88: 犯人
「レオンハルト殿下!」
タカユキが去った後に近づいてきたのは、マルクスだった。従者も連れず、1人でいる。
「来てたんだな。今のは誰だ?アオイの関係者か?さっきレナルドとは会ったんだが……」
「先日は、我が婚約者をエスコートして頂き、ありがとうございました」
あまり歓迎したい相手じゃないので、あからさまに被せぎみに言った。
それを全く気にせず、次の言葉をズバリと言った。
「犯人はわかったのか?」
「?、何の話ですか?」
後ろに控えているアランも微動だにしない。
「王宮で捉えた賊が言うには、本当は単独だったのに、新手が現れて、金髪にやられた、と。証言した」
「マルクス殿」
この、飄々とした男は油断ならない。
妙に距離感が近いかと思えば、ぬるりと確信を付いてきたり、ふいに脇をすり抜けられたりする。
「アオイは無事なのか?」
「ですから、何の話ですか?」
「ふむ。ここでは話せないな。商談用にいくつか小部屋が用意してある。そこに移動しよう」
まったく人の話を聞かない。いや、わざと聞き流しているのか。
有無を言わせない強引さで、結局マルクスと共に小部屋に移動させられた。
「何か、お入れしましょうか?」
部屋はソファーとテーブル、ワゴンがある程度の簡易的な部屋だった。ワゴンには茶器やグラスと共に、数種類の酒類が用意されていて、アランがグラスを用意しつつ聞いてきた。
「私にはブランデーを。ところで、なぜアオイが狙われたのか、わかっているのか?黒だからか?」
マルクスは、前置きなど無くズバリと聞いてきた。
「夜会で賊が出たことは知っています。マルクス殿はなぜその犯人を知りたがるのですか?」
アランは俺には無言で赤ワインを入れてくれた。
「これでも辺境伯に任命される前は、城の警備を統括していたんでな。というのもあるし、実はマーキス殿下から捜査を頼まれたのだ」
「殿下が?」
夜会で、にこやかにレナルドと挨拶していた男を思い出す。
すでに既婚だが子供がいないマーキスは、陛下の歳を考えるともう世代交代しても良さそうに思えるのだがいまだにしていない。
そんな彼は革新派で、この交流会の企画や、黒に対する偏見への対応、新しい事業への補助金や法律の改正等、かなり積極的だと聞いた。
自国の夜会で招待客の他国の令嬢が襲われた……しかも差別的な意味合いで、となると、そんな殿下がかなり力を入れて捜査するのもわからないでもない。
でも、王宮内のことなのに、わざわざ辺境伯とはいえ外部のマルクスに捜査を頼む、という不自然さに何か違う意図がありそうで、ワインに伸ばした手の甲からチリチリするような嫌な感じが腕を伝って這い上る。
「もう1人、捕まえているんだろう?そちらの情報をくれたら、こちらの情報も教えよう」
マルクスが真っ直ぐ俺を見て言った。
はぁ、とタメ息をついて観念した。
「死なれた」
ブランデーを飲む手が止まった。
「1人、ぶっ飛ばして、もう1人から話を聞こうと思ったら、周りが騒ぎ出したので、拘束して放置した。それを王宮は拾ったんだろ」
「ぶっ飛ば……」
「明らかに力の差があった。まずは強い方を叩いた。で、後で回収して話を聞こうとしたら、死なれた。そこの詳しいことはアランに聞いてくれ」
後ろに控えていたアランが、俺の座る椅子の脇に移動する。
マルクスが「詳しく話してくれ」と言うので、説明はアランに任せた。
「レオンハルト殿下がぶっ飛ばした時点で、死なない程度に動きは封じていて、意識はありました」
アオイの上に乗っていた奴は、瞬間移動したかのように横の繁みにぶっ飛ばした。
アオイはもちろん、仲間(だと思ってた)にすら見えていなかったとは思うが。
カサリとも音がしなかったので、そちらは後でいいか、と放置してもう1人を片付けた。
アオイを連れて部屋に戻った時、アオイには気付かれなかったがアランに合図を送った。
そうして、アランが無事賊を回収して、夜通しかけて話を聞いたのに、少しも吐かなかった。あげく、朝気づけば勝手にこと切れていたのだ。
「黒を忌避する奴らだということは分かっていました。アオイ様に「黒、こんなところに潜り込んで、何をしている」と言ったそうです。そして、確かに王宮が捉えた賊とは別だったと思います」
「それはなぜ?」
「そちらはニセモノの警備の服でしたが、こちらが捉えた賊は、全身黒の飾り気のない動きやすい服でした」
「それは……、方針がだいぶ違うな」
