90: もう1人の店員
なんで見なくていいものがすぐ目に入ってしまうのか。
大通りの向こう側を、私とは反対向きに歩いている男女にすぐに気付いた。
街行く人より少し高い背で、金髪をフワフワと揺らしてスタスタと早足で歩くレオの横に、一生懸命付いていくグラナダ公爵令嬢が、レオの腕を掴んでいる。
すれ違う女性はレオを、男性はグラナダ公爵令嬢を目で追っている。
そうだよね。思わず見てしまう、目を引く2人。
レオは彼女を全く相手にしていないのが、この距離からでもわかるけど、掴まれた腕をそのままにしている。
普通なら、公爵令嬢が1人で街中を歩いたりなんてしない。
見たところ、お付きの侍女も従者もいない。そんな状態で、レオが彼女を振り払って1人にしてしまうのは、良くない。
それは分かる……。
けど、レオの腕に添えられた華奢な手を、直視するのが嫌だった。
*****
このあたり一帯は宝飾店やブティックが並ぶ通りで、どこのお店もショーウィンドウには最新の商品を美しく展示している。
なのにこのお店は茶色の無骨な鉄製のドアのみ。
知らなければ素通りしてしまうようなそっけなさだ。
そのドアをサラ様は躊躇なく開けると、中から「いらっしゃいませ」と男性の声がした。
入ると、木材を贅沢に使った重厚な作りのカウンターがあり、その中にいた人物が声をかけてきた。
「お客様、こちらの店はどなたかのご紹介がないとご案内ができないようになっています。誰かご紹介者の方がいらっしゃいますか?」
厳格な執事を思わせるようなキッチリとした黒いスーツを着たメガネの男性が、にっこりと笑った。
「ええ。リンドール伯爵令嬢のマルカ様から、こちらをお預かりしていますの」
そう言って、サラ様は黒い封筒を差し出した。
男性はそれを受け取ると、手の上に乗せてふっと息を吹きかけた。
とたんにソレはシュルシュルと黒い煙になって空気に霧散していった。
「確かに」
男性はそう言うと、「ご案内いたします。こちらに」と私たちをカウンターの横にある通路へと促した。
「わあ!」
部屋に通されて思わず声を出してしまった。
外観やカウンターの重々しい雰囲気とは一変して、その部屋はやわらかな光があふれる明るい部屋だった。
照明ではなく、外から日の光を取り入れているようでいて、直射日光ではない。
壁には小さな引き出しがみっしり並んだ棚と、それ以外はガラス張りになっていて、綺麗にしつらえたお庭が見える。
中央にはガラスのショーケースがあり、その中にはキラキラ輝くアクセサリーが鎮座していた。
宝石の輝きと、外の緑の煌めきが同時に見られる、美しい空間だった。
「こちらにおかけください」
ショーケースの前に置かれた椅子に案内されて、サラ様と一緒に座った。
サラ様の護衛はカウンターに、リンとハヤテは店の外にいる。このお店は小さくて、そんなに人が多く入れないのだ。
「改めまして、私は店主のアークライトと申します。リンドール様のご紹介、ということはこちらの宝飾店がどういったお品を扱っているところか、ご存じだと思ってよろしいですか?」
「ええ。私、婚約者の男性へのプレゼントを見に来たのだけれど、いくつか見せてもらえるかしら?」
「承知いたしました。差支えがなければ、その婚約者様のご年齢や好み、ご身分などをお聞かせ頂ければ、ご提案できる商品が絞れますが」
「それもそうね。彼、グーラート王国の第一王子なの」
さすがにアークライトさんは一瞬止まった。
「マクライド公爵令嬢のサラ様でしたか」
「あら、知っていたの?」
「こういう商売ですので、貴族の方々の情報はある程度は。それに、何人かのご子息がサラ様へのプレゼントに当店をご利用いただいたこともありますよ」
「まあ!そうだったのね。でもわたくし、一つも受け取っておりませんわ」
本気でビックリしている様子のサラ様。
サラ様は結構前から婚約者としてグーラートに来ているけど、それを承知でプレゼントを用意しているどこかのご子息もスゴイけど、サラ様がそれを受け取っていないって、絶対レナルド殿下がどこかで阻止してるってことよね……。
ちょっとレオに通ずるものを感じ取ってしまった……。
アークライトさんは壁の引き出しやショーケースの中からいくつか商品を選び出し、ショーケースの上に置かれた黒いビロードのトレイの上に、カフスボタンやラペルピン、ブローチやイヤーカフなど、男性向けのアクセサリーを次々乗せていった。
サラ様は1つ1つじっくり見て、選びかねているようだった。
「そちらのお嬢様は、何かご覧になりますか?」
アークライトさんが私に声をかけてきた。
