いつもの日常〜?!
次の日。
一階へ降りると、そこには当然のように、コーヒーを飲んで、待ち構える鏡子ちゃんの姿があった。
「あっ、サキちゃん、おはよ〜!」
手をひらひらと振りながら、昨日までの不穏な空気を、微塵も感じさせない満面の笑み。
「おはよ、鏡子ちゃん……」
「ねえ、今週末はどこに行こうか?」
月曜朝の第一声がそれかい! 気が早すぎるよ!
昨日の今日で、もう次の週末の予約を入れようとする、そのスピード感。
こういうところは、勉強で見習いたいな。恋愛ではなくて、勉強でね。
しかし、わたしの「ダラダラアニメを見たい週末」が、音を立てて崩れ去っていくのが見えた。
「あ、そういえばそういう話だったね……。えっと、うーん……エオン、とか?」
「サキちゃん、エオン好きだね〜!」
「まあ、アニメートとか入ってるし……」
アニメショップという安全圏に逃げ込もうとしたわたしに、鏡子ちゃんは追い打ちをかける。
「どうする? うん、じゃあ土曜日はエオンに行こうか! ……で、日曜日は?」
「えっ、日曜?!日曜は……たまには、一日くらい、家でゆっくりしない……?」
「あ、それじゃあ、サキちゃんの家で? わたしの家でもいいよ!」
「いや、そうじゃなくて……たまにはひとりで、家でゆっくりしたいっていうか……」
その瞬間、鏡子ちゃんの瞳から、スーッと光が消えた。
「ひっ!」
さっきまでキラキラしていたはずの目が、底なしの沼のように暗く沈んでいく。
「サキちゃん……伊藤先輩とは、土日一緒だったんだよね?」
立ち上がり、キッチンの方へとふらふらと歩いて行こうとする。
彼女の歩く先には、朝食の支度で、母さんが使っていた包丁が!!
(ひ、ひぃ〜! や、やめて!怖い、怖すぎるよ、鏡子ちゃん!)
「ごめんごめん! 分かったよ! じゃ、じゃあ鏡子ちゃんのお家に、お邪魔しようかな……!」
「本当!? うん、嬉しいよ! 楽しみだな〜、サキちゃん!」
キッチンへの歩みを止め、こちらをくるりと振り返り、パッと花が咲いたように、表情が戻る鏡子ちゃん。その豹変ぶりが、今のわたしには何よりのホラーだ。
「そ、そうだね。あはは……」
そして、また腕を蛇に絡みつかれる登校の日々が始まった。
鏡子ちゃんの腕のホールド感。
先週は「もう終わりだ」と絶望したけれど、今こうして歩いていると、これが今のわたしたちにとっての、一番の「平和」なのかもしれない。いや……普通の人たちと、基準がバグっているのは自覚しているけれど。
校門が近づくにつれ、人だかりの先に凛とした姿が見えてきた。
愛しの優花里さんだ。彼女は「風紀委員長」として、生徒たちに気高く挨拶を交わしている。
(ふふ、あんなに格好いいけど、土日はあのリリー姿で、わたしに縋り付いて泣いてたんだよなぁ……)
ギャップ萌えという言葉では片付けられない破壊力。
思い出し、ニヤけが止まらない。
「おはようございます、伊藤先輩」
「おはよう、美山さん」
「おはようございます」
「おはよう、後藤さん」
鏡子ちゃんは、挨拶の間も、わたしを逃がすまいと腕に力を込めている。
痛くはない。痛くはないんだけれど、物理的な圧迫感以上に、精神的なプレッシャーが凄まじい。
「……美山さん」
「は、はい! な、なんでしょう!」
優花里さんの冷ややかな、けれどどこか探るような視線がわたしを射抜く。
「ニコニコして楽しそうなのだけれど……。なにか、いいことでもあったのかしら?」
「い、いえ、何もありません! 決して、何もありませんとも!!」
わたしの焦りを見透かしたのか、隣の鏡子ちゃんがさらに密着してきた。
「伊藤先輩、サキちゃんは、わたしがしっかりといつも横で見ていますので、何も心配しないでくださいね!」
「そうなのね……。ただ、後藤さんが、横で見ているからこそ、逆に心配なのだけれど……」と、困った表情をする優花里さん。
(あわわわわ……やめて! 朝っぱらから、大砲の火花を散らすのはやめてよ! また戦争が勃発しちゃう!)
空気が冷え切る前にわたしは、二人に告げる。
「す、すみませんでした! 伊藤先輩、また後で! 鏡子ちゃん、行こ、行こっ!」
なおも、優花里さんに食い下がろうとする鏡子ちゃんの背中を押し、半ば強引に校舎へと向かわせる。
ふと、追い立てられるように歩きながら、わたしは後ろを振り返った。
視線が合う。わたしは優花里さんへ、こっそりとウインクを送った。
『大丈夫、わたしの本命はあなたですよ!』
そんなメッセージを込めたつもりだけど、果たして伝わっただろうか。
一瞬だけ見えた優花里さんの頬が、ほんの少しだけ朱に染まったのを見て、わたしは少しだけ安堵して教室へと急いだ。
一触即発の二人。
これでも一度は、歩み寄りをしたはずなんですが。
サキのストレスが、解消する日は来るのでしょうか?