片や会場にいてもおかしくないように、片や闇に紛れるように……。
「こっちは黒というよりアオイを排除したかったようだ。そして、もう一人のことは知らない、と言っている」
「かばっているのではなく?」
「最初はそう思っていたのだが、どうやら本当に現場でかち合って、更にターゲットも同じだったようでな」
アオイを、この国に連れてきたのは間違いだったのかもしれない、と思い始めてきた。
「君たちはいつまで滞在予定なんだ?」
「あと4日は公爵家に滞在予定だが……」
「アオイだけでも先に帰国させては?」
……確かにそういう手もある。元々、俺が無理矢理連れてきただけで、アオイ本人には重要な用事があるわけではない。
でも、何か……離れてはいけない気がする。
これが、ただの俺の予感なのか、黒の蝶の伴侶となったからなのかはわからない。
「いいか?レオンハルト殿下は多分分かっていない。このセラトでは黒が少ないこともあるが、「黒」というのは畏怖であり、憧れであり、崇拝の対象なんだ。それぞれの信仰や思想で反応はまちまちだが、特別なことに変わりはない。グーラートでは忌避の対象なのかもしれないが。しかも彼女は君の……グーラート王国王子の婚約者だ。王国が認めた、ということは彼女はそれなりに身分も能力もある、と認められていることになる。そのくせ正式発表はされていない。これが、この国の連中にどう捉えられるか考えたか?」
ザアっと頭の中で色々な可能性が駆け巡る。
マルクスが何を言いたいのかだんだん解ってきた。
「だから?周りがどう考えようが俺はアオイを手放したりしない」
「だろうな。俺だって冗談や酔狂でアオイが欲しいと言っているつもりはない。しかし、この国の一部の人間には、金の卵にも見えるし、厄災のようにも見える。そして、俺も非常に困惑してるんだが、陛下がアオイをマーキス殿下の愛妾にしようとしている」
「………………は?」
あまりのことに絶句した。
「マーキス殿下本人は全然そんなつもりはない。いくらお子が出来ないからといって、妃であるユーリア様を大事にしている。はずだ」
「なんだその、曖昧な表現は!」
「俺は普段は辺境の城にいて、王都の情報は遅れて届くんだよ。つまり情報に疎い。でも、この数日王宮にいても殿下夫妻が不仲だという話も聞かない。ただ、この国では結婚して子供が三年できないと離縁していい、っていう暗幕の了解みたいなことがあって……」
「マーキス殿下夫妻は結婚何年目だ?」
「五年目」
「それで?アオイを妾にする目的は?」
「魔力……。だと思われる」
マルクスが言うには、マーキス殿下は陛下の思惑に気付いていて、それに乗るつもりはなく、それ故アオイのことを王宮内の陛下の手のものではなく、マルクスに頼んで調査を進めたい……らしい。
ということは、マルクスはある程度マーキス殿下からの信頼は厚い、ということだな。
「それで、魔力のある子を授かるためにアオイを……ってことなのか?」
「マーキス殿下のパートナーであるユーリア妃は大人しい方でな。陛下から愛妾を認めろ、などと言われても従いそうなんだよな……」
そりゃあ、子供が出来ない引け目で断れないだろうことは想像がつく。大人しければ尚更だ。
「そして、レオンハルト殿下。あなたも狙われている。……ああ、命とかそういうことではなく、結婚相手として、だ」
「はぁ!?婚約者を連れて堂々と夜会に参加しているというのに?」
「そこだ。その、婚約者はまだ正式発表されていない。軍の会議でレオンハルト殿下の評価はうなぎ登りした。三男だし、うまくやればこちらの貴族の婿に、と考える輩がいる」
「ふざけんな」
「そういう奴らにも、アオイは目につくのだ」
マルクスが真っ直ぐ俺の目を見て話す姿勢からは、真剣にアオイのことを心配しているのが、分かった。
「アラン、帰る」
「はい。って、ええ!?」
俺の周りにキラキラとした魔法が現れる。
これが何の魔法なのかはアランにはすぐに分かっただろう。
「レナルドに言っておいてくれ」
「わかりました」
ちょっと投げやりな返事だぞ。
「マルクス殿。あなたは、アオイを本気で欲しいのですか?」
最後に聞いてみた。
「ああ。だからこそ、今、変な横やりで彼女を害する奴らが現れるのは困る。そして、それらを排することが出来るのは、レオンハルト殿下、あなただと思っている」
その言葉を聞いてから、アオイの元に飛んだ。




