まだわたしたち早いよ〜!!
そして運命の月曜日。
リビングに降りると、そこにはやっぱり「鏡子蛇」がいて、澄ました顔でコーヒーを飲んでいた。
「あ、サキちゃんおはよう。週末は勉強できた?」
「あ、うん。多分、大丈夫だと思うよ」
平静を装って答えるけれど、心臓はバックドロップ並みの衝撃を受けている。
鏡子ちゃんには、優花里さんが泊まりに来ていたことは絶対に伏せておかなければならない。
「そうなんだ、テスト頑張ろうね!」
両手で小さくガッツポーズをする鏡子ちゃん。
その仕草だけを見れば、文句なしにかわいい。
……この子がヤンデレじゃなかったら、どれほど心穏やかに過ごせただろうか。
わたし は鏡子蛇に絡みつかれるような形で家を出て、一緒に登校することになった。
「サキちゃん、土日は連絡ができなかったから寂しかったよ。でも、サキちゃんが頑張ってると思って、わたしも勉強してたよ」
「そうなんだ、鏡子ちゃんも頑張ったんだね。偉いね、鏡子ちゃん」
「二日間、勉強頑張ってたんだ。サキちゃんも偉いよ」
鏡子ちゃんは嬉しそうに、わたしの肩にこてんと頭を持たせかけてきた。
(ああ、その頑張りの中身が優花里さんとの密着勉強会だったなんて、口が裂けても言えない……!)
駅に着くと、部活が休みの茜と合流した。
茜は見るからに自信がなさそうで、魂が口から半分抜けかけている。
「サキ……今回の範囲、もう絶望的なんだけど……」
(すまん、茜。わたしは最高の家庭教師と勉強してたんだよ)
何としてでも良い成績を取って、優花里さんに褒めてもらってお姫様と海辺のバカンスを楽しむんだ! その決意が、わたしの内側から溢れ出していたらしい。
「サキちゃん楽しそうだね、自信ありそう」
鏡子ちゃんが、わたしの顔を覗き込んでくる。
「うん、頑張ったからね。期末が終わったら夏休みだし、楽しみなんだ!」
「そうだよね、これを乗り越えたら夏休みだもんね」
鏡子ちゃんも微笑んでいるけれど、わたしの頭の中は「水着回の優花里さん」でいっぱいだ。
けれど、この「楽しみ」が、優花里さんとの二人きりの別荘だということを鏡子ちゃんが知ったらどうなるのか……。
考えただけで、夏休み前に自分の人生が最終回を迎えそうで、 わたしは慌てて前を向いた。
ーーー
期末試験1日目が終わった。
思ったよりも手応えがあったよ。ありがとう、優花里さん。
試験は3時限までなので、午前中で終了だ。
「どうだった? サキちゃん」
「うん、思ったよりも出来たかも」
「えらいえらい! さすがサキちゃん!」
鏡子ちゃんが自分のことのように喜んでくれる。ふと横を見ると、茜が口から魂を飛ばしていた。
御愁傷様……。
確か赤点を出すと部活休止だったっけ? 教えてあげたいけど、わたし自身にそこまでの余裕がないので申し訳ない。
人に教えるということは、内容を十分に理解して、それを相手のレベルに合わせて噛み砕かなければならない。
やっぱり優花里さんや鏡子ちゃんはすごいんだなと改めて感じた。
「ねえ、鏡子ちゃん。茜に教えてあげたら? 彼女の部活生活、終わっちゃうよ。二学期の中間試験からさ、茜と勉強会とかしてあげてよ」
「う〜ん、じゃあサキちゃんも一緒に参加するなら」
おい、わたしを人質にしないで! でも茜のピンチを救うためにも、二学期は勉強会をした方がいいな。
(優花里さんには他の日にしてもらって……って、毎回優花里さんに頼るのも悪いしな)
「茜、期末は間に合わないけど、二学期の中間から勉強会しよ。鏡子ちゃんも一緒だよね?」
「うん、三人で、しようね!」
「サキ、鏡子ちゃん、ありがとう! お願い! 二学期も赤点だとさすがに親に部活辞めさせられるから……」
必死に食いつく茜。そこまでなのか。でもよくこの高校に入れたよな。
「絵麻先輩と同じ高校に入ろうと思って、必死で勉強したんだよ」
その必死さをもう少し維持できていれば……。
茜は瞬発力はあるけど持続力があんまりなさそうな気がする、と妙に納得してしまった。
昇降口から出たところで、優花里さんの後ろ姿が見えた。
昨日まで一緒にいたんだよな。
後ろ姿だけでも凛とした雰囲気を持っている。
(でもあの人がもじもじしたり、真っ赤になってるところってわたしだけしか知らないんだよね) と、優越感に浸っていると。
「どうしたの? サキちゃん。なんか嬉しそうだね?」
鏡子ちゃんが顔を覗き込んできた。
「え? 嬉しそうだった? 夏休み、楽しみだな〜って」
「サキちゃんそれ朝も言ってたね。夏休みに何か予定があるの?」
やばい!「え? 予定? まあ、あるような、ないような……」
「そうなの?」
じっと目を見つめてくる。やばいやばい! すぐに目を逸らした。
「と、ところで鏡子ちゃんはどっか行ったり予定はあるの?」
「わたし? 家族で旅行の話は出てるかな〜?」
「そうなんだ、楽しみだね〜」
ふう、と胸をなでおろしたのも束の間。
「あれ? そういえばサキちゃん、沖縄か北海道とか言ってなかった?」
うぉー! なんでそんな苦し紛れの言い訳を覚えてるんだー!!