丁寧な対応だけど、私が黒ということに注目している雰囲気が感じとれた。
ただ単に珍しいから?それとも何か……。
「いえ……、私は……」
ショーケースの中に目線を落とす。こうして見てみても、精巧な作りの美しい宝飾品には今は何か魔法がかかっているような気配はない。
「お嬢様はご出身は……グーラート王国ですか?」
ふいに聞かれた。
「え?ええ……」
華旺国のことを知らない人にわざわざ教えるつもりはない。
「そうですか。不躾な質問で申し訳ありません」
「いえ……」
なんだろう?と思ったら、カウンターに繋がる通路から「いらっしゃいませ」と、もう1人の店員が現れた。
その人物を思わずまじまじと見てしまった。
まだ、少年……といっていいくらいの15、6歳くらいの若い男性が、アークライトさんと同じように黒いスーツをピシリと着ている。
黒髪は短く整えられていて、黒い瞳は私をじっと見ている。
彼も私をちょっと驚いた顔で見つめてきた。
それまで、ずっと被っていた帽子を取る。
ハッ、と小さく息を吸い込む音が聞こえた。
「こちらはナナト。彼が宝飾品に加護を付与します」
アークライトさんが、私に説明してくれた。
「あの……、俺、あっ、私は……、自分以外の黒の方にあまりお会いしたことがなくて……」
セラトはグーラートよりも黒の割合がかなり低い。潜伏させている華旺国の者達も、普段は黒ということを隠している、とタカユキ様からも聞いた。
「もしかして、ご先祖のどなたかが黒でしたか?」
私を見ても、誰だか分かっていない。更には他の黒にもあまり接触してなさそう。ということは、彼は自分のルーツを知らないのでは?と推測した。
「そ、それが……。実は私は孤児でして。魔力の強さと特技を見込まれて、アークライトさんに引き取られたのです。なので、自分の両親もわからなくて……」
「まあ……。そうだったのですね。失礼致しました」
「野良」だ。
たまにいる、とはフヨウ兄さまから聞いていた。
華旺国の者達は、各国に散っている。
シンのように諜報で国を巡るものや、商売のために旅する者、定住する者。仕事柄だけでなく、自らの意思で国を出て、外国で暮らすものもいる。
そうやって散って行った先で、家族を作るものももちろんいる。それでも大抵は何らかの形で華旺国と繋がっていて、いざというときには連絡を取れるようにしてある。
でも、たまにそこから外れてしまう人がいる。
幼い頃に黒の両親とはぐれたり、死に別れたりして孤児になってしまったり、事故や何らかの原因で記憶をなくしていたり、状況は様々だ。
そういう人のことを、隠語で「野良」と呼んでいる。
でも別に野良を見つけたからといって、何かするわけではない。
平穏に暮らしているならば、わざわざ波風立てるようなことはしない。
華旺国に害をなすような者でなければ、何もしないのが通例だった。
「ナナトは、自分のルーツを知りたがっているのです」
アークライトさんが、言った。
「周りにはあまり……というか、ほとんど髪や瞳が黒い人はいなくて……。だからこそ、この色だけでどこの出身かがわかるかもしれない……と、思っていたのですが……」
「そうですね……。もちろん、私の身内には黒の色彩の人はいますが……」
どうしよう。ここで突然華旺国のことを話せないし、このナナトっていう子が、本当に自分の祖国を知りたがっているのか、はたまた本当に黒なのか、今は判断がつかないな……。
「これにするわ!」
私達がこちらで話している間にも、サラ様はプレゼント選びに悩まれていたようで、それが決まったらしい。
見せてもらうと、それはレナルド殿下の落ち着いた金の瞳と同じような色合いの、明るいトパーズがついたラペルピンだった。
「まあ、素敵」
「こちらに致しますか?」
サラ様は満足げに頷くと、私を見て言った。
「レオンハルト殿下には何か選ばれないの?」
実はレオにプレゼントらしいプレゼントをあげたことがない。
「始めての外交記念に、なんて、どうかしら?」
サラ様に言われて、ちょっと乗り気になった私は、片側だけのピアスを選んだ。
レオは護符もかねて、右に三個、左に二個のピアスをしている。なので、二つ揃ってなくてもうまくコーディネートしてくれるだろう。
「ふふふ、アオイ様はその色を選ぶのね」
サラ様に笑われた。
「こないだの夜会の仕返しです」
「お返しじゃなくて仕返し?でも、レオンハルト殿下なら、逆に喜びそうね」
言われて、「確かに」と思ってしまった。
目の前に用意された小さい箱に入っているのは、ブラックダイヤが一粒キラリと輝くシンプルなピアスだった。




