99: 焼印
真っ暗な夜の空を鳥のように飛び続けて、本当に王宮に連れて来られた。
貧民街あたりは街も空も暗くてよく見えなかったけど、王宮に近づくにつれ商店街や貴族街が警備のためにずっと付けている街灯や松明の明かりで、王都の全貌を上から確認できた。
特に王宮は遠目からでも闇夜にキラキラと浮き上がって見える。
「キレイ…」
思わずつぶやくとマルクスが後ろでクスリと笑った。
あのかわいらしい宮殿の屋上に降り立つ。
下りるのに、ある程度広い場所が必要、な意味が分かった。
飛翔で出した背中の翼は思ってるよりも大きく、下りる時のスピード調節に早く羽ばたく必要があるようで、周りにはかなりな風が巻きおこっていた。
「俺1人なら、そこそこの高さで飛翔を消して飛び降りてもいいんだが、アオイがいるからな」
と言ってゆっくり降下してくれたのは、一応気を遣ってくれてのことらしい。
高いところは苦手ではないけど、真っ暗な中、腰だけ捕まれて飛び続けていたので、地面に着いた時には座り込んでしまった。
「マルクス様!」
邸内に続くと思われる扉から現れた従者らしき男性が、マルクスに嬉々としてかけよってきた。
「上手くいったんですね。アオイ様のお部屋はご用意してあります」
「帰るので、ご用意しなくて結構です!」
「まあまあ、とりあえず夜も遅いし、空は寒かっただろう。一旦部屋まで来てくれ」
マルクスに言われて、観念した。
確かに、寒い。それにこんな屋上から城外に逃げるのは困難そうだ。ひとまずは大人しく付いていくことにした。
*****
ダリア様と会話も途切れ、ウトウトしかけた所で今度は乱暴にドアが開いた。入ってきたのは体格のいい男性。後ろにはもう一人の男と、ナナトもいた。
「なんだあ?いつの間に毛布だの食い物だの与えたんだ?」
体格のいいい男が、後ろについてきていたナナトをジロリと睨む。
あ、これらはナナトの好意だったのね。
「これから奴隷になるかもしれねぇ。今から贅沢を忘れさせねぇといけねぇんだよ!」
怒鳴りながらナナトを何の躊躇もなく殴った。
「ごめんなさい。ごめんなさい!」
叫び声も上げずに倒れたナナトはひたすら謝っている。
「ちょ、ちょっと!やめなさいよ!!」
さすがのダリア様も青くなって止める。
「奴隷」ってことはやっぱりこれはタカユキ様が追っている、アダナンへ攫われる例の犯人達なのだろう。
「ここから移動する。大人しく付いてこい」
男はぞんざいに言って、ダリア様の腕をつかんだ。
「い、いやよ!!離しなさい!」
「うるせぇ!おい、小僧、魔法で大人しくさせろ」
どうやら男二人は魔法は使えないらしい。でも、先日のことから、ナナトも魔力もそんなになさそうだし、魔法も沢山は知らなさそう…。
「む、無理です…」
「なんだと?」
正直に話すナナトに、今度は蹴りが入った。
いくら魔力が低いからと言って、魔法持ちなら何かしらの反撃をすればいいのにナナトがそれをしないことで、ハッと気づいた。
「まさか…、ナナトは「奴隷」なの…?」
そう言った私を見て、男はニヤリと薄気味悪く笑った。
「ほう。お嬢様の割には知ってるのか「奴隷制度」」
男はダリア様を離して、ナナトをぐいっと立たせた。
「見ろ」
ナナトの来ていたシャツの襟もとをグイっと引っ張って、私たちに鎖骨を見せる。
鎖骨の下に、子どもの手のひらくらいの大きさの丸い不気味な文様が、赤黒くヤケドの跡のように付いている。
「ひっ!」
一目見ただけでダリア様は目を逸らした。
「これは「奴隷」の焼印だ。これがあるヤツは人間じゃねえ。アダナンでは家畜と同じ扱いになる。売り買いも出来るし、「奴隷箍」があれば言うことをきかせられる。お前らもこの焼印を付けられたくなければ、大人しくしてるんだな」
「付けられたくなければ?私たちは付かないこともあるの?」
