92: ダリア嬢
木箱に座って、どのくらい経ったのかわからない。さすがにお尻が痛くなってきた。
ダリア様はとりあえず泣き止んだけど、ずっとうつむいたままだ。
「お腹空いたな……」
思わずポツリとこぼしてしまった。
顔を上げたダリア様が呆れたようにこちらを見た。
「あなたね……。いくらなんでも呑気すぎではなくて!?」
「まあ、カリカリしてても解決しませんし?」
多少、物言いが嫌味ったらしくなっても仕方ないだろう。
だって、最初に喧嘩を吹っ掛けてきたのはそちらなんだから。
*****
「また夜に」
なんて言うから、前日みたいに突然移動魔法でやってきてもいいように、寝巻きにも着替えずにリンと遅くまで起きていた。
だって、寝ている寝台の横に急に人が現れるって、結構な恐怖だったのよ。
しかもレオはそのまま一緒に寝ようとするし。
さすがに泊めてもらっている身でそれはないな、と、リンとハヤテを呼んでレオには自室に帰ってもらった。
でも、今日はとうとう日付が変わっても帰って来ない。
お友達と盛り上がってるのかな……、と思ってエヴァン様を思い出した。
そうだった、「今日は公爵家でパーティー」って言っていた。ということは、ダリア様もいるってことだ。
いくらレオが相手にしていないとはいえ、明らかにレオに好意がある自分に似た令嬢がレオのそばにいる……のは、やっぱり嫌だ。
……………………。
って、こないだまでは逃げ回っていたくせに、今度は下らない嫉妬をするだなんて、自分がものすごいわがままで嫌になる。
「アオイ様のそれは、わがままではないと思うけど?」
と、リンは言うけど、ダリア様にデレたり振り回されたりしていないレオに言うわけにはいかない。
あ、んー……、振り回されてはいるか。
「さすがに、もう寝ましょう!夜中に帰ってきたらまた私達を呼んで下さい」
リンにそう言われて、大人しくベッドに入った。
そうして、朝になっても帰って来なかったのだ。
「アオイ嬢の所には連絡が来ていないのか?」
朝餉の時にレナルド殿下に聞かれた。
どうやら、殿下の所にはアランからの伝達魔法が朝早くに来たようで、それによると、「レオが酔って具合が悪くなり、公爵家に泊めてもらった。今日の公務はそのまま現地に向かう」ということだった。
レオが、酔う?
グーラートの成人である18歳から飲酒し始めたレオが、酔っているのを見たことがなかった。
もちろん、立場上浴びるように飲む、なんて無茶なことはしたことはないはずなので、そこまでになったら酔うこともあるかもしれないけど、結構強いお酒を口にしても、顔も赤くならずケロリとしていたレオが酔って具合が悪くなる、って想像出来なかった。
「今日は、レオとは別行動なんだが」
レナルド殿下は午前中は、新しい機械を使った繊維工場の視察を、レオは領地経営の勉強会に参加予定だという。
「まあ、アランが常に一緒にいるから大丈夫だとは思うが……」
レナルド殿下もレオのらしくない行動に、ちょっと心配している。
「午後には合流するから、アオイ嬢にも連絡を入れるように言っておくよ」
と、レナルド殿下が気を使ってくれた。
私には「出るな、帰れ」って言うくせに、自分は帰って来ないだなんて。
と、ちょっと思ったけど、さすがに今日は大人しくしていよう、と部屋でリンとレース編みの続きをしていたら、公爵家の執事から「アオイ様に来客です」と言われたのだった。
*****
「あなた……、ハルトとの婚約はいつ決まったの?」
ずーっとお互い黙っていたのに、唐突にダリア様が聞いてきた。
「いつ……。えーと、正式に決まったのはこちらに来る前……10日ほど前でしょうか」
「つい最近じゃない!」
「そうですね……。でも、以前から求婚はされてはいたんですよね」
「きゅ、きゅーこん?ハルトから?」
「ええ……まあ……」
詳しくは話せない。思い返しても色々ありすぎたし。
「あ、あなた、婚約を断りなさいよ!そもそも黒なのに、王族に嫁ぐとか、あり得ないでしょう!?」
ダリア様は涙目になって訴えてきた。
「うーん……。まだ確定はしてないんですけど、どうも元々は陛下がこの婚姻を望んでいたようなんですよね」
「なんですって!?信じられないわ!」
ダリア様の常識はどこで培われたものなんだろう?黒をここまで忌避するのは、過去に何かあったのかな?と思ってしまう。
「あなた、そんな最近決まった婚約者なら……ハルトのこと別に好きじゃないんじゃない?いくら政略だからって、好きでもない人と結婚するなんて……、やめた方がいいわよ!!」
あわわ、なんか暴走し出したよ。
「あの……、す、好き……ですよ……。ちゃんと……」
「嘘よ!」
ええー!即否定!
「ハルトはね……、ハルトは、ずっと好きな人がいるんだから!」
涙目でそう叫ぶように言い放つ。
好きな人……
「学園にいる頃からどんな美人でも、どんな才女でも、ハルトは言い寄られても全然相手にしてなかったわ。一時期なんてアラン様と禁断の関係なのかも、なんて噂が立つくらい」
アランと!!
思わず吹き出しそうになったけど、ダリア様は真剣に言ってるので、堪えた。
「アラン様が話してるのを聞いたことがあるの。ある令嬢のデビュタントをこっそり見に行ったって。学園は長期休暇でないと遠出は禁止だったのよ。それを破って強行軍で行って帰ってきたのよ。あのハルトがそこまでするなんて信じられなかったわ。しかもハルトが学園にいる年齢で相手がデビュタントって、絶対年上じゃない!」
怒涛の勢いでしゃべり続けるダリア様。
沢山の情報が私の頭に入っていかないんだけど……。
「アラン様もあきれていたわ。そこまでして見に行ったのに相手に顔も見せず、お祝いとして虹を作ってあげたって……」
虹。
え。
デビュタントで虹。
「どうやったのか、二重の虹を作って、すぐ帰ってきたって……」
二重の……。
無意識に手が口元を覆う。
熱が顔に集まる。
動きの止まった私に気づいたのか、ダリア様が怪訝な顔で私を見た。
「何?その顔!どういう心境でそうなってるのよ!!」
悪いとは思うけど、もう頭の中は隣にいるダリア様のことは霞んで、甘やかに笑うペリドットしか浮かんでこない。
会いたい―――
古びたドアが急に開いたのは、その時だった……。




