どうしよう……
『ところで優花里さんの夏休み中の予備校のスケジュールはどうなっているんですか?』
わたしの命を長らえるためにも、絶対に避けたいのはダブルブッキングだ。
まずは優花里さんの予定を把握して、その後に鏡子ちゃんの予定をパズルのように当てはめればいい。
まあ、夏休みは一ヶ月以上あるんだ。そうそう重なることはないだろうし、鏡子ちゃんの方は「お泊まり地雷」を回避できたから、日帰りならコントロール可能。
……のはずだ。
『割と埋まっているけれど、お盆の頃は空いてるわよ』
『あの、別荘っていつでも使えるんですか……?』
『いつでも? 前にも言ったけど、わたし専用だから予定さえ合えば大丈夫よ。お盆の時期でいいかしら?』
『はい! はい! お願いします!』
そうだった……優花里さんの別荘だと、誰の許可もいらずにいつでも使っていいんだよね。
わたしの世界では別荘なんて縁がない世界だからね。
でも優花里さんって年に何日くらい自分の別荘使うんだろ?
わたしだったら休みの度に別荘でアニメを観ながら、1人でのびのびと過ごしてるよね
(ちょっと待って。別荘だと食事が用意されないから、自炊……? そういえば、優花里さん料理を作るのが好きって言ってたよね。ということは、優花里さんの手料理が食べられるのか〜!)
自分が料理を分担することなど、一ミリも思い至らないわたしでした。
よし、お盆さえ避けられれば鏡子ちゃんはいつでも大丈夫だな。
でもお盆を過ぎると、海はクラゲが出るっていうから、7月中か8月の1週目あたりが一番無難かな。
今度学校に行った時……いや、どうせ明日も朝から家にいるだろうから、登校の時にでも聞いてみよう。
(でも、まさか夏休み中まで毎日わたしの家に来たりはしないよね?)
小学生の頃なら、毎日ラジオ体操の時に迎えに来てくれたりしたけれど、もうわたしたちも高校生なんだし。
……と、その時はまだ、事態を軽く考えていたわたしでした。
翌朝、いつもの如く鏡子ちゃんは朝からわが家のリビングに鎮座していた。
もはや美山家のインテリアの一部になりつつある彼女に、わたしは戦々恐々としながら声をかけた。
「鏡子ちゃん、おはよう。海の日程なんだけど……7月中の休みの日とか、8月の1週目あたりなんてどうかな?」
お盆休みは優花里さんとの「聖域」だ。そこを死守するために先手を打ったつもりだった。
鏡子ちゃんはコーヒーを飲むのをやめ、にっこりと微笑んだ。
(やばい!これもしかしてフラグ立っちゃった?!)
「あ、サキちゃん。昨日のRINEのあとに予定立てたんだ!はい、これ見て」
差し出されたのは、彼女のスマートフォンのカレンダーアプリ。そこには、夏休みの全日程にびっしりと予定が書き込まれていた。
「……え、これ何?」
「サキちゃんとわたしの夏休みのスケジュールだよ? ほら、7月の後半は毎日勉強会、8月の1週目は海、2週目は……」
スワイプされる画面を追うごとに、わたしの血の気が引いていく。
お盆の期間……そこには大きな赤い文字で「サキちゃんのお家でお泊まり」と記されていた。
「ちょ、ちょっと待って! お盆にお泊まりってこれなに?!」
「この前海に行くって言ってたでしょ?でも日帰りだっていうから」
ちょっと待って!なんで夏休み中にお泊まりが必須なんだよ!
これ絶対わたしの貞操狙ってるよね!?
鏡子ちゃんの瞳の光が急速に失われていく。
「……まさか、お盆に他の予定なんて、ないよね?」
「あ、でもお盆だしー、田舎のおばあちゃんのところに……」
「おばさん今年のお盆は特に予定ないって言ってたよ」
(しまった!まだ口止めしてなかった!)
「お泊まりって言っても一泊だよね?でもなんか一週間ぐらいびよ〜んってお泊まりの予定が伸びてるんだけど?」
「一週間お泊まりだよ」
「いやいやいやいや!一週間お泊まりってなんなの?さすがにこれはやりすぎなんじゃ?」
「わたしたち親友なんだし」
「いや親友だけれどもー!これだけ長く泊まるってさすがにこれは……」
「嫌なの?」
「いやいやいや、これって嫌以前の問題だよー!わたしだって一人でごろごろしたい日もあるし」
「そういう時はわたしもいっしょにごろごろするよ〜」
そういう問題じゃないしー!どうしたらいいの?
「ほ、ほら、鏡子ちゃんのお家もこれだけ家空けてたら家族も心配するし」
「この週は両親が仕事の関係で海外に行ってるから、サキちゃんのお家にお邪魔してもいいよって、サキちゃんのご両親も」
オーマイゴッド!!!娘のいないところで親同士で勝手に話決めるなよー!
