いまどき壁ドンなの〜!?
今日は夏休み初日だ、せめて初日くらいはゆっくり寝ててもいいよね。
もう小学生の頃みたく、ラジオ体操のために早起きする必要もないんだし。
昨晩は優花里さんとの電話の後、アニメを見て感想を一つ上げた。
コアラっ子さんからは即リプがついたし、一時期リプが少なくなっていた蜜柑ちゃんさんも久しぶりにリプをくれた。
向こうも夏休みなのかな? まあ、あちらはおっさんだろうから夏休みは関係ないだろうけど……。
「へっくちゅ!」 隣の美嘉の部屋から、くしゃみの声が聞こえてくる。
もう、大きなくしゃみするから目が覚めちゃったよ。
どうせエアコン温度低くしてつけっぱで寝てたんだろ〜。
「……まあ、今日からは堂々と二度寝ができるぞ。再び、おやすみなさい……」
「サキちゃん、サキちゃん」
「ん……美嘉? 休み初日から起こすなよ〜! わたしは遅くまでアニメの感想を考えてたんだから眠いんだよ。今日は昼まで寝るって決めてるんだよ!」
「サキちゃん、サキちゃん」
「んも〜、寝かせろつってんだろ! バカ美嘉!」
勢いよく身体を起こすと、そこにいたのは美嘉ではなく――鏡子ちゃんだった。
「おはよう、サキちゃん。今日は図書館に行く予定だったよね?」
「あ、はい……そうだった!」
優花里さんとの通話とアニメ投稿の興奮で、予定を完全に失念していた。
「鏡子ちゃん、後生だからあと一時間寝させてもらえませんか? 下でコーヒーでも飲んでてもらって結構なので……」
「一時間? いいよ」
うぉー! 分かってくれたかー! さすが親友!
「じゃあおやすみなさい。一時間経ったら起こしてね」
再び布団に潜り込む。……あれ? なんだか布団が狭くなってきたぞ? どうして? ああ、自分の寝るスペースが狭くなったからか……
「しょうがないな、じゃあもう少し端に寄って……って、なんで鏡子ちゃん布団に入ってきてるの〜!」
「わたしもサキちゃんと一時間寝ようかなって」
「寝ようかなって、同じ布団に入らなくてもいいんじゃ……」
「だって、お布団一つしかないし」
「いや、そうだけどね! 自分の部屋に布団が二つ常にあったら変だよね! だからって!」
「だからサキちゃんの横で寝まーす♡」
「いや、『寝まーす♡』じゃなくてー!」
まあ、変なことをしないならいいけれど……。しかしふと、あのファーストキスの場面が頭をよぎった。……あ、これダメだ、危ないやつだ。
「……ごめん、やっぱ起きます」
「えー! 一緒に寝ようよー!」
「いや、眠たいし寝たいんですが、あなたと寝るとわたしの貞操の危機だし……」
「ん? なんの危機?」
「いや、ごめん、なんでもないです!」
「じゃあ、お互い反対方向を向いて寝ようか。それなら安心でしょ?」
「えー! 向かい合って寝ようよー!」
「あ〜おはようございます! 夏休み一日目、パッチリ目が覚めました! 着替えるから鏡子ちゃんは下で待ってて!」
わたしは鏡子ちゃんを布団から追い出そうとするが、彼女の手がわたしの服の裾に伸びてくる。何その、人の服を上へ引っ張ろうとする手つきは!?
「いやー! だから鏡子ちゃんに、わたしのひんぬーは見せたくないの!」
「大丈夫だよー! サキちゃんのは正義なんだし!」
「鏡子ちゃんにとっては正義かもしれないけど、わたしにとって小は悪なの! 大きなお胸の人に見られると、わたしの心が折れるの! だからお願い、下で待っててください〜!」
「もー! サキちゃんつまらないのー!」
鏡子ちゃんはつまらなくても、 わたしは胸が詰まる思いなのです。
なんとか彼女を部屋から押し出し、一人で着替えてから一階へ降りた。
はぁ〜!朝から疲れた。まだ眠いし……ってそういえば図書館って10時からじゃなかったっけ?今何時?
