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優花里温泉最高だぜ〜!!

 土曜日の朝が明けた。


 優花里さんのお泊まり……もとい、わたしの命をかけた勉強会の日だ。

 朝9時、スマホが震える。 『サキ様、もうすぐ到着するわ』


 もうすぐ到着? 駅にかな?


「ならやばい、急いで迎えに行かないと!」


  慌てて玄関を飛び出し、門の方へ走ったその時だった。


 キィィ……と静かな音を立てて、我が家の前の細い路地に、場違いなほどに長い黒塗りのリムジンが停車した。


「え……? この車ってまさか……」


 呆然と立ち尽くすわたしの前で、ビシッとスーツを着こなした女性の運転手さんが降りてきた。

 彼女は流れるような動作で後部座席のドアを開ける。

 そこから、一分の隙もない完璧な美しさを纏った優花里姫が降臨された。


(やっぱり、超弩級のお嬢様だ……。わたしみたいなミジンコを消し去るなんて、瞬きするより簡単なんだろうな……)


 再会の嬉しさよりも、背後に透けて見える圧倒的な「権力」の重圧に、膝がガクガクと震えそうになる。

 さらに驚いたのはその後だ。

 運転手さんがトランクから運び出したのは、あの「ロイ・ヴィトン」の、見たこともないほど巨大なトランクが3個!?


(な、何が入ってるの!? 人? !メイドさんでも中に詰めてきたの!?)


 テレビで見たことがある。あのサイズのトランクは一つで百万円単位のはずだ。それが3つ。

 住む世界が違いすぎる……。宇宙とミジンコ、あるいは神様とアメーバくらいの格差だ。


 更に手に持った紙袋が5つ。

 どれもこれも、デパ地下の奥の院にあるような超高級菓子ブランドのロゴが踊っている。

 下手したら紙袋一つ分で、美山家の一月分の食費が消える…


「サキ……!」


 わたしの困惑をよそに、優花里さんはひまわりのような笑顔で両手を広げ、飛び込んできた。


「サキ……! 会いたかったわ!」


「ひゅ、優花里さん……! 車もすごいし、ご近所さまの目がぁぁ!運転手さんも見てますよ!」


 ぎゅーっと抱きしめられ、優花里さんのいい香りと、隠しきれない財力の香りに当てられて、わたしの意識はクラクラしてきた。


(これで一晩……。明日まで、私は精神を保っていられるの!?)


 優花里さんの熱烈なハグを受けながら、わたしは我が家のボロ……いや、つつましい玄関を見上げて、遠い目をせずにはいられなかった。


 トランクは、運転手さんが流れるような動作で玄関まで運び入れてくれた。

 女性なのに力のある人だ、そうでなければやっていけないんだろうな。

 お疲れ様です。


 その時、既に我が家のリビング…というか玄関先では、母と美嘉が地面に額を擦り付けんばかりの勢いで平伏していた。


  (奉行所か! ここは江戸時代の奉行所なのか!)


 優花里さんはそんな二人を前にしても、所作一つ一つが優雅そのもの。


「今日はお招き預かり、ありがとうございます」


 丁寧にお礼を述べる彼女が紙袋を差し出すと、母と美嘉の目がダイヤモンドより輝いた。


「ささ、お嬢様、狭いところですがどうぞ……!」


  美嘉なんて手を擦り合わせて媚びを売っている。おい美嘉、中学生女子としてのプライドをどこへ捨ててきたんだ!


 ため息をつきながらリビングへ入ると、美嘉がこっそり寄ってきた。


「ねえねえ、お姉もう伊藤先輩と結婚しちゃいなよ! そしたら玉の輿だし、わたしも将来遊んで暮らせるしさ〜」


 こいつもう既に金に目が眩んでやがる。万が一そんなことがあっても、こいつにだけはビタ一文渡してやるものか。


 リビングで少し休んでもらい、いよいよ私の部屋へ。 運転手さんが2階の廊下までトランクを運び終え、ようやく二人きりになった。


「優花里さん…これ、一体何が入ってるんですか?」


「勉強道具と、私の服や小物類よ」


 (……小物? こんな大きなトランクに入る量を世間では小物とは言わないんだよ、優花里さん)


