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初めてと、2回目と?!

 そして、就寝タイムがやってきた。

 

 わたしのベッドに客用の布団を運び込み、そこを優花里さんの寝床に。

 自分は床にいつもの布団を敷いて寝ることにした。


「優花里さんの家にあるような、天蓋付きの豪華なベッドとは違って、布団も硬いかもしれませんけど……今日はここで我慢してください!」


 わたしが精一杯の配慮でそう勧めると、優花里さんは少しだけ悲しそうに眉を下げた。


「サキ、わたし、そうやって自分を卑下するのはやめてって何度も言っているわよね。わたしはそういう肩書きや環境を抜きにして、あなたの事が好きなのよ」


「うっ……はい、ごめんなさい……」


 正論すぎる。推しの真っ直ぐな言葉が胸に突き刺さる。


「いいのよ、サキ。……ねえ、それより、同じお布団で寝ない?」


「へ? ええええええええ〜〜!?」


 思わず裏返った声が出た。


「い、いやいやいや! 布団狭いですし! わたしの寝相が図鑑に載るレベルで悪いかもしれませんし!」


「大丈夫よ、くっついて寝れば済む話だわ」


「いやいやいや! そんなの寝られないですよ! ドキドキしすぎて心臓がバックドロップしちゃいます!」


「サキ、わたしは大丈夫よ?」


「いや、わたしの方が大丈夫じゃないんですってば〜!」


 本音を言えば、すっごく、すっごく一緒に寝たい!

 でも、そんなことをしたらわたしの乏しい理性が一瞬で霧散して、何か取り返しのつかない不敬罪を働いてしまいそうで怖いのだ。


「サキは……わたしが嫌いなの? 一緒に寝たくないの?」


  上目遣いで、少し潤んだ瞳で見つめられる。そんなの、反則だ。


「そ、そんな! 嫌いなわけないじゃないですか! むしろ一緒に寝たいですよ! ……あ、言っちゃった……」


 墓穴を掘ったわたしを見て、優花里さんは勝利を確信したようににっこりと微笑んだ。

 いつの間にか、彼女はわたしの布団へと滑り込み、掛け布団の端を少しだけ持ち上げて、誘うように私を見つめた。


「サキ、来て……」


「だ、だめ……っ」


 その仕草、お風呂上がりでほんのり赤く上気した頬、そして夜の静寂が醸し出す妖艶な表情。

 アニメのワンシーンなら「神回確定」と叫んでキャプチャを撮りまくるところだが、今は現実だ。

 理性が、音を立てて崩れていく。


 フラフラとゾンビが人間に吸い寄せられるように、わたしは抗う術もなく、優花里さんの待つ布団の中へと吸い込まれていった。


 今は7月、薄手の掛け布団一枚あれば十分な季節だけど、その一枚を共有した瞬間、二人の距離は物理的にも心理的にもゼロになった。


「うわぁ……」


 至近距離で見つめる優花里さんの肌は、陶器のようにきめ細やかで、まつ毛の一本一本までが芸術品のよう。

 なんでこんな国宝級の美少女と同じ布団に収まっているんだろう。

 これは夢? もしかして、アニオタだった私が転生したとか、物語の最初から全部わたしの妄想だったりする?

 実は 1話で既にトラックに轢かれちゃって夢の異世界に転生してた?そんなメタな思考が浮かんでは消えていく。


「サキ……」


「ひゃいっ!な、なんでふか?ゆかりひゃん」


 耳元に届く優花里さんの熱い吐息に、心臓が跳ね上が緊張のあまり呂律が回らない。


 見ると、彼女はゆっくりと目を閉じ、わずかに顎を突き出すような仕草を見せた。


(これ……これって、あれだよね!? 深夜アニメで何度も見た、主人公とヒロインが……!!)


 え、でも待って。もしこれがわたしの勘違いだったら?


「何やってんのよ、このエッチ!」とビンタされるお決まりのパターン?

 いや、優花里さんがそんな俗っぽい反応をするとは思えないけど……。

 あ、でも最近アニメ見てるからこういう演出に毒されてるかも。いや演出っていうな!


 パニックでフリーズしていると、優花里さんの目がぱちっと開いた。

「うわっ!びっくりした!」

「……もう、サキ。人を待たせるんじゃないわよ……いじわる」


(あのぉ……待たせるって……?)


 蠱惑こわく的な微笑み。

 その破壊力に脳がショートする。


 「い、いやぁ? 待たせるって、早く寝ろっていう意味でしゅか……?」


 そこから先、言葉は続かなかった。 柔らかい感触が、わたしの唇を塞ぐ。


 「……んんっ!?」


 眼前に広がる、優花里さんの閉じた瞼。

 あ、あれ? この状況、少し前にも……デジャヴ? いや、でも相手が……


 ようやく顔を離した優花里さんは、頬を林檎のように赤らめて、幸せそうに、そしてどこか誇らしげに囁いた。


「サキの初めて……もらっちゃった。わたしの初めても、サキに……」


 その言葉を聞いた瞬間、私の脳裏に

「あの日、海岸で鏡子ちゃんと交わしたファーストキス」の記憶が、鮮烈なフラッシュバックとして蘇った。


「あ……あ……」


(ごめんなさい優花里さぁぁぁぁぁん! わたしは初めてじゃないんですぅぅぅぅぅ!!)