おい、まだ7時じゃん!も〜早いよ〜勘弁してよ〜。
下に降りて、リビングで悠然とコーヒーを飲んでいる鏡子ちゃんに向かって声をかける。
「鏡子ちゃん、今日は図書館だけど、開館は10時だよ。早くない?」
「サキちゃんに少しでも早く会いたかったからだよ」
「だよ」って、こっちは遅くまで起きてて寝不足なんですけど! ラジオ体操以外で夏休みに早く起きたくないんですけど……。
「サキちゃん、早起きは三文の得だよ」
「得しなくていいし!損しても寝ていたいし! 勘弁してよ〜鏡子ちゃん……。わたしだってギリギリまでゆっくりしたいよ……。もう、そんなことばかりやったら鏡子ちゃんの事、嫌いになっちゃ……」
「サキちゃん!!」
ドンッ、と鈍い音がして、わたしは壁に押し付けられていた。え? なに? いわゆる壁ドン?
「サキちゃんがわたしを嫌いになったら、わたし死んじゃうよ?」
鏡子ちゃんの瞳からハイライトが消え、底知れない闇が広がる。
「サキちゃんと一緒に……」
「え、なになになに? 冗談だよね、ねねね?」
こ、怖いよ……鏡子ちゃん。目が笑ってないどころか、魂を吸い取られそうなほど冷たい。
「そ、そんなことないないない。嘘だよ、冗談だよ!」
わたしが必死に手を振って否定すると、鏡子ちゃんは急にニコッと満面の笑みを浮かべた。
「だよね! サキちゃんは優しいもんね。わたしも冗談だよ〜!」
何事もなかったかのように、彼女は座っていた椅子の方へ軽やかに歩いて戻っていく。
……こ、怖い。今のプレッシャー、冗談抜きでちょっとちびっちゃった気がする。
鏡子ちゃんの愛は、もはや「重い」の次元を超えて「絶対不可避」な呪いのようなものになりつつあった。
なんで? わたしの夏休み、初日から自由が全くないの?
これ、優花里さんの言う通り、ちゃんと「できないこと」を伝えないといけないんだろうけど……今それを言ったら、物理的に消される自信があるよ……。
さっきわたしが壁ドンされた時に、ちょうど部活に行こうとした美嘉がそれを見ていたらしく、以前のトラウマが再発した様子でダイニングの隅でガタガタと震えていた。
(妹よ、わたしもまったく同じ気持ちだよ……)
9時まで鏡子ちゃんと雑談や今日の宿題の話題で話していて、そろそろ出かけることに。
もちろん、わたしの腕には「鏡子蛇」ががっちりと絡み付いている。
鏡子ちゃんって、普通に話をする分には優しいし楽しいんだけど、わたしへの執着が度を越しているんだよね。
確かに幼馴染だし仲が良かったから、大切に思ってくれる気持ちはわかる。
でも、「嫌われたら死ぬ」ってどれだけわたしを好きなんだよ。愛が重すぎる親友だよ。
そりゃ、こんなにお胸が大きくて可愛い子に好かれるのは嬉しいし、役得だとは思う。
だからこそ、余計に優花里さんのことは話せない。
(「わたしの恋人の優花里さんですー!」なんて鏡子ちゃんに紹介できたら最高なんだけどな……。いや、その瞬間に世界が滅ぶな、うん)
図書館に着いた。よし、7月中に宿題を終わらせるぞ! 鏡子ちゃんは勉強に関しては本当に頼りになるからね。
「ねえ、鏡子ちゃん。宿題、分担しない?」
サキちゃん、そういうのはダメだよ!自分でやらないと」
「そうですか……やっぱりそうですよね〜はぁ〜」
(「大好き」って言えばやってくれるかな? でも、この言葉を無闇に使うと、後で恐ろしいしっぺ返しが来そうだもんね……)
「ちょっとトイレ」と断って席を立ち、離れたところで優花里さんへRINEを送る。 図書館で勉強していることを伝えて、褒めてもらおうっと。
『優花里さん、おはようございます。今図書館で鏡子ちゃんと宿題やってます! 7月中に頑張って宿題終わらせますね!』
おっ! 即レスだ。早いな。
『そうなのね、良かったわね、頑張って』
……あれ? なんか反応が薄いな。機嫌が悪いのかな?
