めてくれて、またいつもの様に話せると思い込んでいてしまっていた。
サキが言ったように、確かに一週間前の電話で彼女が後藤さんの話を出してきた時は、決して面白くはなかった。
でも、私は拒絶したつもりはなかった。
それをあの子は、私の想像以上に深く「拒絶」だと思い込んでしまっていた。
あの子は以前、私と後藤さんが校門で言い合った時だって、空気に耐えきれず逃げ出してしまったじゃないか。
そこまで強い子ではなかったのに。どうして私は、あんなに厳しくあの子を責めてしまったのだろう。
あの子は優しくて、その反面、とても繊細で弱い子でもあったのに。
あの後、何度電話をしても出てくれない。 RINEを送っても、既読にすらならない。
「みっきん」垢へなりふり構わずDMを送っても、返信は途絶えたままだ。
「どうしたらいいの……? サキと連絡が取れない今、謝ることさえできない……」
胸を締め付けるのは、後悔と、そして耐えがたい喪失感。
プライドも、駆け引きも、すべてが塵となって消えていく。
今の私には、サキのいない世界がこれほどまでに寒く、恐ろしい場所だという現実だけが突きつけられていた。
どうしたらいいの? サキ、私のサキ……。 私は、大切なあの子を、自分のこの手で壊してしまったの?
ーーー
「お姉ー! 起きて起きてー!」
「んー、うるさいなー! わたしは傷心なんだぞ! 寝かせろよー!」
「何?しょうしんって?だめだよ起きてよー!」
「うるさい! バカ美嘉! もう少し寝かせろ!」
布団を頭まで被って抵抗する。昨夜はあんなに泣いたんだ、鏡子ちゃんが迎えに来るまで寝ていたって罰は当たらないはずだ。多分、目も腫れてるし。
「サキ、起きて……」
「んんー! 声変えて起こしても無駄だからなー! 寝るったら寝るー!」
「サキ、サキ……」
「んもう! サキサキうるさい!しかも姉を呼び捨てにするなー!」
「サキ、お願い起きて、ごめんなさい……」
んん? ごめんなさい? 美嘉のやつ、何かやらかしたのか……?親な予感がする。
薄目を開けると、ベッドの横に信じられない人物が立っていた。
なんと優花里さんが立っていた。
「ええー!! なんで、ここに優花里さんがー!?え? 昨日泊まってたの!?いつの間に?!」
「さっき来たのよ……」
「そ、そうだよね……って、何を言ってるんだわたしは」
え……さっき? わたしはパニックになりつつも、反射的に寝たまま向こうを向いて背中を向けた。
「ふん、わたしにさよならを言いに来たんですか? 優花里さんは義理堅くて、優しいお嬢様ですよね!」
「違うのよ、サキ! あなたに謝りたくて……」
「謝る? 昨日の事をですか?」
「そう、あなたに謝りたくて。わたしが……わたしが間違っていたの」
何を、と言いかけた瞬間、いきなり後ろからぎゅっと抱きつかれた。
「ごめんなさい。わたし、あなたの気持ちを後藤さんから、もっとこちらに向かわせようとしていたの。だから、あえてあなたと連絡を取らなければ、あなたがわたしを必要として連絡をしてくれるかと思って……」
「……え?」
「でも、あなたは一週間も連絡をくれなかった。わたしは、あなたがわたしを必要としていないのかと……心配だった。怖かったの。それで八つ当たりをしてしまって……だからあんな言い方をしてしまって……ごめんなさい、ごめんなさい……サキ!」
背中で、優花里さんがプルプルと震えている。背中に熱いものが染みてくる。涙だ。あの凛としていた優花里さんが、わたしの背中で声を殺して泣いている。
そっか。優花里さんも、心配だったんだ……。
その事実を知って、わたしの心に溜まっていた毒が、一気に消えていくのがわかった。
「でも、一週間前のあの言い方はどうして……」
「あれは……あなたから後藤さんの事を話してきたから……面白くなくて……」
「つまり、それって嫉妬してたって事ですか?」
「そ、そう、かも……」
わたしは優花里さんに向き直った。
「優花里さんにも、そういう気持ちがあったんですね」
「そ、それはもちろん……あなたを……絶対に手放したくなかったから……」
「ありがとうございます」
そう言ってもらえて、素直に嬉しい。
「サキ……!」
またぎゅっと抱きつかれる。
ふと視線を感じて前を見ると、美嘉がニヤニヤしながら部屋の扉のところからこちらを見ていた。
手で「あっち行け」と払うが、あいつは動かない。バカ美嘉、空気読めよ!
