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うぉぉ〜!デートだぜ!!

 テストが終わって久しぶりの授業。


 早速テストの結果が返ってきたのだけれど……。


 「うそ……」


 答案用紙をめくる手が震える。ほぼ全教科、予想を大幅に上回っていた。

 しかも、あんなに苦手だった数学や現国まで含めて、全教科80点以上!恐るべし、二人の教育力……!


 わたしは授業中、机の下で細心の注意を払いながら、コアラっ子さん(優花里さん)にお礼のRINEを送ることにした。

 実はこの前、こっそりアドレスを交換していたのだ。


(休み時間は「蛇」に絡みつかれているから、実質ここしか自由な時間がない!)


 送信ボタンを押すと、相変わらず既読がつくのが爆速だった。というか即レス。


 『サキ様のお役に立てて嬉しいです』


 様呼び…みっきん垢のDMと変わらないな、と思っていると、さらに通知が。


 『もし良かったら、また来月サキ様のご自宅にお邪魔してもよろしいでしょうか?』


 「……早っ!!」


 思わず声が出そうになった。この前の土曜日、つい三日前に来たばかりじゃない!


 優花里さん、凛とした完璧超人に見えて、やっぱり距離感のバグり方が尋常じゃない。

 まあ、憧れの彼女がまた家に来てくれるのは普通に嬉しいからいいんだけど……


 でもまたほっぺたに……などと考えながらスマホを握りしめ、つい俯いてニヤニヤしてしまったその時。


 パコーン!


 「痛っ!!」


 乾いた音とともに、頭に衝撃が走った。見上げると、そこには出席簿を丸めた紗友里先生が、般若のような笑顔で立っていた。


 「美山さーん。テストの結果が良かったからって、授業中にスマホでニヤニヤするのは感心しませんねぇ?」


 「げっ、さ、紗友里先生……!」


 教室中にクスクスという笑い声が広がる。そして、斜め前の席から。


 ……鏡子ちゃんの、あの冷たく鋭い視線が突き刺さるのを感じて、わたしは全身の毛穴が収縮するような感覚に陥った。


 「サキちゃん、誰と…何を…そんなに楽しそうに話してたの?」


 この授業が一生終わらないでくれと思った。


ーーー


 案の定、チャイムが鳴った瞬間に「蛇」がやって来た。 いつも以上の密着度で腕を絡ませながら、鏡子ちゃんが耳元で低く囁く。


「……ねえ、サキちゃん。さっき、誰と連絡してたの?」


「い、いや! 違うんだよ! お笑いの動画をこっそり見てて、思わず笑っちゃったんだよ! わかるでしょ、この…芸人さんの絶妙な間とかさ!ほら?」


 と、授業の終わりかけに必死で探した、誰かわからない芸人の動画を見せた。


 必死に言葉を重ねるが、自分で言いながら「休み時間に見ればいいじゃん」という正論が脳内を駆け巡る。でも、それは言えない。休み時間は、鏡子ちゃんや茜と話すための大事な時間だから……ということにしないと、私の腕が物理的に終わる!


「でもサキちゃん。紗友里先生も言ってたけど、テストが良かったからってそういうことやってると、すぐに成績落ちちゃうよ?」


「……はい、すみません。反省してます……」


 しゅん、と項垂れるわたしを見て満足したのか、鏡子ちゃんは急にパッと表情を輝かせた。


「あ、そうそう! 今日、放課後にエオン(近くのショッピングセンター)に行こうよ!」


「エオン?」


「うん! サキちゃんと服とか靴とか、一緒にお互いを選びっこしたいんだ!デートしよ!」


「デートか…」


 そこには、独占欲の欠片も感じさせない、純真無垢な「天使の笑顔」の鏡子ちゃんがいた。


 ……あぁ、もう。本当にこの性格の時だけだったら、最高に可愛くて最高の親友なのになぁ。


「わかった、行こう! 楽しみだね」


「本当!? やったぁ、楽しみ…ふふ、サキちゃんに似合う服、わたしがたくさん選んであげるね!」


 鏡子ちゃんは嬉しそうにわたしの肩に顔を寄せた。

 優花里さんとの「来月訪問予約」のRINEをスマホの奥底に封印し、わたしは放課後の「デート」に向けて、とりあえず心の安全装置をセットした。


 けれど、鏡子ちゃんの「服を選んであげる」という言葉の裏に、どこか着せ替え人形を愛でるような執着が見え隠れしたのは、気のせいだろうか?