誘拐された令嬢は、アダナンに奴隷として売られているんだと思っていた。でも、今の話っぷりからすると「奴隷」にならない場合もあるような言い方だった。
「いい機会だから説明しといてやる。アダナン王国は最近新しい法律が出来たんだ。それまでは一夫一妻制度だった婚姻を、一夫多妻にする、とな」
近隣の国は大抵一夫一妻の国だったけど、一夫多妻の国があることは聞いたことがある。
遠い国の制度として、幼いころに勉強した時に耳にしたくらいで、当時は「奥さんがいっぱいだなんて皆仲良くできるのかな?」と純粋に疑問に思ったものだった。
「アダナンの奴隷制度は昔からある。それにより人口が減ってきてるらしいぜ。奴隷になりそうな貧乏人や罪人は、最近こぞってアダナンから逃げ始めている。そいつらが逃げると、今度は今まで逃れていたような平民が奴隷にさせられる。そうなると、どうなるか分かるか?」
同じように逃げ出す平民もいるだろう。働き手としても消費者としても平民がいないと経済が回らない。税収も減る。
貴族は基領地経営からの税収と、国からの補助金で暮らしている。上手く領地経営出来ている所はいいが、施策に失敗したり、地方は農業が主産業だから地域や天候様々な要因で領地の儲けはすぐに変動する。
「何を思ったか、国政とやらは「一夫多妻にすれば人口が増え、再び国は活力を取り戻すだろう」だとよ。で、それに乗っかったバカな貴族どもが、新しい妻をどんどん迎えるようになった」
「女性が、足りなくなったのね……」
「そうだ。平民は食い扶持が1人でも増えると家計が回らないような家ばかりだから、その制度にはあまり乗らない。金持ちの商家や貴族がこぞって妻を増やしている。で、国内で足りなくなったから、他で調達ってわけだ」
ニヤリと男は笑った。
「愚策では?」
「ああ、俺もそう思う」
男はあっさり認めた。
「だがな、俺のようなしがない下っ端には好都合だ。毎日あくせく働かなくても、娘っ子1人連れて行くだけで、すぐ大金が手に入る。ただの町娘より、お前らのような貴族令嬢は高値が付くしな」
男の言うことを否定する言葉が見つからない。
グーラートでは上位階級にいた自分。華旺国では王族だったけど、貴族制度はなく国民皆が協力して生活している環境にいた自分。
そんな私には、国の失策で明日の食べ物さえ覚束ないような生活をしている人達の日々の不安は、想像するだけしか出来ない。
「しかし、拐った令嬢にこんなに説明したのは初めてだぜ。お前、上手くやれば奴隷どころか王族の側妃も狙えるんじゃねえ?」
「でも、妻候補でも逆らったら、奴隷……ってことね」
男は当然のように頷いた。
「そんなの!毎日真っ当にちゃんと働きなさいよ!そんな他国の都合で拐われるなんて、私が何をしたっていうの!?」
ダリア様が叫ぶ。男は小馬鹿にした目線を向けた。
「コッチはダメだな」
むんずと再びダリア様の腕を掴んで出口に向かう。
「おら、どのみちアダナンまでは連れて行くぞ。焼印を押されるかどうかはお前ら次第だ。お前も立て!」
男はそう言って、またナナトを蹴った。
「やめて!」
今の話を聞いて、ダリア様のように自分達でどうにかしろ、とは思わないが、だからといって暴力を許すわけではない。
うずくまるナナトに駆け寄り、男と対面した。
「大人しくするから暴力はやめて」
ナナトは「うう……」とうめきながらも私の腕をがしりと掴んだ。
「だめ……、です。あなたは……、あなただけは……」
言葉の意味を図りかねていると、男はダリア様をこちらに押し出した。
「最初からそうやって言うことを聞いていればいいんだ。さあ、行くぞ」
ダリア様を受け止め、ナナトと共に私の後ろに隠す。もう1人の男がドアをあけ、先に2人が出ようとこちらから視線を外した隙に、手に魔力を溜めた。




