お嬢様たちの訪問!?優花里さんの理由
運命の土曜日。
わたしは朝6時に飛び起き、猛烈な勢いで部屋の掃除を開始した。
「朝っぱらからうるさい!」と美嘉が怒鳴り込んできたが、知ったことではない。
これからわたしには最重要な極秘ミッションが控えているのだ。
部屋の片付け、よし! あの超絶美少女の優花里先輩を迎えるのだ。せめて床が見えないような惨状だけは回避しなければならない。
風紀委員長だからそういうところで怒られそうだしね。
「これで優花里先輩の方はOK……次は鏡子ちゃんだ」
9時に鏡子ちゃんが来る。
すぐにコーヒーを出し、飲み終えたら即座に図書館へ送り出す。
その後、駅まで全力疾走して優花里先輩をピックアップする。
秒単位のスケジュールだが、シミュレーションは完璧だ。たぶん。
9時直前、RINEの通知が鳴る。 『9時には着くよ〜!』 猫がお辞儀をしている可愛いスタンプ。これだけ見れば癒やされるのだが、これからの綱渡りを考えると胃がキリキリと痛む。 わたしはすぐに出迎えられるよう、門の前で待機した。
「あ、鏡子ちゃん!」
遠くから手を振って、とろけるような笑顔で鏡子ちゃんが歩いてきた。
私服もガーリーで彼女のキャラにぴったりで、めちゃくちゃ可愛くて似合っている。
「おはよう、サキちゃん、待っていてくれたのー?嬉しいよ!」
学校にいる時みたいに腕が絡みついてくる。
「おはよう鏡子ちゃん! ささ、入って入って!」
「えー? どうしたの?」
「もう鏡子ちゃんを待ちきれなくてコーヒー淹れちゃってるから! 早く飲まないと冷めちゃうから! はい、どうぞー!」
有無を言わさず彼女をリビングへ誘い、椅子に座るなりカップを差し出す。
「どうぞ!」
「あ、ありがとう……。なんか、手際がすごいね」
「いや〜、鏡子ちゃんがわたしを気遣って来てくれるから、嬉し過ぎて気合入れて準備しちゃってたんだよ!」
「そうなの? 嬉しいー! サキちゃんって本当に優しいよね、ありがとう」
天使の笑顔。これってこの後がなければ一日中眺めていたい美景だ。
けれど、時計の針は無情にも進む。
もう9時20分。
「あ、もうこんな時間だー! 図書館、開いちゃうねー(棒)」
「大丈夫だよ、ゆっくり行けばいいから」
「いやいや鏡子ちゃん! 週末、テスト前の図書館の席取りは激戦区だって聞くよ! わたしは鏡子ちゃんに、一番いい席で集中して勉強してもらいたいんだ。ほら、わたしってばこんなに元気だから。また明日、一緒に勉強しようね!楽しみだなー」
「サキちゃん……」
鏡子ちゃんが感動したように目を潤ませる。胸にグサリと罪悪感の矢が刺さる。ごめん、親友…でも我が家での流血の惨事を回避するためなんだ、と心を鬼にするわたし。
「鏡子ちゃん、今日は本当にありがとうね。また明日」
「お姉〜! スマホ通知来てるみたいだよ〜!」
(バ!バカ美嘉!! こういう時に限って気の利いた真似をー!)
「わ、分かったから! 後で確認しておくから!」
「なんか『ちょっと早めに着きそう』だってさ〜」
美嘉の声がリビングから玄関に響き渡る。スマホのロック画面の通知プレビューか! しまった!詰めが甘かった!
「サキちゃん? 誰か来るの?」
「ち、違う違う! 宅配便だよ! 実は、アニメのグッズを頼んでてさ……!」
「試験前なのに?」
「うっ! し、試験後の楽しみにしようと思って! 開封前の箱が家にあると、『これを拝むために頑張るぞ!』って気合が入るからさ…!」
「あー、分かる分かる! そういうのあるよね!」
信じた! さすがオタクの理屈は説得力が違う。
「そうなんだ。じゃあ今日、勉強頑張ってね!」
「うん! 鏡子ちゃんもね! ありがとう!」
鏡子ちゃんが角を曲がり、完全に姿が見えなくなったのを確認。
「よし…! 美嘉、マグカップ片付けといて! 火種を撒きやがって! それくらいで許す姉の寛大さをありがたがれ!」
わたしはサンダルを靴に履き替え、駅へと駆け出した。
これで優花里先輩を無事に招き入れたら、今日のミッションは完遂だ!