 良心の呵責と、推しとのキスによる幸福感。

 天国と地獄が同時に押し寄せてきて、わたしの精神は文字通り「詰んだ」。


(言えねぇー! 言えねえよ!これが人生二度目の『セカンドキス』だなんて死んでも言えねぇ!!)


 言うと色んな意味で抹殺される!わたしだけじゃない、美山家が家族ごとこの日本から消去されてしまう。

 絶対に!絶対に!墓場まで持っていかなければならない国家機密級の秘め事だ。


「サキの初めて……嬉しい……」


(ひーっ!ごめんなさい〜!)


 幸せそうに、自分の唇に指を当て、慈しむような眼差しを向けてくる優花里さん。

 その表情を見るたびに、わたしの心臓にはグサグサと矢が突き刺さる。

 いや、矢どころじゃない、火矢だ。胸の内が罪悪感で燃え盛っている。


「汗をかいて恥ずかしがってるサキ、カワイイわ」


「……あ、あははは」


 優花里さんはわたしをぎゅっと抱きしめてくる。

 違うんです優花里さん、これは恥ずかしがっているわけではなく、純度100%の「冷や汗」なんです。


「サキ、好きよ。愛してるわ」


「は、はい……わたしも、優花里さんのことが大好きです……」


「嬉しいわ……」


 優花里さんの瞳が潤む。

 そして、再びゆっくりと顔が近づき……二度目の唇が重なった。


 「ん……」


 今回は、長い。 ようやく唇を離した優花里さんは、とろけるような吐息を漏らした。


「やっとサキと、こうなれた。幸せよ」


(優花里さんごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!)

「わ、わたしも、幸せです……(ううっ、純粋に喜びたかったよ!)」


 せめて表情を見られないようにと、わたしは優花里さんの豊かな胸に顔を埋めた。


  「サキ、恥ずかしがって……本当にかわいい」


(恥ずかしがっているというか、純粋に喜んでいる優花里さんの目を直視できないだけなんです……!)

 罪悪感で押しつぶされそうだ。


「優花里さん……ごめんね……」


「ん? サキ、今、何か言ったかしら?」


「いいえ! いいえ! なんでもないです!! う、うれしいなー(棒)」


(うぅ……わたしのメンタル、朝まで持つのかな……)


 ふと、鏡子ちゃんのイベントがこの後に来てたら、まだ罪悪感が……なんて考えがよぎり、わたしは全力で頭を振った。何を考えてるんだわたしは。


「サキ、くすぐったいわよ」


「あ、すみません」


「サキ……もう一度、いいかしら?」


 もう一度? と聞き返す間もなく、再び唇が塞がれた。


「んぐっ!?」


 ……あれ? 優花里さん? 瞳の奥の光が怪しくピンク色に濁っていませんか? しかも、その瞳の中にうっすらハートマークが……。


「サキッ!!」


「ひゃいっ!」


 万力のような力で抱きしめられる。


「サキ、好き。大好き、愛してる。もう、誰にも渡したくない……絶対に……!」

(なんでこんなにザクザクと心に刺さる言葉ばかり……!!)

  優花里さんの独占欲が、熱を持ってわたしに伝わってくる。


「わ、わたしもです……優花里さん……」


 震える声で答えるしかなかった。

 甘く、そして逃げ場のない「ヤンデレの檻」が、じわじわと閉まっていく音が聞こえた気がした。



(なんで……なんでわたしを気に入ってくれる人は、どいつもこいつもヤンデレ気質なのよぉぉー!)


 優花里さんの腕の中で、わたしは声にならない悲鳴を上げていた。

 

 愛されている。それはわかる。

 ものすごく嬉しいし、光栄すぎてバチが当たりそうだ。

 でも、その愛が「質量」を持ってわたしを圧死させようとしている気がしてならない。


 もし、鏡子ちゃんとのあの「事故」がなかったら。

 もし、わたしにやましいことが何一つなかったら。

 一対一の純粋な関係だったら。

 

 今この瞬間はどれほど甘く、天国のような心地だっただろう。


(どこで間違えちゃったのかな……。ただのアニオタとして平穏に生きていたはずなのに。いつの間にか、学校一のお嬢様と、危うい魅力の親友の、両方から命がけで愛されるなんて……)


 今わたしの脳内はパニックで混濁している。 確かなのは、腕の中に「本物の」優花里さんがいて、その温もりを感じているということだけだ。


 一対一なら、このまま幸せの絶頂で昇天しても悔いはない。

 でも、鏡子ちゃんとのあのキスの記憶が、鋭いナイフのように幸せな時間を切り裂いていく。


「サキ……おやすみなさい。愛しているわ……」


 耳元で囁かれる甘い呪文。

 今日一日のハードな勉強と、それ以上の精神的なアップダウンで、私の脳はもう限界だった。


 考えるのをやめ、ただ隣にいる「推し」の心音を聞きながら、わたしは泥のような眠りに落ちていった。


やっと優花里さんとの初めての……は優花里さんの方でした。


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