94: 呼び出し
「突然の訪問、失礼するわ」
そういって公爵家の玄関ホールに堂々と立っていたのは、グラナダ公爵令嬢だった。
思い返してみれば、私、この方に自己紹介もご紹介もされていないんだよね……。
しかも、昨晩はレオがそちらに泊まったはず。
時間的にもうレオは公務に出てるんだろうけど、この人は何をしに来たんだろう?
「レオンハルト・フィンレー・グーラート殿下の婚約者で、アオイ・キサラギと申します。昨晩は殿下がお世話になったようで、ありがとうございます。それで、ご用件は何でしょうか?」
あ、思わず喧嘩を売ってしまったわ。リン、後ろで笑いを堪えるのやめて。
「グラナダ公爵家のダリアよ。あなたに少しお話があるの。ちょっと付き合ってもらえないかしら?」
かわいらしい頬をピクピクさせて、作り笑いが崩れたダリア様は、外を指差した。
またか……。
レオに出るな、って言われてるんだけどな。
付いてきてくれるかと、リンを見たらすぐさまダリア様に「2人だけでお話がしたいのです。ウチの従者も御者もいるし、いいでしょう?」と、追っ払われた。
まあ、ハヤテがコッソリ付いてくるとは思っているけど。
どこか目的地があるわけではなく、馬車の中で話すつもりだったようで、公爵家を出て王都中心部へ向かう途中の道端で止まった。
従者は前の御者席の方にいるようで、馬車の中は2人きりになった。
「アオイさん……と言ったかしら?あなた、ご身分は?」
あちこちで爵位を言わないままの自己紹介ですませたけど、ここにきて追及された。
「グーラート王国では、代理の父が伯爵位を承っておりました」
「変な言い方ね。代理の父?義理ではなくて?あなた、養子なの?」
この人に、あまり嘘をつきたくなかった。
「出身国は別でして、両親はそちらで健在です。諸事情があって幼いころからグーラート王国で過ごしておりました。もちろん、レオンハルト殿下はすべての事情をご存じです」
「何が目的なの?」
「は?」
「もちろん、ハルトの見た目がいいのはわかるわ。隣にいたらずっと見惚れてしまうもの!でも、第三王子だから権力はそんなにないわよ。あそこの王家はそんなに甘くないから、わがまま言って高価な宝石やドレスをねだったって、すぐには手に入らないし!後はなに?何か王家の弱味でも握っているの!?婚姻することで、あなたのご実家が何か恩恵を得るとでもいうの?」
一気にまくしたててきたダリア様に、自分の気持ちを包み隠さず伝えるつもりで口を開いたその時、御者席からガタン、ドスンと派手な音がして馬車が揺れた。
「何っ!?」
立ち上がろうとするダリア様を、ドアより奥に押し込めた。
「ちょっと!何するの!?」
抗議の声と同時に馬車の小さなドアがガタガタ揺れる。カギが内側からかけてあるので、簡単には開かない。
一瞬、シンと静かになったかと思ったら、ドアとは反対側の小窓がガチャン!と割られた。
「きゃーー!!」
ダリア様の悲鳴を無視して、彼女の頭を庇う。
カーテンをしていたので、破片は飛び散らなかったものの、その隙間からヌッと出てきた手に握られているものを見て、それがなんだか認識するのに一拍遅れた。
香水瓶のようなものから、プシュッと霧状のものが撒かれた。
あっ、と思った時にはダリア様が座席に崩れ落ち、私の意識も途切れた。
*****
気付けば手は後ろで縛られ、幌馬車の荷台らしきところで転がされていた。
ダリア様も一緒で、まだ気がついていない。
馬車は早くもないスピードでゴトゴト揺れている。そこまで激しい揺れじゃないことから、ちゃんと舗装された道のよう。
まさか、ダリア様と一緒にいる時に狙われるとは……。
前回と同じ犯人かどうかはわからないけど、とりあえず目的は私だろうなぁ……。まきこんでしまって、申し訳ないと思うのと共に、レオとの婚約に難癖つけてくる彼女をどうしたもんかと頭が痛い。
レオのことをずっと好きだった彼女。しかも学園に行っていた4年間、レオと一緒だった人。私の知らない4年間を知ってる人……。
言い様のないモヤモヤが心に広がってきた時、幌の隙間から、小さな黒い蝶々がヒラリと入ってきた。寝ている目の前の床にちょこんと止まり、静かに抑揚している。
『助けるか?』
ホワンと小声が頭に響く。ハヤテだ。
「いい」
『そばにいる』
「うん」
ハヤテの気配が消えた後、しまった、と気づいた。
私だけじゃなく、ダリア様もいるんだった……。
ダリア様だけでもハヤテに連れ出してもらえるかな?などと考えている間に目的地に着いてしまったようだった。
幌を開けて入ってきたのは、思いっきり人相の悪い、体格のいい男性。普通に街中にいそうな庶民の格好だ。
「なんだ、もう気が付いたのか」
言いっぷりからすると本当はもっと効く薬だったのかもしれない。
「叫ばないとは、いい度胸だな。そのまま大人しくしてろよ」
おもむろに取り出した布で目隠しをされた。
荷物のように抱えあげられた。見えないけど、多分肩に担がれてる。
「ぐっ……、う……」
と、ダリア様の声がした。彼女も同じように運ばれているようだ。しかも、気が付いたみたい。
「何!?何なの!!離しなさい!!」
「うるせぇ!黙れ!」
さっきとは別の男の掠れた怒鳴り声。少なくとも犯人は2人。
ガチャガチャ、バタン、とドアの開閉の音。ギシギシ軋む床の音、すぐに小さく上下に揺れて、階段を降りているようだった。
あまり歩かずにすぐ部屋になる。貴族の屋敷のようなしっかりした作りの広い建物……ではなさそうだった。
一旦下ろされて、目隠しを外される。
目の前にはだいぶ古びた木のドア。私を担いだ男がドアを開けて、無言のまま顎で「入れ」と促した。
「なんなのよ!!私を帰しなさい!こんなことして、お父様に捕まえてもらったら打ち首よ!!」
「うるせぇお嬢様だな。アンタはもう2度とお父様には会えねぇんだよ。売り飛ばす準備が出来るまで大人しくしていろ!」
そう怒鳴ってドアを閉められてしまった。
「なんっ……てこと!!」
ダリア様がブルブル震えている。
天井から吊るされた暗い明かりだけで、室内には窓もなく、空気はよどんでいた。




