93: 晩餐会 (レオンハルトside)
目が覚めたのは、耐えられないほどの頭痛のせいだ。
見知らぬ天井。見知らぬ空気。
自分の置かれている状況がうまく飲み込めない。
頭がガンガン痛いのを、とりあえず治癒魔法をかけてとっとと治す。痛いのは治ったが、なんだかまだクラクラするのは、魔力酔いした時と似た感覚。それも追加で魔法で治して、ようやく頭が回ってきた。
ギシリ、と起きてみれば、大きな寝台にもう1つ毛布にくるまる山がある。
そっと顔を除きこめば、見覚えのありまくる茶色い髪。
「は?」
なんで俺はアランと同衾してるんだ?
「俺だって、あそこで寝たくて寝たわけじゃねーよ!!!」
あ、珍しくアランが素に戻ってる。
別に普段から素のままでいいっていってるのに、頑なに丁寧な王族への態度を崩さないのはアランだ。
身分を隠して討伐隊に加わった時には、さすがにタメ口をきいてはいてくれたが、久々に聞くアランの乱暴なもの言いが懐かしい。意外と口悪いんだよな。
それが無意識にぶっ飛んでる今、よっぽどの事情があったのだとは、理解した。
「ものすごく強い酒を、ガンガンに飲ませてきたんですよ、あの令嬢がっ!」
シャワーから出て、頭をタオルでガシガシ拭きながらアランが言う。
公爵家のゲストルームは続き部屋に、シャワー室とトイレまであって、街の宿屋のようにここだけで生活出来るスタイルだったので、俺とアランで順番にシャワーを浴びた。討伐時にも何度となく寂れた宿屋で同室で寝泊まりしていたので、お互い慣れたものだった。
「具合が悪いなら、自分が看病するからって部屋に押し入って来ようとするのを、これはさすがにマズイと思って、何度も追い返して!
終いには俺が部屋に戻る隙を狙ってまで来ようとするから、さすがに俺がここで寝てれば来ないだろう、と苦肉の策だったんだぞ!?」
今日のスケジュールは確か経営勉強会だったはず。ここから直接行けば間に合うだろう。
部屋にはキッチリ着替えまで用意してあったがそれは借りずに、昨日着た服を魔法で浄化した。
「アオイ様に誤解されるような事態に発展しないように、しないようにと気をまわした俺の気苦労をわかってんのか!!」
「わかった、わかった。助かったよ、アラン。いくら俺でも、朝起こしに来たメイドにダリアと同衾しているのを目撃…とかなってたら何もなかったとしてもアオイに嫌われる」
「……嫌われる、とかの前に公爵家への責任問題とかじゃないんですか?」
あ、戻った。
「そんなもんはどうにでもしてやる」
半目で見るのヤメロ。
「それにしても、俺そんなに酔ってたのか?記憶が途中から曖昧なんだが……」
「多分、何か魔法もかかってたと思われます。殿下、いくら強い酒とはいえ記憶無くすほど酔ったことないじゃないですか……」
*****
昨晩は、セラトにいる学園の卒業生を集めてのいわゆる晩餐会だった。
15人ほど集まった中には、懐かしい顔ぶれや、グーラートでも会った者もいたが、お互い学生に戻ったかのように賑やかだった。
貴族令息も多々いたので、先日の夜会の出席者もいて、婚約者のことをひやかしてくる奴らが多かった。
それに拍車をかけていたのは、昼間にエヴァンとガイがアオイに会ってしまっていたから……。
「いやー、まさかハルトの婚約者が黒だとはな。しかもスッゲーかわいかった」
ガイがニヤニヤしながら周りに吹聴する。
「黒ってアレだろ?魔力強いのが多いって聞いたぞ。ハルトの場合、立場上その辺を期待しての婚約か?」
「いやいやいや、ハルトとアオイちゃんはそーゆーのじゃないだろ」
エヴァンまで調子に乗ってからかってくる。
「あら、でもハルトの言うことなんて聞かない人なんでしょう?今日だって、勝手にフラフラしてたんでしょ?ハルトのことを軽く考えてるんじゃなくて?」
ダリアが割って入る。いつもよりも酷く突っかかってくる。
「ダリア、やめろよ」