なんだよこのシチュエーション!?まるで昔のアニメのラブコメじゃんか!それは男女の話だったけど。
逃げ場がない!優花里さんとの別荘お泊まりと、鏡子ちゃんとの自宅お泊まり会が、見事に見えない火花を散らしながら重なっていた。
わたしは自分の浅はかさを呪った。高校生だから毎日来ないなんて、誰が言ったんだ。
鏡子蛇の包囲網は、夏休みが始まる前からすでに完成していたのだ。
もうだめ……優花里さん助けて……
どうしようどうしようどうしようー! 鏡子ちゃんのあの暗い瞳の笑顔が脳裏に焼き付いて離れない。
でも、お盆休みは優花里さんとの大切な約束。
わたし一人の力じゃもうどうにもできない、最後の手段で優花里さんに相談するしかないよね。
学校では風紀委員長の彼女に近づくことすら難しい。
逸る気持ちを抑えて家に帰り、すぐに優花里さんへRINEを送って、何時ごろなら電話してもいいか聞いてみた。
21時過ぎなら、予備校も終わって大丈夫らしい。
ここは正直に、夏休みの予定が大変なことになっているのを直に話すべきだ。
21時になった。……意を決して、発信!
「はい、優花里です」
「優花里さん、うぅぅ……」
「サキ、どうしたの!?」
優花里さんの凛とした声を聞いた瞬間、緊張の糸が切れてしまった。わたしは半泣きになりながら、鏡子ちゃんのスケジュール帳のこと、お盆にお泊まりリベンジを宣言されたことなど、事の経緯をすべて吐き出した。
「……そう。後藤さんにも困ったものよね……」
電話の向こうで優花里さんが小さくため息をつくのが分かった。
「わたしはお盆は優花里さんと海に行くのを楽しみにしていたんだけど……どうしよう……えっぐ、えっぐ……。でも、鏡子ちゃんは親友だし、ヤンデレだし断ると何をされるか……」
「泣かないで、サキ。あなたのためなら、海に行く日をずらすわ」
「え……? でも、予備校があるんじゃ……」
「その分、他の日で勉強を前倒しして進めるから大丈夫よ。サキがそんなに泣くほど追い詰められているなら、わたしが譲るわ」
優花里さんの言葉はどこまでも優しく、慈愛に満ちていた。
「本当ですか……? 本当にごめんなさい……ありがとうございます!ありがとうございます!優花里さんは、わたしの女神様です!」
「ふふ、大げさね。でも、その代わり……別荘での時間は、もっと特別なものにしましょうね?」
「特別……?」
その言葉にドキリとする。優花里さんの優しさに救われたけれど、鏡子ちゃんの包囲網を一つ抜けた先には、また別の「甘い罠」が待っているような気がした。
でも、今はとにかく命が繋がったことに心底安堵して、わたしは何度も何度もお礼を言った。
そして、最後に優花里さんから、一言びしっと言われてしまった。
「サキが優しいのはあなたの良いところで、わたしはそういうあなたが好きにもなったの。でも、あなたも人の顔色ばかりを伺うだけじゃなくて、出来る事と出来ない事は言えるようにならないと、これからも大変よ」
「はい……それは重々承知しています……」
電話越しでも彼女の視線の鋭さが伝わってくるようで、わたしはベッドの上で小さくなった。
「特にあなたが鏡子ちゃんを親友だと思っているのなら、彼女の事を考えてあげて話をしてあげることも大切だと思うわ」
「はい……」
「もちろん、わたしとの事を彼女に話しなさいというわけじゃないのよ。サキが負担に思ったり、嫌なことは伝えないと、あなたが辛くなってくるのだから」
「うぅ……返す言葉もありません……」
優柔不断なのか、気が弱いのか。
その両方だろう。自分に自信がないからはっきり言えないというのが大きい。
……もちろん、鏡子ちゃんが純粋に怖いというのもあるけれど。
でも、こうして正面からアドバイスをくれる人は優花里さんだけだ。
甘やかすだけでなく、わたしの将来まで案じて正論を言ってくれる。
やはりこの人は、ただの「お姫様」ではなく、本当に頼りになる人なんだなと改めて実感する。
「わたしはサキと今の関係を維持していきたいし、あなたの友人関係も壊したくはないから」
その言葉が、わたしの胸に深く温かく突き刺さった。
「ありがとうございますー! 優花里さん、あなたはやっぱりわたしの女神様ですー!」
鏡子ちゃんの重すぎる愛に押しつぶされそうになっていたわたしにとって、優花里さんの理性的で深い愛情は、暗闇に差す一筋の光のようだった。
……よし。せっかく優花里さんが日程をずらしてくれたんだ。
この夏休み、鏡子ちゃんとも、しっかりと向き合って、なんとか生き延びてみせるぞ!
鏡子のサキへ向ける独占欲は半端ないです。
夏休みもカミソリの刃の上を歩く様なイベントが続きそうです。