 放課後、部活へ行く茜と別れ、鏡子ちゃんと二人で学校の近くの「エオン」のショッピングセンターへやってきた。ここは県内でも最大級の広さを誇るショッピングモールだ。


 ここでも「蛇」に絡みつかれながら(もう心の中で鏡子ちゃんを蛇呼ばわりしてるわたしって……)、わたしたちはいくつもの店を回った。


 そして、とある一軒のセレクトショップに入った時、鏡子ちゃんが目を輝かせて一着の服を手に取った。


「サキちゃん、こういう服が絶対似合うよ!!」


 それは、フリルやレースがあしらわれた、エラく可愛い感じのブラウスだった。


「いや〜、こんな可愛いのわたしには似合わないよ。わたしってば中身が可愛くないアニオタだし……」


「えー? サキちゃんってば、何言ってるの? サキちゃんはすごく可愛いよ! 」


「それってもしかして……『主人公補正』入ってる?」


「ん? 主人公?? 」


「……いや、なんでもないよ。きっと『友達補正』が入ってるんじゃないかなぁって」


 鏡子ちゃんと比べると、わたしなんか月とスッポンどころか、ベテルギウスとミジンコくらいの差がある。


「そんなことないよ〜! クラスのみんなだって、サキちゃんと鏡子ちゃんはお似合いのカップルだね! って言ってくれてるよ?」


(…それ、鏡子ちゃんが怖くて、否定したら瞳のハイライトを消されるから言わされてるだけじゃないかな!?)


「そんなことないよ、わたしなんか……」


「サキちゃん! 自分を卑下しないで!」


 鏡子ちゃんがわたしの肩を掴んで、真剣な表情で顔を近づけてきた。


「サキちゃんは可愛いの! 性格も、もちろんだけど、見た目だって可愛いの! だから、わたしはサキちゃんのことが大好きなの!」


(デジャヴ……なんか似たような熱烈な肯定を、少し前に誰かさんに言われた気がする…)


「そ、そうなの……?」


「そうだよ!」


「本当に……?」


「本当だよ!」


 そうなのかな……? これまで自分の容姿なんて意識したことがなかったし、服装だって適当だった。


 いつも優花里さんと歩けば、みんなが優花里さんだけを見ていると思っていたし、鏡子ちゃんと歩けば、みんなが鏡子ちゃんだけを見ていると思っていた。


 この二人と一緒なら、どんな子だって引き立て役になるのは当然だと思っていたから。


「でも、ありがとう。鏡子ちゃんにそう言ってもらえると、ちょっとは自信が持てるようになったかな」


 少しだけ前向きに、自分に自信を持たないとね。


「そうだよ、サキちゃん! ということで…はい、この服試着してみて!」


 結局、その後5着ほど次々に試着室へ押し込まれ、「着せ替え人形」状態に。

 でも、鏡子ちゃんがあまりに熱心に勧めてくれるので、その中から一番私に似合うと言ってくれた一着を思い切って買っちゃいました!



 鏡子ちゃんと別れて家に帰り、自分の部屋で早速買ったばかりの服を着てみた。 鏡の前でくるりと回ってみるけれど……


「うーん……これって、本当に似合ってるのかな。鏡子ちゃんはあんなに絶賛してくれたけど」


 自分では見慣れないフリルや色使いに、どうにも落ち着かない。

 こういう時、客観的(?)な意見をくれるのは、やっぱりあの人だ。 わたしはおそるおそる自撮りをして、「コアラっ子」こと優花里さんに送信してみた。


 案の定、スマホが震える。通知の速度がもう、わたしの心拍数を超えている。


『サキ様、尊い! 尊すぎます!! この写真、私のスマホの待ち受けにしてもよろしいでしょうか!?』


「ダメだよ!!」

思わずスマホにツッコミを入れてしまった。


恥ずかしすぎるし、万が一、学校で鏡子ちゃんにそんな待ち受けを見つかったら、わたしのスマホどころか優花里さんのスマホまで物理的にへし折られちゃうよ!