……あ、本来の目的は「勉強」だった。
玄関を飛び出し、駅へ向かって全力ダッシュ! あの綺麗な先輩を待たせるわけにはいかない!怒ると怖いしね。
駅に到着すると、なんだか駅前の一角だけが眩い光に包まれている。
光の中心にいるのは、もちろん清楚すぎる優花里さんだ。
少し俯いて恥ずかしそうに立っている姿は、昨日までの「冷徹な風紀委員長」の面影など微塵もなく、はかいりょくは、ばつぐんだ。
(何あのオーラ!? まるでただの駅が、新幹線の駅かと見紛うばかりに綺麗に見える……)
周りの人たちも、まるで絵画を見るように見惚れている。あ、あんなところにわたしが近づいていいんだろうか? オタクで汚れた心のわたしなんかが近寄ったら、聖なる光で浄化されて消えてしまうんじゃ……
「ゆ、優花里先輩……」
恐る恐る声をかけると、俯いていた先輩の表情が、一気に太陽のようにパァッと明るくなった。
この人、こんな顔ができるのに、どうして今まで怖い顔ばかりしてたんだろう?
「みっきん様!」
「あ、あのー、外では垢名は…!」
「あ! ごめんなさいね、サキ様」
「いえ、様付けもやめましょうよ。わたしは後輩なんですから、呼び捨てでいいですよ!」
(…このお願いがこの後、とんでもない騒動の引き金になるとは、この時のわたしは夢にも思っていなかったんだ)
「え? そんな…」
みるみるうちに顔を真っ赤にする先輩。やめて、その顔は破壊力抜群なんだから!
「さ、サキ……」
「はい! 優花里先輩」
「どうせなら、サキもその…『先輩』っていうのを外してくれないかしら」
「いやいや、目上なんですからそこは付けさせてくださいよ!」
「でも、わたしは無しの方がいいんだけど………」
もじもじする先輩。…何この生き物!綺麗なのに可愛くて、もうキュン死しそう。
「ゆ、優花里…………さん。……く〜っ!やっぱり無理です〜! せめて『さん』付けで許してください!」
「そうなの…?」
シュンとしてしまう優花里さん。うーん、でもここに立っていると誰に見られるか分からない。美しすぎて目立ちすぎるからだ。
「優花里…さん、とりあえずわたしの家に行きましょう」
「そうね! よろしくね、サキ!」
(あ〜……尊い……)
二人の間に流れる空気に、駅の利用客たちがどよめいているのも構わず、わたしたちは並んで歩き始めた。
「優花里さん、わたしの家を見ても驚かないでくださいね」
「サキの家、そんなにすごいの?」
「あ、い、いえ、優花里さんが思っているのと多分正反対の意味です。すっごく小さいので……」
卑下するわたしに、優花里さんは真っ直ぐな瞳を向けた。
「そんな…わたしはそういうことで人を判断しないわ」
(な、なんでこの人こんな女神様みたいな性格なの? あの怖かった風紀委員長は別人格なの? 二重人格なの!?)
「こ、ここです…」
「ここがサキ様のご自宅…」
「あ、また『様』が付いてますよ」
「ごめんなさい、感激してしまって……」
感激ポイントがさっぱり分からないけれど、上級国民の優花里さんからしたら、うちみたいな一般的な住宅は未知の領域なのかもしれないな。
「そ、それではここが玄関です。優花里さんのご自宅の勝手口くらいしかないですが……」
「サキ! またそうやって自分を卑下するのは良くないわよ。生活は人それぞれだし、幸せも人それぞれなのよ」
ああ、女神様…。怖いなんて思っていて本当に申し訳ございませんでした。感激で涙が出そう。
「ささ、どうぞ!」
扉を開けた瞬間、Tシャツに短パン姿の美嘉と鉢合わせた。
「あ、お姉のお客さ……」
(げっ、美嘉! Tシャツ短パンじゃん!)
