87: タカユキ(レオンハルトsaid)
「くっそ、つまんねぇ!うんざり、帰りたい。アオイのところに行きたい」
「殿下!本音だだもれてますよ!!」
隣でアランが小声で言ってくる。
会議がやっと終わって、マクライド公爵家に移動して、やっと少しはくつろげるかと思ったら、早速連れ出された。
まあ、今回のセラト国行きは、俺のお披露目を兼ねているから、会議以外の有益な集まりにはなるべく顔を出しておかせよう、っていうレナルドのもくろみは分かる。
分かるんだが、やっとアオイとなんのわだかまりも体裁も気にせず一緒にいられるようになった矢先に離されるのが辛い。
夜会で見たドレス姿が目に焼き付いて離れない。
今まで散々送ってきたドレスは、着ているところを一度も見せてもらえず、クローゼットに直行していたことを知っている。
だからこそ、俺が送った、俺の色を纏ったアオイを見て、感動すら覚えた。
顔が緩んでいた自覚もある。
でも、あれはしょうがないだろ。
いつもは壁の花で会場の隅っこにひっそり佇んで、俺が声をかけるとすぐ帰ってしまうアオイが、眩しいシャンデリアの下で、背筋をスッと伸ばし華奢なうなじも露に艶やかに存在してるのを見たとたん、俺の心臓は跳ねた。
やっぱり美しい。
薔薇や芍薬のような大輪の華やかな花ではないけれど、百合や睡蓮のような凛とした秘めた強さを感じさせるオーラ。
周りから際立っているのに、本人はまるで気づいてもいない。
最初からエスコートできなかったのは悔やまれるが、グラナダ公爵に押しきられてしまったからな……。
「殿下、何やらものすっごく見覚えのあるお方があちらにいらっしゃるのですが?」
会場を見渡したアランが、俺にしか聞こえないように言った。
「これからの未来を担う若者同士の交流」が目的のこのパーティー。
主催者は王太子であるセラト国の第一王子マーキス・レイ・セラト。
会議の夜会ほどの広さはないが、王宮内の別のホールで、招待客は基本的には公爵家や伯爵家などの貴族の跡取りがメインで、裕福な平民も紛れているようだ。
しかしそこは王子主催。
怪しいような人種はおらず、皆、人脈作りや商売販路の開拓やらで、活発に交流している。
交流が目的だから、ダンスなどはなく、女性を同伴している人は少ない。
レナルドも着いたとたん、知り合いの公爵令息に引っ張られて連れて行かれた。
そんな内容なだけに、若者ばかりってわけでもなく、壮年の何事にも経験豊富そうな男性もチラホラいる。
その中に、黒髪黒目の見覚えのある細い男性がいた。
それでなくても細い目を細めて、ニッコリ笑いながら真っ直ぐこちらに向かってきた。
「何やってんですか?姿が見えないと思ったら」
「ちょっと報告と調査をね。入国するのに楽だったから一緒に来させてもらったけど、その後フラフラしてて悪かったね」
入国して、王宮に宿泊してるまでは把握していた。
アオイや双子を部屋に閉じ込めておいたものの、このタカユキだけは自分でヒョイヒョイとどこかへ出掛けていたようで、とりあえずそのままにしておいた。
公爵の屋敷にはついてこなかったので、どこかにアテがあり、まだ国内にはいると思ってはいたが、まさかここに現れるとは……。
「で?俺はもうお前達を使う権利はあるのか?」
わざと尊大な態度で聞いてみた。
タカユキはゆったり笑うと
「ご命令であれば、なんなりと」
と、口調を変え、完全に服従の礼をしてみせた。
「何を誰に報告して、何を調査していた?」
「まず、報告は散らばっている黒に「黒の蝶がつかまった」―――と」
それは俺にか。思わず苦笑した。
「シンやハヤテからお聞きになりましたか?かの国の王族に女子が産まれると、諜報に力を入れると」
「ああ。聞いたな」
「シンのように団体で移動する場合と、単独や少人数でひとところに拠点を持つ者といまして。今回はセラト国にいる黒達に、報告を」
「なるほど。それは蝶がつかまっても、そのままか?」
「ご随意に。使うことも出来ますよ?」
ニッコリ笑ったタカユキを見て、ゾワリと鳥肌が立つ。
セラト国にいる黒達、と言った。
共和国にも、もちろんグーラートにも、近隣の国々にそれぞれ散っているのだ。只人ではない、魔力持ちが。
グーラートも各国に魔力持ちの影を放ってはいるが、華旺国の者達と比べたら能力は段違いに低い。
そんなつもりは毛頭なかったが、アオイを手に入れたことで得たものの大きさを実感して、畏怖と同時に妙に高揚する。
なるほど。迂闊な奴がこの座についたら、とんでもないことになるな。
これを欲して誘拐だのなんだの起こるわけだ。
なのに選ばれるのは権力者ではなく、蝶の望む者―――。
「とりあえずはそのままに。で、調査とは?」
「何者かが若い女性を誘拐して、アダナン国に売り飛ばしているようで拠点がセラトにあり、それに黒が関わっている……という噂がありまして」
「アダナン?」
三国とは大きな山脈を越えた先にある小さな国を思い出す。確かあそこは奴隷制度があった……。
あまり大声では話せない内容になってきた。
「詳しい話は後日聞いてもいいか?タカユキはその調査は終えたのか?」
「いえ……。まだ途中ですので、後日報告でもかまいません」
「セラトにいる間に聞こう。……そういえばお前達は連絡手段はどうしてるんだ?」
「基本は、書簡ですね。双子みたいなのは特殊です。書簡の届け方は、普通に一般の配達人に頼んだり、足の早い誰かが届けたり、動物を使ったり……。あまりに緊急の場合は、私が」
なるほど。
「ああ、レオンハルト様にも覚えて頂かなくては」
「?」
「書簡は数種類の特殊な文字や記号を使います。数十種類を使い分けているので、覚えないと読めません」
マジか。
「アオイ様でも半分くらいでしょうか。そのくらいでも事足りますが……」
続きを言わないあたり、全部覚えろってことだな。そのくらいでないと、黒を使うに価しないってことか。
「因みにタカユキは?」
珍しく、ニヤっと不適な笑いを見せた。
「一応、諜報の総統括を任されておりますので」
それを先に言えよ。
「シンも全て習得しております」
こいつ……。
「先ほどの件は、完全にこちらの話ですので、報告は致しますがレオンハルト様の手をわずらわせることもありませんので、あしからず」
そう言って、スッと去ろうとするタカユキの後ろ姿に声をかけた。
「叔父上、水くさいことを言わないでくれ。そちらも俺の身内だろ」
ピタリと背中が止まった。
「フィオレンツィアを泣かせてる時にはどうしてくれようかと思いましたが、貴方ならそう言うと思いましたよ」
振り返ったタカユキに、不適でもなく、作り物でもない、素の微笑みを返された。
あまり接する機会の少なかったタカユキが、親バカならぬ、叔父バカだったと思い出した。
そうだった。
最初に、アオイを引き離しにきたのはタカユキだった。
でも、今の表情はそれこそ身内にしか見せない彼の本当。
「逐一、報告を頼む」
「御意に」
本当に、アオイは家族に……国に愛されてんな……。
俺だけのアオイにしてしまいたいのに、そういうわけにも行かないとつくづく思う。
思い出したら会いたくなった。
帰ったら、寝顔を見に行くくらい許されるだろうか?