エヴァンが止める。
「まあ、何はともあれおめでとう!と言っておくぞ。婚礼の時は呼んでくれるんだろうな」
酔ってきているのか、ガイが大きめの声で言った。
「兄上達がまだいるからな。いつになるかわからないぞ」
答えると周りからも祝いの言葉が次々と贈られた。言葉と共に酌もまわってくる。それを次々に飲み干していたら、途中から記憶がなかったのだ。
*****
「みんなが注いでいた酒が、それまで飲んでいた酒とは別物だったのです。殿下はお気づきじゃなかったと思いますが、あれだけ突っかかってきたダリア嬢が急に給仕にまわって手近にあった酒を変えるのを見て、少し味見したらそれが結構な度数で……。まあ、殿下ですし大丈夫だろう…と思って様子を見ていたのですが、途中で見事に落ちまして」
アランが言うには、俺だけではなくその酒は周りの奴らも飲んでいて、落ちたのも俺だけではなかったようだ。そして泊まったのも俺達だけではないようだった。
メイドが「朝食の準備が出来たので食堂へ」と言いに来たが、部屋に運んでもらうように頼んで、アランと2人で素早く済ませた。
あんまり長居するとまたやっかいなことになる、と思い、まだ皆が朝食を食べているであろう時間に暇を告げるつもりだった。
「お待ちください!只今、主人がお見送りをさせて頂きますので……」
玄関ホールで執事に捕まった。
昨晩の夕食会では姿を現さなかった公爵だったが、朝食には顔を出していたのかもしれない。
すぐさま恰幅のいい公爵が食堂のある方から、ドスドスと焦ったように走ってきた。
「レオンハルト殿下!お待ち下され。そう急がずとも、もう少しゆっくりして行かれてはどうですかな?他のお客様方はこれからティールームで食後のお茶をするところでして」
「グラナダ公爵、昨晩から大変世話になった。ご子息エヴァン殿にもよろしくお伝え下さい」
城の廊下で会った時の態度とはまるで違う媚びた物言いに、朝っぱらからムカムカする。
「エヴァンもですが、ダリアにも学園の頃から気にかけて頂き、私もダリア本人も大変感謝しているのですよ。先日の夜会のエスコートも!2人が並ぶととても絵になる、などと他の貴族からも羨ましがられましてなぁ……」
話が長くなりそうなので、アランと目線を会わせ、無言で踵を返した。
「ハルト!」
ああ、めんどくさいのが来てしまった……。
今度はダリアが小走りにかけよって来る。腕に手をかけようとした時、アランがスイっと体を入れて阻止した。
「体調はもういいの?昨日の夜は看病しようと思ったんだけど、アランが邪魔したのよ。今朝だって、部屋にも入れてもらえなかったわ!」
「グラナダ公爵令嬢、俺の酒に何を仕込んだ?」
「えっ……?」
「俺ですら気付かない魔法を、どこで買った?刺客を送り込むのにも、そうとう値が張ったはずだ。こんな下らないことに使うくらいなら、教会の孤児院にでも寄付してやれ」
マルクスの報告では、ハッキリと依頼主が公爵家とは言わなかったが、裏が取れるだろうと言っていた。
フライングだがかまうか。
青くなっているダリアを置いて、その場を後にした。
追いかけてきた執事が馬車を用意するだのなんだのと言うのを無視して、通りかかった乗り合い馬車に飛び乗った。
突然乗ってきたいかにも上流貴族の男性2人に、乗客も御者も驚きつつも、王宮近くまで乗せてもらえた。
公務がなければ、すぐさま公爵家に帰ってアオイに会いたいのに……。
*****
王宮の会議室で行われた領地経営の勉強会は、エレオノーラ嬢の勉強会の方がレベルが上で、寝そうになった。
途中の休憩時間にアランの報告を聞いて、一瞬にして、頭から冷水を浴びたのかと思うくらいに血の気がザアっと引いた。
「は?もう一回言え?アオイが、どうしたって?」
珍しくたじろいだアランが、もう一度繰り返す。
「アオイ様が、拐われたと……ハヤテの使いから連絡がありました」