優花里さんは、一瞬で「風紀委員長」ではなく「名家の令嬢」のモードに切り替わった。
「おはようございます。サキ様の妹御様ですか? わたくしは伊藤優花里と申します。お姉様とはご学友でございます。以後お見知りおきを」
流れるような優雅な挨拶。…おい、妹よ。固まるな。
すると、次の瞬間。
「は、はい! わたくしはサキの妹の美嘉でございます!」
いきなり玄関で土下座をかます美嘉。
「美嘉さんですか、よいお名前ですわね」
「はい! ありがたき幸せ!」
(江戸時代かよ…まあ、圧倒される気持ちは分かるけどさ)
そこへ母さんも出てきたが、あまりのオーラの差に目を見張って棒立ち。土下座の妹と、石化した母。ある意味大惨事の玄関で、わたしは慌てて優花里さんを招き入れた。
「あの、これつまらないものですが……」
優花里さんが差し出した紙袋を見て、わたしの目も飛び出そうになった。
「こ、これって『パティスリー・アン』のケーキじゃん! テレビで見たことある!いつも行列で滅多に手に入らない高級なやつ!」
「お口に合うと嬉しいのですが……」
「合う合う! 絶対お口に合うよ!」
勉強を教えてもらえる上に超レアなケーキまで。何この好待遇。
わたしは固まっている二人を放置して、狭い階段を上がり自分の部屋へ案内した。
「ささ、ここがわたしの部屋です。狭くてごめんなさい」
「まあ、ここが、みっきん様のお部屋なのね!」
優花里さんはまたしても瞳を輝かせて感激している。
「ここのモニターでみっきん様がリリーを見られて、このパソコンから『みっきん垢』が生まれているんですね! 感激です、みっきん様…」と夢見る乙女の表情。
(そこが感激ポイントなんだ…。本当にみっきん大好きなんだな、この人)
今朝持ってきた客用の座布団に座ってもらい、ようやく落ち着いたところで扉がノックされた。
「ねえ、お姉さん」
今まで一度もノックなんてしたことない美嘉が、しおらしく顔を出した。呼び名まで変わってやがる。さん付けってなんだよ!初めて聞いたぞ。しかも服装までよそ行きだし。
「これ、コーヒーどうぞって。それとお母さんが、お昼にお寿司取ろうか?って」
(一体どうなってるの我が家。寿司なんてスシボーか、ほら寿司のしか食べたことないのに…!)
「あ、のお……優花里さん、お昼はお寿司でいいですか?」
「そんな、お構いなく。あの……もしよろしかったら、サキ様のお母様の料理を食べたいな、と。すみません、無理を言ってしまって!」
その言葉を伝えると、美嘉が「分かった」と階段を駆け下りていった。一階が急に慌ただしくなる。母さん、今から買い物かな。父さんが休日出勤で本当に良かった。いたらもっとパニックになっていただろうから。
「さあ、優花里さん。優しく勉強お願いします」
「もちろん。みっきん様にしっかりと教えて差し上げますね」
ニコッと天使の微笑みを向けてくれる優花里さん。
……うわあ、こんな美人が目の前にいて、勉強が手につくかな、わたし。
さすが全国模試トップクラスの優花里さんだ。理解力が深いのはもちろん、教え方が驚くほど上手い。
「これから毎日教えてもらったら、東大だって行けちゃうかも……」
なんて本気で思うくらい、勉強内容がスムーズに頭に入っていく。
「優花里さん、ありがとうございます。すごく分かりやすいです!」
「そうなの? ありがとう、サキ。今まで人に教えたことなんてなかったから、少し心配だったけれど……」
「えっ! そうなんですか?」
意外だった。彼女の周りにはいつも人が集まっている印象があったから。
「わたし、人見知りで人付き合いが苦手なの」
(あーなるほど。最初のわたしへの塩対応を考えたら、そこは何となく察しがつくかもな……)
「だから、友人の家で一緒に勉強し合うのが、実はずっと夢だったのよ」
「へぇ……本当に人それぞれなんだなぁ」
さっき優花里さんが言っていた「幸せは人それぞれ」という言葉の意味が、少し分かった気がした。優花里さんが持っていないものをわたしが持っていて、わたしの持っていないものを優花里さんは持っている。 わたしたちが幸せに感じることや、普段見えている景色も彼女とわたしではきっと全く違うんだろうな。
いつの間にか、時計の針はお昼を指していた。一人で勉強していたら、こんなに早く時間は過ぎなかっただろう。しかも、しっかり知識が脳に残っている。
そこへ、史上2回目となる美嘉のノック。
「お姉様、お昼をどうなされるかとお母様が……」
(敬称のグレードがさらに上がってやがる!)
「ゆ、優花里さん、お昼ができたそうです。ここに持ってきてもらいますか?」
すると、優花里さんはもじもじしながら、上目遣いで私を見た。
「……もし、もしよかったら、いつもサキ様が食べている場所で、いただいてもいいかしら?」
(くぅー、尊い…)
「妹よ! 母さんに伝えろ!」
「了解いたしましたわ!」
また一階がバタバタと騒がしくなる。今頃必死に片付けているんだろうな。
しばらくして、「お姉様、準備が整いましたことよ」という、聞いたこともないような美嘉の語尾に導かれ、わたしたちはリビングへ降りた。
テーブルの上には、誰の誕生日か?!と思うほどの豪華な食事が並んでいた。優花里さんは「普段の食事」を期待していたみたいだけど、こればかりは母さんの意地なんだろう。
優花里さんに上座に座ってもらい、「いただきます」と手を合わせる。
優花里さんは、どの料理を口に運んでも感激している様子だった。
「これがサキ様がいつも食されているお食事……!」
(いや、いつもはこんな豪華じゃないんですけどね!それと様呼びやめて!)
