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美嘉危機一髪!!

 怖いし、痛い! わたしの腕の骨はもう風前の灯火だ。


 そんな絶望的な状況で、空気を読まない(読めない)実妹がさらに爆弾を投下した。


 「お姉はほんとモテるね〜!」

 (おい! バカ美嘉! それ以上言うな、口を慎め!!)


 「……美嘉ちゃん。お姉ちゃんが『モテる』って、どういうことかな?」


 鏡子ちゃんの首が、ゆっくりと美嘉の方へ向く。


 わたしからは彼女の表情は見えない。

 けれど、対面にいた美嘉の顔が、みるみるうちに「この世の終わり」を見たような絶望に染まっていくのがわかった。


 (鏡子ちゃん、やめてあげて! バカでも一応、世界に一人だけのわたしの妹なんだから!)


 「ねえ、美嘉ちゃん……?」


 「う、うわ……」


 その、低くて甘ったるい、でも芯まで凍りつくような猫なで声。


 美嘉はガタガタと震えだし、今にもその場に膝から崩れ落ちそうだ。昨日、玄関で土下座した時よりも明らかに怯えている。


 「美嘉! わたしが『鏡子ちゃんに』モテるって、そう言いたいんでしょ!? ねっ!?」


 わたしは必死に、顔面が筋肉痛になりそうな勢いでウインクを飛ばす。

 お願い、察して、わたしのポンコツ妹!


 「そ、そ、そ、そうでふ……! おねえひゃんは、きょうこひゃんにモテひぇるなって言ったんでふ……!」

 もはや、ろれつが回っていない。


 あ〜……あんなに強気だった美嘉が、ついには泣き出しちゃったよ! 鏡子ちゃんの「ヤンデレ・プレッシャー」の破壊力、マジで洒落にならないんですけど!


 「鏡子ちゃん、ほら、美嘉はわたしが、鏡子ちゃんにモテてると言ってくれたんだよ。ね?」


 わたしは妹への助け舟を出しつつ、自分への殺気も逸らす。まさに一石二鳥の決死のフォロー!


 「……ふふ、そうだったんだ。ごめんね、美嘉ちゃん。わたし、サキちゃんのことになると、つい真剣になっちゃうから」


 鏡子ちゃんの瞳に光が戻り、腕の万力がフッと緩んだ。


 助かった……。とりあえず、わたしの腕の骨と美嘉の命は繋がったみたいだ。


 「……あ、あの……。絵麻先輩、わたし……お腹痛いんで、今日の練習、中止でいいですか……?」


 涙目になった美嘉が、震える声で絵麻先輩に縋り付いている。


 「と、とりあえず美嘉、トイレ行こう! ちょっとチビっちゃったでしょ?」


 わたしのフォローになっていないフォローへのツッコミもできないほど、美嘉は完全に魂が抜けていた。


 震える妹の肩を貸し、命からがらトイレへと逃げ込んだ。


 「美嘉! あんたバカか! 昨日の優花里さんのこと、もし一言でも漏らしてたら、わたしたち姉妹ともども今頃三途の川を渡ってるんだよ! マジで死んじゃうんだよ!」


 「う、うん……お姉……怖かった……。わたし、本当に殺されるかと思った……。鏡子ちゃんがあんなに怖い人だなんて……ひっく……思わなかったよ……ぐすっ……」


 鼻をすすり、今更ながらに震えが再発している美嘉。


「鏡子ちゃんの恐ろしさが分かればいいんだ。いいか、くれぐれも鏡子ちゃんの前で『優花里』なんて単語は禁句だぞ! 絶対だぞ!」


 強く、これ以上ないくらい強く念を押した。


「どうする? 練習は? 帰る?」


「う、うん……頑張る……。絵麻先輩、待ってるし……」


「よし! それでこそ美嘉だ。絵麻先輩にしっかり見てもらいな」


 少し落ち着きを取り戻した彼女を連れて、戦場……もとい、席へと戻る。


 美嘉はもう鏡子ちゃんに一歩も近づこうとせず、絵麻先輩の陰に隠れるようにして座った。


 (親同士も知り合いなのに、鏡子ちゃんってなぜかわたしのことになると見境がなくなるんだよな……)


 ふと見ると、茜がずっと寂しそうにポテトの端っこを齧っている。


(鏡子ちゃんも、茜にもっと構ってあげたらいいのに。三人とも大切な友達なんだから……)


