わたしって正義なの〜?!複雑なんですけど……
「お姉! 起きて起きて!」
「もう……学校行く時間までまだまだ早いよぉ。美嘉の朝練の時間とは違うんだからさぁ……」
昨日は精神的に色々ありすぎて、姉は心底疲れてるんだぞー!
「違うんだよ起きてよ! 鏡子さんが来てるんだよ!」
「え? ……もう!?」
さらに美嘉が耳を疑うようなことを言う。
「それと、この前のこと謝ってくれたよ。『怖がらせてごめんね』って」
「そうなの? よかったじゃん……。じゃあわたしは、もう一度二度寝を……」
「いや! 鏡子ちゃん来てんだから起きろよ!バカサキ!」
「おま……姉をバカ呼ばわりとは良い度胸じゃねえか!!」
ガバッと飛び起きると、扉の向こうに気配が。……鏡子ちゃん!? とうとう部屋にまで「蛇」が侵入してきたか!
「おはよう、サキちゃん。……んん? 蛇?」
「なんでもないなんでもない! ごめんねぇ、部屋まで起こしに来てくれて!」
「ううん、サキちゃんが心配だから」
心配? 遅刻がってこと?
思い当たる節は多々あれど、そこまで過保護にされるほどかな……と思っている間に、事態は急展開を迎える。
「さあ、お着替えお着替え! 手伝ってあげるね」
「いやいやいや! 鏡子ちゃん、そこまでしなくても! ダメだよぉ!」
抗う間もなく、パジャマ代わりのトレーナーを脱がされる。
「きゃーっ!」
両腕で必死に胸を押さえるわたし。
「サキちゃん、ダメだよぉ手ブラは。はい両手離して、ばんざーいして!」
「ち、ちょっと! ブラくらい自分でするし! あなたの立派なお胸の前に、こんな『ひんぬー』晒せないから! 恥ずかしすぎるからー!!」
「違うよ!貧乳は正義だよ!!サキちゃん!」
「いやいやいや、そんなダイナマイトなあなたに言われても悲しくなるだけだから! 意味わかんないし! わたしの胸をいじめるのはやめてあげてー!」
結局、ブラだけは死守してなんとか制服に着替えた。
洗面台に行けば、後ろから鏡子ちゃんが髪をブラッシングしてくれる。
もうメイクさんと芸能人だな、これって。
「さあ、サキちゃん。食べよ食べよ〜。わたしは家で食べてきたからコーヒー飲むね〜」
手慣れた様子でコーヒーを淹れ始める鏡子ちゃん。
もう、うちの台所の配置を完全に熟知していやがる……。
食べ終わってカバンの中を確認しようとしたら、中身がすでに今日の授業用に入れ替わっていた。
涙が出るほどの鏡子ママの過保護ぶりです、はい……。
玄関を出ると、安定の「蛇」が絡みついてきた。ここは変わらないんだね。
朝練の茜はもういないので、二人で登校。
校門の前には、今日もずらりと並ぶ風紀委員。
「おはようございます」
「おはよう、美山さん」
「おはようございます」
鏡子ちゃんの挨拶に、優花里さんが一瞬ぎょっとした顔をした。
「おはよう、後藤さん」
さすが優花里さん、即座に対応して名前を呼んであげるあたり、抜かりがない。
あれ……? 腕、締め付けられないぞ。
よかった、昨日わたしが泣いた甲斐があったのかな。
今から考えると「泣きながらダッシュ!」ってアニメやドラマのキャラみたいで死ぬほど恥ずいけれど……。
これで二人が親しくなってくれたら、わたしの高校生活に成績以外の懸念はもうないよ!
ビバ! エンジョイ!高校生活!
……まあ、お昼の「アーン」は今日も健在だったんだけどね。
「ねえねえ、サキちゃん! サキちゃん! 今度の土曜日、デートしない?」
お昼休み、アーンのあと、鏡子ちゃんが目をキラキラさせて提案してきた。
(優花里さんとの予定も入ってないし、いいかな?)
