98: 飛翔
つい、怒りにまかせて魔法を制御するのを忘れた。
地下にいたつもりだったけど、窓のない小屋だったようで、周りには小屋の壁や屋根だった木材が飛び散り、その先にはもう少し大きいちゃんとした民家がある。
「げほっ、げほっ、あなたね……、いくらなんでも、もうちょっと……」
咳き込んだダリア様はナナトと2人して抱き合っている。あんなに黒を毛嫌いしていたのに。
「てめぇ……、やりやがったな……」
吹き飛んだドアの下からのそりと出てきたのは、私を担いだ体格のいい男性。
オンボロ小屋のドアはペラペラで、下敷きになってもたいしたダメージはなさそうだった。
「もうちょっと我慢して付き合ってあげようと思っていたけど、さすがに堪忍袋の緒が切れましたわ」
「なんだと!?」
「私、動物や人をそのように扱うの、大嫌いなの」
向かってこようとする男の足に拘束魔法をかける。つんのめって顔面からコケればいいのに、しっかり腕で受け身を取った。あら、動けるのね。
もう一人がいない。小屋を吹き飛ばす前には、近くにいたはず。
「アオイ!」
声と同時に斜め後ろからの攻撃が緩和されたのが分かった。見れば、もう一人の男が刃物を持ったまま倒れていた。防御魔法で体ごと跳ね返されたようだった。
フワンと包まれる防御魔法の感覚が、本人に抱きしめられているみたいでドキッとする。
「レオ……」
振り返れば、黄緑の瞳が心配そうにこちらに近付いて来る。
「なんだぁ、これは。黒の蝶を捉えた、というから来てみれば、さすがだな」
母屋の勝手口から、また別の男が出てくるなり言った。
新たな男は、それまでの2人より細身で武闘系じゃないとすぐ分かった。セラトでは珍しくない茶色の髪。40代くらいだろうか、特徴のあまりない顔だが、瞳には剣呑な光が見える。服装も貴族のそれに近い。
あっ、この人魔法が使える……、と思った瞬間には広げた手のひらから拘束魔法が放たれた。
近すぎてすぐ反応できないっ……、と思った時にはレオの腕の中にいた。
「そう簡単に渡せるかよ」
私をガッシリと抱えたまま、防御魔法をさらに厚くかけているレオの目線は男をじっと見ていた。
「殿下!」
アランの声と複数の足音。気配でハヤテとリンだとわかる。
「グラナダ令嬢を安全なところへ」
レオは支持を出しながらも、ずっと男を見ている。
「ほう。グーラートの王子か。魔法が強いとは聞いているが、実践経験値はどうかな?」
そう言うなり突如、火炎球という火属性でも上位の攻撃魔法をぶつけてきた。
「防御頼む」
短く言うと、レオも水属性の魔法を放ち相殺する。
「はは!相性悪いな!」
言いながらも男は楽しそうに笑っている。
男がノーモーションで次に狙ったのはナナトだった。
「うわあああ!」
声に振り向くと、ナナトが火だるまになっている。咄嗟にレオの防御魔法の範囲から飛び出した。
「アオイ!」
レオの手から離れて、そんなに得意ではない水魔法の水球をナナトに向かって投げた。
中の下、くらいの出来だったけどナナトに的中して鎮火した。
駆け寄ると服がコゲて、露出していた手や頬は軽くヤケドをしているが、命に別状はなさそうだった。
「大丈夫!?」
「はっ…、はっ…、ありがとう、ございます…」
ダリア様をアランが連れて後退したものの、リンとハヤテはこの子を敵か味方か判断できなかったのだろう。そこを突かれた。
しかもこの男、さっきから詠唱無しで魔法を使っている。
レオも一瞬たりともこの男から目を離さなかったのはそういうことだろう。
突然、後ろから腰に腕が巻き付いた。
「アオイはこちらへ」
顔だけ振り返れば、マルクス様だった。
「どうしてここに…」
言いかけた時、私の足元がフワリと浮いた。
「え」
腰に回されたマルクス様の腕に体重が乗る。何が起こっているのか混乱している間に、どんどん体は上昇して行った。
「マルクス!!どういうつもりだ!!」
レオが叫ぶ。さっきまで対峙していた男もあっけにとられてこちらを見上げている。
「アオイは保護しておくから、安心してそいつらを捕まえてくれ。大丈夫だ、陛下には、レオンハルト殿下がグラナダ公爵令嬢を救出した、と報告しておくからな!」
そう言うのと、大きな翼が視界に入るのは同時だった。
「…飛翔…魔法…?」
「さすが、詳しいな。なに、落としたりはしない。しばし空の散歩と行こう」
呑気にそんなこと言われても!!
「マルクス!!」
レオが叫ぶ声が遠ざかる。
直後に赤い光が足下で炸裂する。
「ほら、よそ見している場合か?」
男がレオの隙をついて攻撃を再開した。
「レオ!!」
バッサバッサと意外と大きい翼の音に負けないように叫んでも、私の声がレオに聞こえているのかわからない。
ハヤテやリンもレオに加勢しつつもこちらを見上げている。
貧民街だったらしく街中みたいに街灯がなく、距離が離れると暗くてだんだん皆が見えなくなってくる。
「マルクス様!離して…、下してください!!」
「無理だな。飛翔は下りるときはある程度広い場所がないと」
「さっきはいきなり浮いたじゃないですか!」
「あれは風魔法の応用だ。風魔法だと体は浮かせられるが、飛翔のように空中移動するには向かないから、ある程度浮いてから飛翔に切り替えたんだ。それに、俺が使える風魔法は浮かせるだけなんだな。下ろすのは自信がないなぁ。はっはっは」
飛翔は、魅了ほどではないがなかなかにレアな魔法だ。
風魔法の上位魔法だと、風魔法使いのシンから聞いたことがある。あらゆる風魔法を使いこなすシンでも飛翔は使えなかった。なのに、なんで飛翔が使えて風魔法が使えないのよ!!
でもわかった。マルクス様が若くして辺境伯となったのは、この能力を買われてのことだったのね。
「どこに連れていくんですか?」
「王宮だ」
一瞬、本当に保護してくれるためにこのような手段に出たのかとも思った。けど、次の言葉に絶句した。
「アオイ、セラト王国の次期王妃にならないか?」
――――――は?