しかし、さすがは名家のお嬢様。礼儀作法も箸使いも、所作のすべてが完璧だ。見ているだけで心が洗われるような心地よさ。
「い、いかがですか? うちの料理は…?」
母さんがおずおずと尋ねると、優花里さんは満面の笑みを浮かべた。
「感激しました! どれもこれも美味しくて…毎日こんなに素晴らしいお食事をされているサキ様が、羨ましいです!」
(またー!家族の前で『様』呼びはやめて〜! 母さんがさらに感激しちゃってるから!)
母さんは鼻高々だし、美嘉も今日はおとなしく上品に振舞っている。
いつもの食卓に一人が加わるだけで、こんなにも空気が変わるものなんだな。
こんなに綺麗な人がわたしの家にいて、子供のようにはしゃぎながら「美味しい、美味しい」と食べている。最初は本当に怖い人だと思っていたけれど、こんなに無邪気な面があるんだな…。
なんだかほっこりしてしまい、わたしは思わず優花里さんの顔をじっと見つめていた。
「どうしたの、サキ様?」
だから! 『様』はここでは本当にやめてくださいってば!
お昼を食べ終わって、午後の勉強再開。普段ならお腹いっぱいで眠くなるところだけど、今日はそんなことにはならない。
(今回の試験……もしかして鏡子ちゃんを抜いてトップ取っちゃうかも?)
なんて調子に乗った考えが頭をよぎり、はたと気づく。鏡子ちゃん……。
今頃一人で、いつものように図書室で勉強を頑張っているんだろうな。一緒にこうやって、三人で勉強ができたらどれだけ楽しかっただろうか。
(……なぜか犬猿の仲のこの二人には、絶対に無理だろうけど)
なんでわたしを挟んであんなに仲が悪いの? わたしが悪いのかな?
「モテ期」なんて一瞬浮かれたけれど、客観的に見て、このキラキラした二人にわたしなんて釣り合わないしな…三人友達っていうことで仲良くなれないのかな…?
勉強の合間、差し入れのパティスリー・アンのケーキに感激しながら、淹れたてのコーヒーを飲む。
ふと気になっていたことを聞いてみることにした。
「…ところで優花里さん。どうしてそこまでわたしを『様』付けで呼んだり、探してくれたりしたんですか?」
優花里さんはカップを置き、遠くを見るような目で、かつての記憶を語り始めてくれた。
「……あれはわたしが中学3年生の時。塾を出て、迎えの車が止まっている駐車場へ歩いている時に、あなたとぶつかったの」
優花里さんの声は穏やかだった。
「その時、あなたは持っていたバッグをひっくり返して、リリーのグッズを歩道に広げてしまったわね。私も一緒に拾ったけれど……その時にキャラクターが可愛いと思って、あなたに聞いたら、『魔法乙女リリー』だって教えてくれた」
「それまで勉強ばかりで、アニメなんて見たことがなかった。けれど、あなたに教えてもらって見てみたら…こんなに面白いものがあったのかって、初めて知ったの。それまで勉強ばかりで灰色だった私の人生に、綺麗な色が着いた瞬間だったの」
優花里さんは、愛おしそうにわたしを見つめた。
「わたしの人生に彩りを与えてくれたのは、あなたなのよ。…それからリリーを追いかけるうちに『みっきん垢』を見つけたの」
「え? でも、みっきん垢からどうして私に……?」
「あなた、時々アニメ以外に小物や髪型、学校の話題も出しているでしょう? そこで同じ学校だと確信したわ。髪型や持ち物を辿って…あの日ぶつかった時の記憶と照らし合わせて、あなたを見つけたのよ」
優花里さんの声が少し震える。
「『みっきん様』があなただと知って、本当に感激したわ…でも、わたしは人見知りだし人付き合いも下手だから…ああやって厳しく声をかけることでしか、話すきっかけを掴めなかったの」
驚きだった。確かにリリーのイベント帰りに、ものすごい美人とぶつかったことがあった。あの時はイベントの興奮冷めやらぬ状態で、聞かれるがままリリーの魅力を語りまくった気がする。
あの美人が、優花里さんだったんだ。
「でも確かあの時は、眼鏡だったし髪型も……」
「中学は校則が厳しくてショートボブだったし、眼鏡は高校からコンタクトにしたから」
わたしは目を見開き、開いた口が塞がらなかった。
リリーをきっかけに、こんなにも一生懸命、わたしを探してくれてたんだ。
そう思ったら、なんだか鼻の奥がツンとしてしまった。
ずっと怖い人だと思ってたけど、こんなにわたしのことを大切に思ってくれていたなんて。
「……ありがとうございます。すごく、嬉しいです、優花里さん」
夕方の光が差し込む部屋で、わたしは初めて、心からの笑顔を優花里さんに向けた。
今回は長めでの話を切らずに1話にしてみました。
これぐらいの長さはいかがでしょうか?
長い!と思ったら教えてもらえれば幸いです。




