人のことはいえないけど!!
鏡子ちゃんにくっ付かれ、背景パネルにグレーの絵具を乗せながら、わたしの思考はまたしても「王子様」へと引き戻されていた。
(……でも、さっきの優花里さんと鈴木先輩、本当に似合ってたな。……わたしなんかよりも、ずっと……)
いやいや! わたしは何を弱気になっているんだ。
ブルブルと激しく首を左右に振って、邪念を追い出す。
優花里さんは、わたしのことを、恋人だと言ってくれた。
だから、たとえ見た目の釣り合いが取れていなくても、わたしが彼女の隣にいる権利があるはずなんだ。
心は繋がってる、はずだから。
……でも、やっぱり胸の奥がモヤモヤする。
普段、鏡子ちゃんや優魅ちゃんのことで、優花里さんに散々心配と迷惑をかけているわたしが、今更嫉妬なんて、お門違いなのは分かっているけれど……
やがて完全下校時刻を知らせるチャイムが鳴り、わたしは相変わらず腕に絡みついてくる鏡子ちゃんと共に、昇降口へと向かった。
「サキちゃん、明日も一緒に、文化祭の準備頑張ろうね!」
「うん、そうだね……あ」
ふと、校舎を繋ぐ渡り廊下に目を向けたわたしの心臓が、ドクンと跳ねた。
夕闇が迫る渡り廊下。
そこには、まだ劇の余韻を残したような優花里さんと鈴木先輩が二人きりで立っていた。
なんだか深刻そうだが、親密そうに話している。
遠目に見ても、ため息が出るほど絵になる二人。
ぼーっとその光景を眺めていた、その時だった。
優花里さんが、そっと鈴木先輩の頬に両手で触れた。
そして、そのまま二人の顔が吸い寄せられるように近づいていく。
「えっ……!?」
思わず声が漏れる。
(あ、あ〜! でも、あれって劇の練習だよね!? 少女漫画とかラブコメで、曲がり角でぶつかるのと同じくらいよくある『勘違いシーン』ってやつだよね!?)
必死に自分に言い聞かせる。
優花里さんはわたしと違って優柔不断じゃないし、この数ヶ月で痛いほど分かったけれど、彼女の愛は重くて一途だ。だから、浮気なんて絶対にあり得ない。
分かっている。分かっているけれど……心臓のざわつきが止まらない。
視界の端では、鏡子ちゃんがわたしの異変に気づいたのか、不気味なほど静かに渡り廊下の方を、じっと見据えていた。
(……これ、明日からの練習、見かけても、直視できるかな……)
学園祭本番を前に、わたしの心は、お化け屋敷のセットよりも不気味な不安に包まれてしまった。
その夜。予備校が終わるいつもの時間に、わたしは震える指で優花里さんの番号をタップした。
呼び出し音が二回。
彼女の、少しだけ疲れているけれど心地よい声が鼓膜に届く。
『練習、見に来てくれていたのよね。……ありがとう、サキ』
「あ、でも、ほんの少ししか見られなくて……」
『まあ、後藤さんがいたものね。あの子も、本当に困ったものだけれど……。でも、サキが来てくれようとしただけで、わたしはとても嬉しいわ』
いつもの、わたしを慈しむような穏やかな口調。
けれど、わたしの胸の奥にあるモヤモヤは、その優しさに触れて逆に膨らんでいく。
「あの、優花里さん?」
『なあに、サキ』
「あの劇って……キスシーンとか、あるんですか……?」
喉の奥がヒリつくような思いで、ようやく絞り出した質問。
電話の向こうで、彼女は少しだけ可笑しそうに、けれどきっぱりと答えた。
「なに、それ?流石にないわよ、高校生の文化祭の出し物ですもの」
(……え? じゃあ、あれは練習じゃなかったの?)
混乱が加速する。きっと、コンタクトがズレたとか、目にゴミが入ったとか、そういう「お約束」の理由があるはずだ。
一途な優花里さんが、誰かとそんな……。
「あ、あの……下校時刻に、渡り廊下で鈴木先輩と……」
『――えっ!?』
優花里さんの声が、明らかに動揺して裏返った。
『あ、あれは、な、何でもないのよ! だから、本当に全く気にしないで!』
(なんで、そんなに焦ってるの……?)
「優花里さん?」
『あ、あ、そうそう! そういえば、次回のリリーのストーリー展開なんだけれど!』
唐突に話題を逸らされた。彼女が必死に何かを話し続けているけれど、わたしの耳にはもう、その言葉の半分も入ってこなかった。
(優花里さんが、あんなに狼狽えるなんて。……ただのゴミが目に入っただけなら、普通にそう言えばいいはずだよね?)
心臓が嫌なリズムで跳ねる。
信じたい。信じている。
でも、あの時の彼女の手つき、あの距離感……。
優花里さんの必死な話し声を聞きながら、わたしは真っ暗な自室の天井を見つめていた。
アニオタの脳内シミュレーションでもは、アニメならお約束の勘違いというパターンだ。
でもそれだけなら、焦る必要はないのに……
もちろん、これまでのわたしの行いからは、そんなことは言えた義理ではない。
ただ、わたしの場合、鏡子ちゃんや、優魅ちゃんからのキスは、ほぼ不可抗力だった。
けれど、あの時の優花里さんは自分から進んでだった……
学園祭まであと数日。
わたしたちの恋に、正体不明の暗雲が立ち込め始めていた。
気になるシーンを見てしまったサキ。
初めて感じた気持ちに、心が揺れてしまっています。