「いいよ」
「やった〜! どこか行きたいところある?」
「う〜ん……エオン、とか?」
「うーん、この前行っちゃったからな〜。あ、そうだ! 水族館行かない?」
「うーん、この前行っちゃっ……」
「え?」
ああっ、しまった!!
「ああ! いや、なんでもないなんでもない!! 水族館デートね、い、いいと思うよ!」
危うく口を滑らせるところだった。
隣で「え?」と顔を覗き込んでくる鏡子ちゃんが、あざと可愛いけれど、その瞳の奥を覗くのが少しだけ怖い。
「うん、分かった」
「やった〜! 楽しみだなぁ! あ、そうだ。この前買ったあの服、着てきてよ!」
「あぁ〜、あれね……いいよ」
「やったぁ〜! 嬉しいな〜! サキちゃんとデートだ〜!」
無邪気に喜ぶ彼女を見て、わたしは背中に冷や汗が流れるのを感じた。
つい数日前に、全く同じ服を着て、全く同じ水族館に、最推しの優花里さんと行ったばかりだなんて、口が裂けても言えない。多分言うと本当に口が裂かれる。
2週連続で、しかも同じ服……
(どうしよう……。魚たちの顔ぶれも、展示の順路も、全部頭に完璧に入ってるんですけど!)
既視感だらけのデートになることは確定だ。
もし案内がスムーズすぎたら怪しまれるだろうか。
いや、それ以前に、同じ水族館のスタッフさんに「あれ? この前も違う美人と来てた子ですよね!いつもありがとうございます!」なんて声をかけられたら、その瞬間にわたしの高校生活どころか人生も最終回を迎える。
「……た、楽しみだね、鏡子ちゃん」
「うんっ!」
鏡子ちゃんの満面の笑みに、わたしはただ「悟り」を開いたような顔で頷くしかなかった。
も〜っ!わたしに高校生活エンジョイさせてよ〜!
その夜、わたしは藁にも縋る思いで優花里さんに電話で相談した。
「実は、鏡子ちゃんに水族館へ行こうと誘われてしまって……」
「……ええっ!?」
流石の優花里さんも戸惑っていたけれど、事情を話すと、彼女は冷静に、そして優しく諭してくれた。
「いい、サキ。鏡子さんの態度が軟化してきているのは良い兆候よ。だから、わたしと行ったことは絶対に内緒にすること。それだけを守って、当日は彼女と楽しく過ごしてきなさい」
優花里さんはやっぱり頼りになる。
自分のことよりも、わたしの平穏と鏡子ちゃんとの関係を優先してくれるなんて、どこまで聖母なんだろう。
さらに電話の終盤、優花里さんから驚きの提案があった。
「……それでね、サキ。もしよかったら、今度はわたしの自宅へ遊びにいらっしゃらない?」
「ええっ! い、伊藤家へ!?」
一瞬舞い上がったけれど、すぐに正気に戻った。
優花里さんのような名家にお邪魔して、もし粗相でもあったら打ち首ものだ。
それに、持参するお土産代だけでわたしのアニオタ貯金とお小遣いが数ヶ月分吹き飛ぶ未来が見えたので、丁重にお断りした。
「そうなの……残念だわ」
明らかに電話越しにシュンとする気配が伝わってきて胸が痛む。
その代わりに、期末試験に向けた「第二回・美山家勉強会」を開催することで折り合いがついた。
「じゃあ、その日はお泊まりしてもよろしいかしら?」
「ほ、保留で! 検討させてください!」
優花里さんが泊まるなんて、わたしの心臓も美嘉のメンタルも持たないかもしれない。
夕食や朝食が豪華になるのはありがたいけれど。
そんなやり取りを経て、いよいよ鏡子ちゃんとの水族館当日。
わたしは優花里さんにアドバイスされた通り、秘密を胸に秘め、あのフリル付きの勝負服に身を包んで駅へと向かった。
(よし…今日、わたしは人生二度目の『初・水族館』を演じきってみせる!)
デジャヴだらけの光景を前に、わたしの「演技力」が今、試されようとしていた。
2週連続で同じ服で同じ場所へ。
どんな罰ゲームなんだよ、という雰囲気ですが……
どんな波乱が起こるのか?