『恥ずかしいので勘弁してください』と返信。


『どうしてですか? あまりに似合っているので、もう鼻血が出そうです』


 ……なんだか最近、こういうやり取りをしていると、優花里さんのオタク化がどんどん加速している気がする。

 凛とした風紀委員長のはずなのに、中身はもはやトップクラスの重度な「サキ推し」だ。多分、日本一、いや世界一美人のオタクなんじゃないだろうか。


『ありがとうございます。そう言ってもらえると嬉しいです』


 ひとまずそう返すと、すぐに次のメッセージが。


『もしよかったら、今度その服を着て、私とどこかへ出かけませんか?』


「えっ、いいの…?」


 お出かけ…デート? 優花里さんとお出かけなんて、一体どこに行けばいいんだろう。

 アニオタの私だと秋葉原か池袋くらいしか思いつかないけれど、優花里さんの隣に並ぶなら、パリとかミラノとか、そういうオシャレな外国の街角じゃないと釣り合わない気がする。


「あ〜、でも、うちにもまた来たいって言ってたし、なんだか急に忙しくなってきたな」


 カレンダーを見ると、もう6月。期末試験が終われば夏休みも近い。

 優花里さんみたいな家柄だと、やっぱり夏休みはハワイの別荘で過ごしたりするんだろうか。


(もし……もしもだよ、夏休みに、それぞれ二人でどこかに行くことになったら……わたしの左腕、9月まで無事なのかな…?)


 期待と、それ以上の生命の危機を感じながら、わたしはベッドに倒れ込んだ。



 その後、スマホの画面に優花里さんから具体的な提案が届いた。


『もしよろしければ、来週の土曜日に水族館へ行きませんか?』


 水族館…。最後に行ったのは、中学の遠足だったっけ。

  ショッピングセンターで服を選んでくれた鏡子ちゃんと対照的に、水族館を選ぶあたり、どこまでも真面目で気品のある優花里さんらしい気がする。


  (もしかして次は動物園だったりして。…コアラだけに、なんてね)


 ふふ、と一人で笑ってしまう。けれど、優花里さんと会うのを「嬉しい」と感じている自分に気づいた瞬間、急に顔が熱くなった。


「…あ」


 無意識に、右の手のひらで自分の頬に触れてしまう。 あの日、優花里さんが私の家にきて、不意打ちで触れたあの唇の感触。

 柔らかくて、温かくて、それでいて少し切なかったあの感覚が、今でも鮮明に蘇ってくる。


(まだ、あの感触……残ってるよ。きっとこれからも、ずっと残るんだろうな)


 鏡子ちゃんとの友情も大切。でも、優花里さんと向き合う時に感じる。

 この胸が締め付けられるような「ドキドキ」も、嘘偽りのない今の私の気持ちだ。

 ほんのちょっぴりと、あの時以上の何かを期待してしまっている自分がいることに、わたしは気づかないふりをすることができなかった。


「優花里さんと、水族館でデート、か……」


 楽しみだな。 そう呟いて、わたしは買ったばかりの服をもう一度鏡に映した。来週の土曜日、この服を着て彼女の隣を歩く自分を想像しながら。


 けれど、その約束が「鏡子ちゃんにバレた時」のシミュレーションだけは……

 

 今はまだ考えないでおくことにした。

 ややこしい問題は先送りという事で……てへ。



鏡子ちゃんと優花里さんとの間で優柔不断に揺れ動くサキ。

このあと悲劇が待っていることも知らずに……

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