「あ、そうだね、そういう話もあったよね……」
「それはなくなっちゃったの? 早く予約しないとって言ってなかった?」
ぐっ! また蛇のような追及が始まったよ!
「あ〜、今日帰ったら聞いてみるよ」
「あの時に相談してたんじゃなかったの?」
も〜勘弁して〜。 わたし の言葉を一言一句覚えてるの? 怖いよ、助けて……。
「ねえ、サキちゃん」
「は、はい!」
あ、やばい、鏡子ちゃんの瞳の光が消えかけてる! 腕の締め付けも久しぶりに強くなってきた。
「わたしに隠している事とかない?」
暗い瞳の笑顔が怖い。
「隠し事? ないない! まったくごぜえませんよ!」
「本当?」
「な、なんでそんなこと聞くの?」
「なんか、そんな感じがしたから」
そんな野生の勘みたいなのやめて。
「鏡子ちゃんに隠し事することなんかないじゃん!」
「……伊藤先輩」 鏡子ちゃんがボソッと呟いた。
「な、な、な、なに、いいいってんの? ゆか……伊藤先輩となんにもないよ、うん、何もないから!」
「ゆか……?」
わたし の顔を穴が開くほど暗い瞳で覗いてくる。怖い怖い、瞬きをしてよ、もうやめて〜! ホラーだよ……。
「サキちゃん……?」
ギリギリと腕が締め付けられる。ごめんなさ……許して……助けて……!
「だ、大好きな鏡子ちゃんに隠し事なんか、な、ないよ! 多分!」
「大好き……」
あ、腕の力が緩んできた。助かった。
「そっか、大好きなんだ……」
俯く鏡子ちゃん。よかった〜、こちら方面はちょろい子で。
「わたしもサキちゃんのこと大好きだよ! 試験、頑張ろうね!」
「は、はい……」
あ、また後ろで茜がビビってるよ。
ーーー
期末試験が終わった。
今回も優花里さんのおかげで、自分でも驚くほど良い成績が取れそうだ。
今日は早く家に帰って、試験勉強のために封印していたリリーの感想をあげるんだ! わたしは鏡子ちゃん、茜と三人で校門を後にした。
二人と別れて家に帰り、自分の部屋に戻ってすぐに視聴開始……の前に、優花里さんへお礼をRINEで送っておこう。
『無事試験も終わりました、教えてもらってありがとうございました!点数も良さそうです!これからリリーを見て感想投稿しますね!』
『期末試験お疲れ様でした。わたしも帰ってリリーを見るわね、みっきん様の感想を楽しみにしていますね』
優花里さん、相変わらず「みっきん様」としてのわたしも大切にしてくれてるなぁ。
リリーは2クールあるので、7月の今はちょうど折り返し地点。やっぱり2クールあるとストーリーをじっくり見せてくれる。
期待して見ていたら、とんでもなく意外な展開が来た。
これまで味方だと思っていた同じ魔法乙女のユウカが、闇堕ちしてしまうストーリーだったのだ。
(これは今後の考察が捗りそうだぞ……!)
