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美嘉〜!!

「ところでサキ、さっきからスマホが光っているけれど?」


 優花里さんの言葉にハッとして、部屋の隅に置いていたスマホを手に取る。

 勉強に集中するために離していたのが仇となった。画面を見た瞬間、血の気が引いた。


「……うわ、何これ」


 RINEの通知が何十通という恐ろしい数で並んでいる。送り主は、もちろん鏡子ちゃんだ。


『サキちゃん勉強捗ってる?』

『どうしたの?』

『既読付かないよ…』

『もしもーし』

『寂しいよー』

『もうちょっとで一段落付くから、帰りに寄るね』


「え……『寄る』!? ちょ、ちょっと待って、これ30分前の連絡だから……」


 ――ピンポーン。


 心臓が跳ね上がった。

 このタイミングでのインターホン。鏡子ちゃんだ、間違いなく鏡子ちゃんだ!


 母さんや美嘉が先に出て「優花里さんが来てるわよ」なんて言おうものなら、それこそ家中が血の海になる!


「わたしが出る! 悪いけど優花里さん、ちょっと待ってて!」


 わたしは階段を転げ落ちるように駆け下り、玄関を開けた。

 門を抜けて玄関先までやってきた鏡子ちゃんが、心配そうに立っている。


「あ〜サキちゃん! どうしたの? 全然既読つかないし〜」


 ぷぅと頬を膨らませる鏡子ちゃん。可愛い……けれど、今はそれどころじゃない。


「ご、ごめん! 勉強に集中するために別の部屋にスマホ置いてたんだ」


「そうだったんだ。勉強してたのにごめんね」


 この一言で、鏡子ちゃんは納得してくれたようで、ホッと胸を撫で下ろした……その時だ。彼女の視線がスッと玄関の三和土たたきに落ちた。


「あれ? サキちゃん、靴買ったの? ほら、あの黒いの」


(あ――ッ! 優花里さんの靴だー!!)


 あまりに高級感漂うローファー。まさか見られるなんて!


「あー……あれね、美嘉のだよ、多分!」


「美嘉ちゃんのにしては、大きくない?」


(なんで美嘉の足のサイズまで把握してるの鏡子ちゃん!?)


「あー、いや! 母さんのかな!?」


「おばさん、こんな若い靴履くんだね?」


「い、いや……! よく見たら私のだ! ほら、ぴったりでしょ!」


 わたしは必死の思いで優花里さんの靴に足を突っ込んだ。ごめんなさい優花里さん、後で磨きます!


「へー、可愛いね。でもこれブランドものだよね。高かったんじゃない?」


「う、うん! めっちゃ高かった! お小遣い全部なくなった!」


 鏡子ちゃんはニッコリ笑って、「サキちゃんオシャレさんだね」と言ってくれた。


 よし……危機回避……!


「じゃあ鏡子ちゃん、また明日ねー!」


「ねえ、サキちゃんがどれだけ勉強進んだか、知りたいな。お部屋、入ってもいい?」


(オーマイゴッド!! これで終わった……!)


 …………


 わたしが絶望の淵に立たされたその時。


「お姉〜! そろそろ家族で出かけるよ〜!」


 背後から美嘉の声が飛んできた。


「へ? そんな予定……あ、あぁ! そうだった! ごめん鏡子ちゃん、これから家族でお出かけなんだ」


「そうなの? 残念〜。じゃあ、帰るね。また明日ね、サキちゃん」


 門の外まで鏡子ちゃんを見送り、玄関に戻ると……そこには不敵な笑みを浮かべた美嘉が立っていた。


「お姉、助かった?」


「うわぁぁぁぁぁ美嘉様! 本当にありがとう!! ありがとう!!助かったよ!命の恩人だよ! ケーキ一個余ってるから食べていいよ! パパの分は無しでいいから!」


「お姉……優花里さんの事、鏡子ちゃんに内緒にしてたの?」


「 言うと血の雨が降るからね」


「……血の雨? どゆこと?」


「いや、でも本当に助かった。お礼にあげる様なものはないけど、リリーのアクスタとか一個あげようか?なんてね」


 すると、美嘉の目がキラリと輝いた。


「フィギュアは……? 鏡の精霊リリーの限定版とか?」


「えっ、そ、それはちょっと……美嘉、アニメ好きだったっけ?」


 これまで全く興味なさそうにしていた妹の反応に、わたしは少しだけ首を傾げた。



 薄氷の勝利?であったが、優花里さんとの楽しい勉強のひとときが終わり、とうとう彼女を送っていく時間になった。

 なんだか名残惜しい。優花里さんが出ていくと、またいつものくすんだ家に戻ってしまう気がする…


 優花里さんも少し寂しそうに、玄関で母に深々と頭を下げた。


「今日はありがとうございました。お食事、大変美味しかったです。無理を言いまして、申し訳ございませんでした」


「いえ! こちらこそ、お構いもできず……」


「いえ、最高のお食事でした。毎日食べていらっしゃる皆様が、本当に羨ましいです」


 お世辞ではなく、本気でそう思っているのが伝わってくるのが優花里さんのすごいところだ。


「それでは失礼いたします」


 優花里さんが外へ出る。わたしは駅まで送るために、彼女の隣に並んだ。


「優花里さん、今日はありがとうございました。勉強、すごく捗りました。これでいい成績が取れる気がします!」


「そうなの? 嬉しいわ。でも、お邪魔じゃなかったかしら?」


「いえいえ、母も妹も喜んでましたから。気にしないでください」


「それは良かったわ」


 安心したように微笑む優花里さん。けれど、すぐにまた顔を赤くして、もじもじし始めた。


「ところで……あの……」


「はい?」


「もし、よかったら……また、お邪魔してもいいかしら?」


「え? うちに? また来てくれるんですか?」


 驚いたけれど、断る理由なんてない。


「大歓迎ですよ! ぜひまた来てくださいね!」


「本当に!? ……嬉しいー!」


そう言った瞬間、優花里さんに勢いよく抱きつかれてしまった。


「ふぇっ!? えええっ!?」


 こんな美人にハグされるなんて! 思わず顔が真っ赤になるのが自分でもわかる。

 顔が、というか全身が火照ってきた。


「あっ! ごめんなさい、つい嬉しくて……」


(ああ〜……これがハグってやつですね。やはり優花里さんは海外経験もあるだろうし、感情表現のスケールが違うな。ドキドキしちゃったよ……)


「いえいえ、びっくりしちゃっただけですから」


 照れ隠しに笑いながら歩く。けれど、どんどん駅が近づいてくる。こうして優花里さんと二人きりで話すのも、今日はお預けかと思うとやっぱり寂しい。


 駅のロータリーが遠くに見えた時、優花里さんが急にキョロキョロと周りを見渡した。


「どうしたんですか?」


 と、聞こうとしたその時だった。


 チュッ、と。


 左のほっぺたに、驚くほど柔らかい感触が触れた。


「へ………………?」


「ここまで送ってくれてありがとう、サキ様」


 優花里さんはいたずらっぽく、でもどこか必死な顔で微笑んだ。


「駅で車を待たせてあるから。それじゃあ!」


 呆然と立ち尽くす私を一人残して、彼女は風のように待たせていた大きな車の中へと消えていった。


「え、えぇぇぇ〜〜っ!?」


 夕暮れの駅前。わたしは自分の頬を押さえたまま、しばらく一歩も動けなかった。


美嘉の機転で救われたサキでした。

優花里さんも徐々に積極的になってきて、次は鏡子ちゃん。

まだまだ何かが起きるかも?

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