『ありがとうございます! 優花里さんも頑張ってくださいね!』
『ありがとう』
おかしい、どうしたんだろう。
『優花里さん、何か調子悪いんですか?』
『どうして? そんなことはないわよ』
『何か返事が少ないので……』
スマホの画面を見つめて首を傾げていると、背後からスッと冷たい気配がした。
「サキちゃん、トイレ長かったね。……でも、分からないところがあったら教えてあげるね」
「ひゃいっ!?」 振り向くと、そこにはいつの間にか鏡子ちゃんが立っていた。 ニコニコしているけれど、その目は確実にわたしのスマホの画面を捉えようとしている。
「サキちゃん、どこかに連絡?」
「う、うん、美嘉に」
鏡子ちゃんの透き通った瞳が、じっとわたしのスマホを見つめている。
「美嘉ちゃんに?」
「そ、そうそう。あいつがね……(やばい、具体的な言い訳が思いつかないー!)」
冷や汗が背中を伝う。ええい、ままよ!
「あ、そうそう! 今日の試合、どうなったかなって思って!」
「そうなの? そんなに気になるの?」
「う、うん。トーナメントだから、負けちゃうと終わりだしね。一応、姉だし!」
「そうなんだ。妹想いで優しいね」
鏡子ちゃんがにっこりと笑う。その笑顔に裏がないことを祈るしかない。
(よかった〜! 今日帰ったら美嘉にアイスでも買って、絶対に口裏合わせしておかないといけないな……)
「さ、続きやろうね」
鏡子ちゃんはわたしの腕を捕まえると、再びしっかりと自分の腕に絡ませて席へと戻る。もはや腕の一部になったような一体感だ。
まあ、今日一日は大人しく鏡子ちゃんと一緒に宿題を少しでも進めていこう。
優花里さんの素っ気ない返事は気になるけれど、夜にまた連絡すればいいよね。
今は目の前の「親友」を刺激しないのが一番だ。
「ここ、公式を代入するだけだよ。サキちゃん、頑張って」
「はーい……」
鏡子ちゃんの的確な指導のもと、ペンを走らせる。 図書館の静寂の中、カリカリという筆記音だけが響く。わたしは夜の優花里さんとの時間を夢見て、必死に目の前の宿題という名の山を登り始めた。
ーーー
今日は鏡子ちゃんに教えてもらいながらも、予想より宿題がはかどった。
これなら7月中に余裕で終わるな。
そうして8月に入ったら、一学期の復習を完璧にしておけば、優花里さんも褒めてくれるだろう。
あ、そろそろ22時だ。電話しよう!
「優花里さん、こんばんは」
「こんばんは、サキ」
……なんだろう。声のトーンが、いつもの「優しいお姉様」というより、以前の「厳しい風紀委員長」に戻っているような気がする。
「あの、優花里さん、今朝何かありましたか?」
「どうして?」
「なんか、いつもの優花里さんよりも反応がなかったので……」
「それは、日によってわたしの体調もあるから変わるわよ」
「今日は体調悪かったんですか?」
「今日?そんな事はなかったわよ」
なんかそっけない。でも、めげずに今日の成果を報告しなきゃ。
「そうなんですか……。そうそう、今日だいぶん宿題進みましたよ!」
「そうなの? 手伝ってもらったの?」
「まあ流石に手伝ってはくれなかったんですけど、色々と教えてもらえたので思ったよりも進んだんですよ!」
「そうなの。良かったわね。……じゃあ、後藤さんに教えてもらってたら安心ね」
「ま、まあ今日はそうだったんですけど……」
「それならもうわたしが教えなくても大丈夫ね」
……え?
「え? 宿題に関してはそうなんですけど、8月後半からの二学期の予習とかは優花里さんに……」
「そちらも、後藤さんに教えてもらったらいいんじゃないかしら?彼女頭いいみたいだし」
「え?」
「それじゃあ、まだわたしは勉強が残っているので。おやすみなさい」
「……お、おやすみなさい……」
ツーツーという無機質な音が響く。 どうしたんだろう? わたし、何か機嫌を悪くさせるようなこと言った……? 今日の報告をしただけだし、鏡子ちゃんのことはそんなに詳しく話さなかったはずなのに。
「優花里さん、どうしちゃったんだろ……」
胸の中にモヤモヤとした不安が広がるけれど、考えても答えは出ない。
「……そうだ、後でリリーの感想投稿しておこ。そうしたらコアラっ子さんもリプくれるだろうし」
明日は鏡子ちゃんが来ない日だ。
10時くらいに起きて、家でゆっくり勉強できる。気合を入れるためにも、これから投稿するぞ!
朝は鏡子のヤンデレ発揮で、夜は優花里の作戦発動でした。
2人に翻弄されるサキ。
せっかく勉強は進んでいるのに……