 トランクを開けてさらに絶句した。何着服を持ってきたんだ、この人は。


「部屋の雰囲気や、サキと話す内容に合わせて服を決めようと思って……」


  もはや空いた口が塞がらない。これが「お嬢様」の日常なのか、次元が違いすぎる。

 部屋の扉を閉めた瞬間、再び熱烈に抱きしめられた。


「サキ! サキ! 会いたかったわ! 学校では校門でしか会えないもの……」


「ひゃあぁ……!」


「これで二日間、ずっとサキと同じ場所にいられるのね! 嬉しいわ!」


 本来なら、こんな美人に抱きしめられて昇天するほど嬉しいはずだ。

 けれど今のわたしは、墓場まで持っていくべき「唇の機密事項」を抱えている。

 素直に喜べるわけがない。


「ゆ、優花里さん…よ、よろ、よろしくお願いしますっ」


「どうしたのサキ? 汗びっしょりになっているわよ?」


「あ、あはは…今日、暑いでしゅからね! もう7月でしゅし……」


「ふふふ、呂律が回っていないわよ」


「う、嬉しすぎて…これからずっと一緒だと思うと……」


 その時、ほっぺたに柔らかい感触が走った。


「……ひゅ!ゆかりひゃん?!」


 ほっぺたを押さえ、横を向いて優花里さんの顔を凝視する。

 そこには、少し顔を赤らめた優花里さんがいた。


「サキのほっぺたが、あまりに可愛かったから……」

 にっこりと微笑むその姿は、後光が差している。


(ううぅ…とろけそう…そうだ! 優花里さんは「ほっぺ」で、鏡子ちゃんは「口」ってことで、それぞれの担当を分けて納得……するわけないだろぉぉ! 何考えてんだよわたし!)


 極限状態のパニックで、脳が倫理観をログアウトしそうになっている。


「と、とりあえず! べ、勉強しませんか!?」


「そうね、そのためのお泊まりですもの」


「はい……頑張ります……(精神を保つのを)」



 午前中の二時間、わたしは文字通りみっちりと勉強を教えてもらった。

 優花里さんは、教え方も相変わらずプロ級に上手い。

 複雑な数式も、彼女の口を通れば魔法のようにスルスルと理解できてしまう。


「ところで、優花里さんは自分の勉強はいいんですか?」


 ふと気になって尋ねると、彼女はペンを置いて事もなげに微笑んだ。


「わたしは今回の期末試験の範囲は、昨日までにすべて済ませてきたわ」


「えっ、昨日までに!?」


「ええ、だって、この二日間はサキに勉強を教えてあげないといけないでしょう?」


 この人の頭が良いのは分かっていたけれど、まさかそこまでとは……。

 

 自分の完璧な準備を終わらせた上で、わたしのために時間を割いてくれる。

 やはりこの人は、隙のない完璧超人だ。


「ありがとうございます、優花里さん……」

「サキのためなら、わたしはこれくらい平気よ」


(もうこの人って天使だ……いや、慈愛に満ちた女神様だ!)


「ありがとうございます! おかげさまで午前中だけでも相当捗りました!」


「ふふ、良かったわ」


 この調子なら、二日間でどれだけ成績が伸びるんだろう。 しかも憧れの優花里さんとずーっと一緒。

 密室、二人きり。先刻までのパニックが嘘のように、今は純粋な幸福感に包まれている。


(ああ、幸せ……待てよ?!幸せのあとにドデカい反動が来るのがこの数週間のパターンじゃないか? いけない、こんなこと考えるとフラグが立っちゃう……!)


 必死に邪念を振り払おうとしていると、階下から母さんの威勢のいい声が響いた。


「サキ〜! 優花里さ〜ん! お昼ごはんできたわよ〜!!」


「行きましょうか、サキ」


「はいっ!」


 期待と不安が入り混じる中、わたしたちは一旦ペンを置き、一階のリビングへと向かった


 ダイニングに降りた瞬間、自分の目を疑った。

 テーブルの上に、隙間がないほど料理が並んでいる。


「な、何これ…結婚式!? うちで披露宴でも始まるの!?」


 前回優花里さんが来た時の、まるでお誕生日会の様な料理もすごかったけれど、今回はもはや「美山家全財産を注ぎ込みました」と言わんばかりの豪華さだ。

 母さんは満足げに腕を組んでいる。


 優花里さんは小声で「サキ様のお食事……サキ様のお食事……」と呪文のように繰り返している。

 いや、わたしもこんな食事、生まれて初めて見るんですけどね。


「「「いただきます!!」」」


 全員で一斉に箸を伸ばす。


  「……美味しい! 何これ、めっちゃ美味しいんだけど!」


 母さんが昨日から仕込んだ甲斐あって、どの料理も絶品だ。ナイス!母さん!


 美嘉も普段の生意気さをかなぐり捨てて、目を輝かせながらパクついている。

 この状況で一番役得なのは、間違いなくこの妹だ。


「お母様、とっても美味しいですわ! 隠し味は何かしら?」


 優花里さんも、本当に幸せそうに頬張っている。家に帰ってシェフにレシピを伝えるつもりなのだろうか。


 いつもの食卓にたった一人増えるだけで、部屋全体がパッと華やいで見える。

 まあ、その一人が「優花里さん」という大輪のバラのような人だからだろうけれど。

 ふと目が合うと、優花里さんは優しく微笑んでくれた。

 その笑顔を見ているだけで、胸がいっぱいになってしまう。ああ、こういうのが幸せなんだな。

 と、今日何度目かの幸せを噛み締める。


 食後、食器の片付けをしようとすると、意外なことが起きた。

 超お嬢様の優花里さんが、当然のように立ち上がって手伝おうとしたのだ。


  (え、大丈夫!? 生まれて一度も皿なんて洗ったことないんじゃ…)


 そう思って見守っていると、驚くほど手際がいい。


「実はわたし、料理が好きで子供の頃から作っていたのよ。自分で食べる分くらいは、ね」


「お母様、前回はキッチンの状況がよく分かっていなかったのですが、前回見ていて今回は分かりますのでお手伝いさせていただきます!」


 また一つ、彼女の意外な一面を知ってしまった。

 完璧なだけじゃなく、家庭的。

 本当にこの人は底が知れない。

 でも必ずいいお嫁さんになるんだろうな。


 美嘉はリビングのソファに座ってスマホをいじっている。

(本当一番楽してるよな、こいつ。少しは優花里さんを見習え!)