 そう思って、わたしは鏡子ちゃんの反対側に座る茜の背中をポンポンと叩いた。


「茜ちゃん、ごめんね。試験明けでみんなちょっとテンションおかしくなっちゃって。また明日から、三人で楽しく過ごそうね」


 「……うん、サキちゃん。ありがとう」


 茜がようやく少しだけ微笑んでくれた。



 絵麻先輩は、震える美嘉の頭をポンと叩いて立ち上がる。


 「さて、美嘉ちゃん。そろそろ練習に行こうか〜後藤さんも、サキちゃんも、今日はありがとう。楽しかったよ〜」


 絵麻先輩のあの爽やかな笑顔は、さっきのドロドロした空気を一瞬で浄化する力がある。本当に、どこまでもイケメンな人だ。ギャルっぽいのに。


 「は、はい…ありがとうございました、お姉、鏡子ちゃん……」


 美嘉は鏡子ちゃんと目を合わさないようにしながら、逃げるように絵麻先輩の後に続いた。


 それを見送って、ようやく私たちのテーブルには平和な(?)三人の時間が戻ってきた。


 「サキちゃん、ポテト冷めちゃったね。新しいの買ってくる?」


「ううん、大丈夫だよ鏡子ちゃん。これでもう十分お腹いっぱい」


 鏡子ちゃんはいつもの「大好きな親友」の顔に戻っていたけれど、わたしの左腕にはまだ、さっきの万力のあとのような鈍い痛みが残っている。


 「……ねえ、サキちゃん。明日の放課後なんだけど」


 鏡子ちゃんが、少し上目遣いでわたしを見た。


「テストも終わったし、二人でどこか遊びに行かない? 茜ちゃんは部活が再開しちゃうでしょ?」


「あ……」


 隣で茜が「あうぅ」と小さく声を漏らす。


 そうだった。テスト期間が終われば、運動部の茜はまた忙しくなる。


 (鏡子ちゃんと二人きり……。嬉しい反面、さっきみたいなことがあった後だと、なんだかちょっと緊張するな……)


 でも、ここで断ったらまた「光のない目」が戻ってきそうで怖い。


 わたしは精一杯の笑顔を作って頷いた。


 「うん、いいよ! どこに行こうか?」


 「……ふふ、決まり。楽しみだね、サキちゃん」


 鏡子ちゃんは私の肩にコロンと頭を乗せて、満足そうに目を細めた。

 優花里さんとの秘密、鏡子ちゃんの独占欲、そして絵麻先輩の登場。

 わたしの「いちアニオタ」としての平穏な日々は、どうやら完全にどこかへ行ってしまったらしい。


 次の日の朝。テストも終わった今日から、また風紀委員が校門前に居並ぶ日々が始まる。……これから毎朝、わたしの左腕の骨は無事でいられるんだろうか?


 起きて一階に降りると、そこには当然のように「カフェ美山」でくつろぐ鏡子ちゃんの姿があった。


「……もう日常風景だよ、これ」


 美嘉はというと、昨日の恐怖がトラウマになったのか、鏡子ちゃんと顔を合わせるのを避けて早々に家を出たらしい。家族ぐるみの付き合いもあるのに、これからどうするんだ、あいつ。


 「あっ、サキちゃん、おはよう!」


 昨日の惨劇を微塵も感じさせない、ひたすら純粋で綺麗な笑顔。


(……やっぱり怖い。怖すぎるよ)


「おはよう、鏡子ちゃん」


「うん。……美嘉ちゃんは?」


「あ、朝練行ったってさ」


 いやいやいや! 昨日の今日で鏡子ちゃんにニコニコ会えるわけないじゃん! 美嘉のメンタルをどれだけ鋼鉄だと思ってるの! 今のあいつは、指で突いただけで崩れる「超やわらか豆腐メンタル」だよ!


 心の中で全力のツッコミを入れつつ、姉として必死にフォローを入れる。


 「そうなんだ。残念、会いたかったな」


(会ってどうするの!? まさか優花里さんのこと聞き出そうなんて思ってないよね? 家に来たのはバレてないはず……監視カメラは、この部屋には無し! よし、確認!)


 食事を済ませ、いざ恐怖の校門へ。


 当然のように鏡子ちゃんの腕が蛇のように絡みついてくる。この後、骨が折れないことを祈るしかない。朝練のある茜は一足先に学校へ行っているので、今は二人きりだ。


 駅を降りて校門へ。……いましたよ、伊藤優花里様が。


 でも、おかしい。まだ優花里さんと目が合ってもいないのに、腕への圧力がどんどん強くなってきているんですけど!

 一応、コアラっ子さんには「試験中以外も、学校では慎重に」と念を押してある。大丈夫だとは思うけれど……。


「おはようございます」


「……おはよう、サ……美山さん」


 ギャッ! また締め付けが……!


「ど、どうしたの? 鏡子ちゃん……?」


 鏡子ちゃんは前を見据えたまま、地を這うような低い声で呟いた。


「……あいつ、今サキの下の名前を呼ぼうとしやがった……。なんでだよ……ふざけるなよ……」


「あ、あのぅ、鏡子ちゃん? キャラ崩壊してませんか……? 美少女のセリフじゃないよ、それ!」


「……え?」


「ほ、ほら! 久しぶりだから、私の苗字を忘れちゃってただけじゃないかな! そういうことだよ、多分!」


 必死の弁明に、鏡子ちゃんは少しだけ視線を泳がせた。


「……そうなのかな? 」

「……うん、きっとそうだよ! 多分!」


 ようやく納得してくれたのか、一瞬で「綺麗で優しい鏡子ちゃん」にスイッチが切り替わる。


(……やっぱりあなた、人格二つ持ってない!?)



鏡子ちゃんのヤンデレ度がますます上昇中です。

当初はお胸の大きい可愛いキャラだったんですが(笑)

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