気恥ずかしくなって、両手で優花里さんの肩を持ち、少し身体を離した。
(うわ……美人が台無しだ)
涙で顔はぐちゃぐちゃ、目の下にはくっきりとしたクマ。
きっと、一晩中泣き明かしたんだろうな。
「優花里さん、美人が台無しですよ」
わたしが笑うと、優花里さんは顔を真っ赤にして俯き、「サキがもうわたしの前からいなくなってしまうのかと思って……」と消え入るような声で呟いた。……可愛い。
「うちで顔を洗っていってください。あ、メイク用品とかは?」
「いつも車に積んでるから……」
「じゃあ、メイクもしっかりうちでしていってくださいね。もしかして、ご飯も?」
「食べてないわよ。少しでも会いたくて、明るくなったらすぐに出てきたから……」
「じゃあ、食べていってくださいね。この前のような豪華なものじゃないですけど」
こくっと小さく頷く優花里さん。……ああもう、小動物みたいで可愛いよ!
「優花里さん、今晩からはちゃんと連絡しますね」
「待ってるわ。わたしからも連絡をするわね」
「はい!」
「ところで、サキも目が腫れてるのだけど……」
「誰のせいだと思ってるんですか!?」
鏡子ちゃんの「重い愛」とはまた違う、優花里さんの「不器用な独占欲」。
他人には絶対に見せないであろう、美人のお嬢様がボロボロの顔で駆けつけてくれたのを見て、わたしの心は完全に元通りになっていた。
急に来訪した優花里さんが、あろうことかこの美山家で朝食を食べていくと聞いて、母は相当焦っていた。そりゃそうだ、この前のように事前に連絡がなかったのだから。
けれど、優花里さんも「急にお邪魔したお詫びですから」と、進んで朝食を作るのを手伝ってくれた。
わたしが「気を使わなすぎないように」と念を押しつつ進めた結果、無事に普段よりも一品多いくらいの、どこか温かい朝食が出来上がった。
「すみません、美山家の姉妹は食べる専門で……」
「いいのよ、サキ。こうしてみんなで作るのも、新鮮で楽しいわ」
ボロボロだった優花里さんの顔も、洗顔とメイク、そして母との共同作業で少しずつ生気を取り戻している。もちろんわたしも。
朝食中、こっそり鏡子ちゃんへRINEを送った。
『鏡子ちゃん、おはよう! 今日はこっちから鏡子ちゃんの家に行くね!』
すぐに『本当!? 待ってるね! 楽しみ!』と、画面越しに飛び跳ねているような大喜びの返信が返ってきた。
よし、これで完璧だ。
優花里さんにはこのままうちでゆっくりしてもらうか、車で送ってもらえばいい。
わたしが鏡子ちゃんの家に向かえば、2人がこの狭い家でニアミスすることもないだろう。
せっかく大きな問題が収まったのだ。わざわざ自分から再びトラブルの種をまき、修羅場という名の爆弾を起爆させる必要はない。
「サキ、どうしたの? 難しい顔をして」
「あ、いえ! なんでもないです! 卵焼き、美味しいですね!」
優花里さんの穏やかな微笑みを見ながら、わたしは心の中で自分を褒めちぎった。
もしかして危機管理能力、上がってるんじゃないの?わたし。
夏休みが始まって一週間、なんだかんだあったが、ここからが本当の始まり、かな?
とりあえずは丸くおさまりました。
夏休みはまだまだこれからです!