「さあ、サキ。ちょうど1時よ。3時まで2時間頑張ったら、おやつタイムにしましょう」


「はいっ!」


 デザートにはあの「超高級ケーキ」が待っている。

 お腹も心も満たされ、わたしの脳細胞は午前中以上のフル回転を始めていた。



 おやつの時間の超高級ケーキに、美山家一同は震えた。

 

 美嘉にいたっては感激のあまり半泣きでケーキを拝んでおり、たまに可愛いところがあるなと思いつつも、胃袋を掴まれる強さを再確認した。


 そして、昼食をさらに上回る豪華な夕食を済ませた後は、運命のお風呂タイムとなった。

 

 優花里さんの実家なら岩風呂や露天風呂、ミストサウナくらいありそうだが、うちは極めて一般的なユニットバスである。


「優花里さん、一番風呂どうぞ」


「サキ、一緒に入る?」


「いやいやいや! 今日覚えた公式が全部蒸発して吹っ飛んじゃいますから!」


 そりゃあ、これだけ綺麗な人の裸、同じ女としても見てみたい気持ちはある。

 けれど、見てしまったら最後、自分の貧相な体を見る気が失せて立ち直れなくなる自信はある。


 優花里さんはトランクから、普段使いであろう化粧品やスキンケア用品を取り出していたが、その量と質にまた腰を抜かした。

 どれもこれも、デパートの1階で恭しく売られている高級品ばかり。


(はぁ……良いものを使うとこれだけ綺麗に……いや、元が違うんだよな。生まれた瞬間から、わたしは村人Aで彼女は伝説の聖女なんだ)


 これもすべて、推し作品『リリー』が繋いでくれた縁なのだろうか。

 今度、リリーのグッズを買い増してお布施しなきゃ、と心に誓う。


 アニメによくある「キャー!えっちー!」な展開もなく、優花里さんが風呂上がりで部屋に戻ってきた。

 上気してほんのり赤くなった肌、少し濡れた髪。

(だめだ、こんな姿の推しと同じ空間にいて平静を保てるわけがない……!)


「じゃ、じゃあわたしもお風呂入ってきます。リリーの円盤、自由に見てていいですから」


「ありがとう、サキ」


 逃げるように浴室へ向かったわたしは、扉を開けた瞬間に立ち尽くした。


 浴室に、ほんのりと、けれど抗いがたいほど「いい香り」が残っている。美人は体臭すらアロマなのか。


(……はた! と気づいた。このお湯、優花里さんが入った直後なんだよね?)


 その神聖な液体に、わたしなんかが触れていいのだろうか?


「じゃあ……の、飲む? いや、それをやったら人間として終わる……よね」


 頭の中で天使と悪魔が激しい喧嘩を始めた。

 一瞬、悪魔が「誰も見てないから飲んでもバレないぞ」と囁き優勢になったが、最終的には理性の天使が勝利した。


 せめて同じ液体に浸かることで、彼女の余韻を全身で受け止めよう。

 誰に許しを請うているのか自分でも不明だが、恐る恐る浴槽に身を沈める。


「はぁ……気持ちいい……優花里温泉に、体ごと溶けていきそう……」


 あまりの幸福感に意識が飛びそうになった。


 危ない。好きな人と同じお湯に浸かる(時間差だけど)というのは、こんなにも精神にくるものなのか。


 優花里温泉でしっかり温まり、2階へ上がろうとすると、リビングから賑やかな声が聞こえてきた。

 覗いてみると、いつの間にか1階に降りて来ていた優花里さんと母さん、そして美嘉が仲良さそうに話し込んでいる。


 最初は平伏していた母たちも、今では肩を叩いたりして、まるで昔からの友人のように笑い合っていた。


(優花里さん、すごいな……)


 人を惹きつけるカリスマ性。

 本人は人付き合いが苦手だと言っていたけれど、きっと名家に生まれたがゆえに、金や権力目当ての「汚い大人」をたくさん見てきて、心を閉ざしてしまっただけなのだろう。


「ねえ、何話してるの?」


 わたしもその輪に加わった。

 結局その夜は、勉強の疲れも忘れて、遅くまで女4人で楽しく盛り上がった。


 鏡子ちゃんとの「秘密」が一瞬だけ頭をよぎったけれど、この温かい時間だけは、純粋に楽しんでいたいと思えた。


流石に優花里温泉の飲泉は踏みとどまったサキ。

でも身体には良さそうかも……(遠い目)

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