わたしは今後の予想をたっぷり入れながら、一気に感想を投稿した。
すると、即座にコアラっ子さんからのリプ。
早い、早すぎるよ! 『わたしも今回の展開には意表をつかれました。
ただ、今から思うと8話あたりの彼女のセリフが伏線だったのかと思います』
「え? そうだったの?」 すぐに8話を見返してみると、確かにそれらしいセリフをユウカが話していた。
よく気づいたな、と思うと同時に、さすが優花里さん。
……もしかしてセリフを全部覚えているのかな? そう考えた瞬間、試験初日の鏡子ちゃんを思い出して背筋が寒くなった。
優花里さんも、もしわたしが下手な言い訳をしたら一生覚えられてるんだろうな……。
わたしって言い訳下手だし、おっちょこちょいだし、本当に口を滑らせないようにしないと社会的に抹殺されるもんな。
ふとスマホが震えた。鏡子ちゃんからのRINEだ。
そういえば試験が終わって帰宅したら、安否確認(という名の監視?)をするとか言ってたよね。
『サキちゃん、夏休みの旅行はどうだった?』
試験が終わった一発目のRINEがこれかよ! 執念が蛇どころか大蛇だよ!
『うん、親に聞いたら予約取れなかったから無しになっちゃった』
心の中で「すまん、親友」と呟きながら送信。
『そうなんだ、残念だね。ねえ、もしよかったら一緒に旅行行かない?』
え? どうしよう。まあ、でも夏休みは長いから、予定が重ならなければ大丈夫だよね……?
『いいね、茜にも声をかけて三人で行こう』
『わたしはサキちゃんと行きたいな』
茜〜!! 彼女の立場は!?
でも二人で旅行ってことは、あの水族館の後と同じようなイベントを、鏡子ちゃんは確実に狙っている。
どうしよう、優花里さんにはこういうところ相談できないし。
ここは、三人で行きたいと言い張るしかない。
正直、茜も入れてあげないと可哀想だし。
『やっぱり茜も誘おうよ、三人で楽しく旅行したいな』 これで納得して〜!
『サキちゃんはわたしと二人で旅行するの嫌なの?』
嫌じゃないけど、今の鏡子ちゃんは完全なる肉食系だから怖いんだよ! 普通に友達としての旅行なら、わたしだってしたいんだよ! 『そんな嫌とかじゃないよ、みんなで楽しく行きたいな、と思ったから』 これで許して……。
『茜に聞いたら二人で行っておいでって』
茜に聞いたの!? これ、絶対に「聞いた」んじゃなくて「脅迫」したんじゃないの?
今の鏡子ちゃんならやりかねないし……だめだ、どんどんヤンデレが加速してるよ!
『そうなんだ、残念だね』 これで話、終わらないかな?
『で、どうする? サキちゃん』
やっぱり終わらせてくれないよね〜! 甘かったよね、 わたし ! どうしよどうしよ、助けて。
『わたしたち高校生だし、泊まりがけっていうのはまだ早いと思うんだ。だから海に遊びに行かない? それか遊園地なんかもよくない?』
日帰りなら! 日帰りならまだ安全なはずだ! これでどうだ!
返信までの時間が、まるで永遠のように長く感じられた。
鏡子ちゃん……お願い、思いとどまって……。
スマホを握りしめる手に汗がじわりと滲む。その時、ついにスマホが短く震えた。
来た!
『じゃあ日帰りで海に行こう』
やった! 優花里さん! わたしの貞操は守られました! これでわたしは人生の勝者だ!
『うん、そうしよう、そうしよう!楽しみだよ!』
よかった〜! 鏡子ちゃん、物分かりが良くてありがとう!
これで優花里さんに物理的に抹消されなくて済んだよ……。
っていうか、なんで わたし はさっきから命の心配ばかりしているんだろう?
みんなこんな命がけで恋愛や友達付き合いをしてるの?
これってわたしだけなの?
なんでわたしはこんなにリスクの高い綱渡りを強いられているの?
わたし、高校卒業するまで命があるのかな……
とにかく、これで鏡子ちゃんルートの「お泊まり」という特大の地雷は回避できた。
これからは、優しくて癒やしをくれる優花里さんルートに入ろう。
『優花里さん、癒してください〜』 送信。数秒もしないうちに返信が来る。
『どうしたの? サキ』
鏡子ちゃんとのバトルのことなんて、口が裂けても言えない。
『やっとテストが終わったので、気が抜けちゃいました』
『そうだわね、お疲れ様。本当によく頑張ったわね、サキ』
う〜ん、癒やされる。なんか頭をよしよしされている感覚。
優花里さんはやっぱり優しいな。女神様かなにかかな?
でも、よくよく考えると、わたしは二人に対してどんどん秘密という名の負債を積み上げているんだけど……
怖いよ、フラグが立ちまくって地面が見えないよ〜。
いつかこれらが全て露見して、一気に破綻しそうで怖い。
そして、今のわたしにとって「破綻」が即「命の危機」を意味しているのが、あまりにも恐ろしすぎるのだけど。
命と貞操の危機をひとまず回避したサキ。
高校での初めての夏休みは災難が待っていそうです。




