96: 誰、それ。
ドアを開けて入ってきたのは、トレイと毛布を手にした黒髪の少年だった。
「あなた……!」
すぐ分かった。サラ様と行った宝飾店の店員のあの子だと。
「あの……。こんなものしかないけど、ご飯持って来ました」
私の顔を見ないようにして、トレイを近くの木箱の上に置いた。毛布も横にそっと置いた。
トレイにはパンとチーズ、小さなリンゴと水の入ったグラスがそれぞれ2つずつのっていた。
それを見たダリア様は絶句している。
すぐに部屋を出ようとする少年を呼び止めた。
「ナナト……だったわよね?少し、お話出来ない?」
怯えたような表情で振り返って、首をブンブン横に振られた。
「ご、ごめんなさい。すぐ戻るよう言われてるので」
早口でそういって出て行ってしまった。
「あなた、犯人の仲間と知り合いなの?」
不審げにダリア様に聞かれた。
「いえ……。先日、サラ様と出掛けた時に知ったお店の店員だったのですが……」
どうして?
彼自身からは悪意は感じ取れなかった。明らかに命令されてやっている感じ。何か犯人に従わなくてはならない理由があるってこと?
木箱ごとトレイを近くに持ってきた。
パンを手に取ると固い。でもちぎって口に入れたら香ばしい小麦の味がしっかりしてて、おいしい。
「これが食事?」
ダリア様のような貴族令嬢には信じられないようなメニューなのかもしれない。でも、果物やチーズまでつけてくれて、それなりに気を使ってくれていると思う。
「ダリア様には簡素すぎる食事かもしれませんが、食べましょう。毒は入ってないみたいですし、いざというときちゃんと動けるように、体力は保っておかないと……」
ダリア様は、しばらく何かを考えていたようだけど、諦めたのかお腹が空いたのか、ゆっくりとパンに手を伸ばした。
窓がないので時間がわからない。
拐われたのは午前の遅い時間……昼前で、どのくらい移動したのかはわからないけど、ほどほどにお腹が空くくらいには時間が経った。
ナナトからの食事をすっかり食べ終えて、また沈黙のまま時間が過ぎる。
冷えてきた空気と眠気で、多分そろそろ夜なのだと思う。
このまま朝になるまで放置されるなら、せめて寝るところが欲しい。使えそうなものはないかと部屋の中を改めて見直す。
床は石だから冷たく、このまま寝られない。
何かの道具が置いてある木の棚を掴んでみたら、棚部分だけが外れた。それを床に置いて多少は冷気を遮れるだろう。
いくつかある麻袋の中を見れば、粉にする前の小麦と思われる穀物が少量入っていた。
それも棚の上に乗せる。板の上よりはクッション性があると思う。
「ちょっと、何してるのよ」
「寝床を作ろうと思いまして」
「はあ?あなた、こんな所で寝るつもり!?」
「ええ。もしよかったら、ダリア様がこちらで寝ます?木箱に座って寝るより、やっぱり少しでも横になってたほうが休まりますし……」
毛布もちゃんと二枚あったので、一枚をダリア様に手渡す。
その固い手触りにも嫌そうな顔をして受け取り、私をじっと見た。
「あなた、ちょっと変よね。普通の貴族令嬢が誘拐されたら、冷静に対処出来ないのが普通よ?」
「まあ、慣れてますし……」
「!? 拐われたことが慣れるほどあるの!?」
「拐われたのは一回ですが、拐われそうなことは何度かあったので、対処方法を練習してた……というか」
不審なものでも見るかのように見てくるダリア様は、本当に蝶よ珠よと大切に育てられたお嬢様なんだな……と思った。
「黒は……魔力が強いのよね……?あなたは魔法は使えるの?それでここを脱出出来ない?」
「ええと。一応使えます。でも、犯人が何人いるのか、魔法使える人がいるのか、あの男の子は明らかに使われてるようだし……。迂闊に魔法を使って取り返しのつかないことになるのは不本意なので、もう少し様子を見てから……と思っていたのですが」
「……。あなた、やっぱり変」
そうかな?
まあ、確かに普通の令嬢ではないかもしれない。
結局、自作簡易ベッドをダリア様に譲って(かなり嫌そうな顔をしていたけど)、私は壁際に木箱を移動させて背もたれとして毛布にくるまった。
眠いような、でも寝れない状態で、目を瞑っていたけど、ダリア様も寝れないみたいで何度も寝返りの音がする。
「ねぇ……。魔法で、人の心を操ったり……出来るの?」
唐突に質問された。私が寝てないことに気づいていたようだ。
「操る……。魅了の魔法はそのようなことが出来ますが、使える人はごくわずかですね」
「あなたは?あなたは使えるんじゃなくて?ハルトを操ってるんでしょう?じゃないとおかしいもの。クールなハルトがあなたにだけあんな……あんな顔するなんて……」
夜会でのことを言ってるのかな?
「ええと。私は魅了は使えません。学園での殿下は、そんなに感情を出さなかったのですか?」
レオから学園での話はあまり聞いたことがない。
「そうよ。基本的には無表情で、誰が話しかけても必要最低限しか答えないような、落ち着いたクールな性格でしょ」
………………。
誰、それ。
胡散臭いキラキラした微笑みで、作った褒め言葉を繰り出しているレオなら想像つくんだけど。想像っていうか、それはグーラートでの夜会でのレオか。
私の知ってるレオは、王子のくせに口が悪くて、公式の場以外では結構ぞんざいな態度で、でもキチンと公私は使い分けてて、公式の場での洗練された身のこなしは完璧で……。魔力は底知れないし、国の筆頭魔導師だけあって魔法の知識やコントロールは一級だし……。もちろん見た目は言わずもがなで、いかにも王子様な金髪と黄緑の瞳と、スラリとした長身はとこにいても一目で見つけられるほど際立っていて……。
「どんなに女性に言い寄られても全然靡かなかったハルトが、あんなんになるわけないのよ。あなたが魔法で何かしたんでしょう?」
「えぇー……。してません……」
「触れるのだって、普段は嫌がって近寄らせてももらえなくて、唯一ダンスの時だけはちゃんとリードしてくれて……」
「ダリア様、殿下と踊ったことがおありで?」
「え?ええ!そうよ。4年間、ハルトは私としかダンスを踊らなかったわ!」
「ダリア様としか……」
「そうよ!学園でも一番彼のそばにいた女子のは私だったのに……」
「……。そう……、だったんですね……」
レオの学園の頃の話を聞いてみたいとは思っていたけど、聞いたら聞いたで胸にモヤモヤがたまるだけだった。




