95: ハルト (ダリアsaid)
ハルトの目線が全然こちらを見ないことは分かっていた。
それでも嬉しかった。
添えられた手と腰に回された手に、全く温度がなくて、まるで無機物と踊っているみたいでも。
「ダリアったら!またレオンハルト様のパートナーだなんて、羨ましすぎるわ!」
「何言ってるのよ。マーリーは婚約者がわざわざ来てくれるんでしょう?」
「そうだけどー、そうじゃないのよー!一回くらい、あの完璧な王子様と踊ってみたいって、学園中の女子が思ってるわよ」
在学中に、何度か学園内でのパーティーがあった。基本的に貴族の子息令嬢が在籍する学校だから、本格的な夜会のための練習の意味もあったんだと思う。
新年や、グーラートの建国祭、庶民の祭りを模しての収穫祭や、年度末試験終了後には一番盛大な学園夜会、とイベントがある度にダンスがある。
一応、出席は任意だけれど、ほとんどの学生は出席する。出席したからにはダンスは義務となる。
そのダンスのパートナーに、ハルトは毎年私を選んでくれた。
学園内でパートナーを組んでもいいし、婚約者がいる人はその日だけは外部の人も参加可能としてパーティーに呼ぶ人もいる。マーリーはその口だ。私と同郷の貴族令嬢の彼女はわざわざセラトから婚約者が来てくれるという。
「しかもレオンハルト様って一夜に1回しか踊らないじゃない。その権利をずっと一人占めしてるんですもの!」
「そうね」
ハルトがエヴァンと仲良くなった初年度、エヴァンが「ウチの妹と踊ってくれないか?」と頼んだのが最初だった。その後もエヴァンが「次のパーティーのダンスパートナーは決まっているのか?」という質問に、「またダリア嬢に頼めるか?」「ダリア、今年もいいか?」「リア?」と、とうとう4年間本当に私としか踊らなかった。
「レオンハルト様って無表情だけど2人の時には笑ったりするの?」
「え……。ええ」
ハルトの笑った顔なんて、見たことない。
いや、まともに見たことがないけど、希にアランと喋っていて、フッと笑う所を見たことはある。
ダンスのパートナーに毎回選ばれる、ということだけで、周囲は私とハルトが何か約束をしている仲だと思っている。
「そうね。極たまにね……」
それを否定しないでいたら、いつの間にか学園内では公認の仲になっていた。
私だって、全く女性に感心のないハルトが、私だけを選んでくれるのは、他の子達とは私の立ち位置はちょっと違うんだと思ってる。
「あのキレイな顔が笑うとか……。見たらすごい威力がありそうね……」
あの冷たい鉱石のような黄緑の瞳が、熱を持って甘く溶ける所を想像する。
確かに、そんなのをまともに見たら心臓が止まってしまうかもしれない。
「卒業したらどうするの?ダリアがグーラートへ?殿下は三男だし……。うまくやればセラトに来てくれないかしら?国同士は国交は悪くないんだし、お父様はどのようにお考えなの?」
「やだ。そんなことまで、まだ考えてもいないわよ」
実はお父様にはグーラート側へ婚姻の話を持ちかけてもらえないか、と言ってある。
お父様は「あそこの三男だと?見た目だけで能力は今一つ、と聞いたぞ。そんな男に王族だからとて大事な娘をやれるか!?」とお怒りだったけど。
なんとか、卒業するまでに説得するしかない、と思っている。
ハルトからお話がもらえれば、それが一番なんだけど……。
クールでなかなか感情を表さない彼から、何か特別な言葉があったわけじゃない。
けど、彼の一番近くにいる女性が私だけっていうのは、そういうことだって思っていいのよね?
学園にいるグーラートの貴族令嬢達も、最初は自国の美麗な第三王子の妃の椅子を狙って、水面下でし烈な争いがあったけど、パーティーの度に私としか踊らなかったら、だんだん大人しくなっていった。悔しそうな羨望の視線をダンスの度に受けるのは、ちょっと気持ち良かった。
周りだって、認めてくれたってことよね。
そう思って4年間を過ごして、ハルトの卒業の日にだって言われたのよ。
「またな、リア」
って。
1学年下の私は、私の卒業を待ってから婚約話や何かのアクションをおこしてくれるのかと思っていた。なのに、卒業して一年経っても何の連絡もなかった。それこそ卒業したら次々来る縁談を断り続けていたら、お父様に言われたのだ。
「ダリア、いい加減にしなさい!いくらお前が容姿が良くて学園でも好成績を納めた出来た娘でも、こうも縁談を断り続けていたらそのうちどこからも話が来なくなるぞ!」
「……だって、お父様……」
「はぁ……。そんなにレオンハルト殿下がいいのか?相手は第三とはいえ王族……しかも他国の、だぞ……」
そんなの分かってる。それでもあのフワフワの金髪と黄緑の瞳が忘れられない。
そんな私の頑なな態度を見て、お父様はグーラートに派遣されている外交官へ連絡を取ったり、こちらに滞在しているグーラートの貴族に探りを入れたり、私の婚約申し込みに動き出してくれた。
正式な手続きを踏んで、やっと申し込み出来たのが半年後。
申し込んでみて初めてわかったのだが、ハルトにはグーラート国内だけでなく、近隣の貴族令嬢や、噂だけどどこぞの王女からも婚約の打診が山のように来ていたらしい。
しかもそれを全て断っていた。
そして私も断られた。
他の申し込みと同じ扱いで処理されたのが、納得いかなかった。
多分、どこかの段階でお役人により、中身も見ないで一括で破棄されたのだ。
ハルトに直接渡すように書いた手紙も、届いたのかどうかもわからず、返事も来なかった。
それでもめげずに何度も手続きをしてもらって、中継ぎをしてくれていたセラト側の役人も終いには呆れていた。
そうして、やっと三国会議でハルトが来る、と知ったときには既に卒業して四年も経っていた。
やっと、ハルトに会える!
と喜んだのも束の間、グーラートの一団は着くなり王宮に宿泊して、連日会議会議で全く会えない。
王族の彼は宿泊部屋も王宮の奥の方で、いくら公爵家とはいえ警備上通してもらえなかった。
でもお父様は、私のためにハルトを我が家の晩餐に招待してくれた。
とはいえ、ハルト1人を招待する理由がつけられず、第一王子のレナルド様と、グーラートの将軍と一緒だ。
いよいよ今夜がその日というのに、私は我慢出来ずに王宮を無駄にウロウロしていた。どこかで偶然出会えないかと思って。
そのかいあってやっと見つけた。
後ろ姿でもわかる。
見覚えのあるあのフワフワの金髪。
4年前より少し背が伸びたような、長身。
あの頃より鍛えたのか逞しくなってる。
一般の宿泊部屋の廊下を、早足に歩いて遠ざかる背中を追いかけた。
そして追いかけた先で、信じられないハルトの行動を見ることになった。




