86: 2つのお茶会
年末年始と忙しく、だいぶ間が開いてしまいました。未完放置にはしたくないので、細々とでもがんばります!
夫人のお茶会は温室に用意されていた。
お城のように大きいこのお屋敷は、本邸の両脇に別館がコの字型に配置された造りで、その真ん中に庭園と大きな温室がある。
温室は天井がドーム型になっていて、周りはガラス張り。中に入ると暖かく、ちょっとムワっとしているのは湿度を高くしているようだ。
グーラート王国でも温室を持っている貴族のお屋敷はあるけれど、ここまで大きな温室は見たことがない。そして、中はこれまた見たこともない大きな葉っぱの植物が沢山植えられていた。
レオにも珍しい植物なようで、興味深そうに周りを見ている。
「ここはね、先々代の当主が造った温室で、珍しい南国の植物が植えられているの。栽培法がやっぱり特殊でね、植物だけでなく庭師まで南国から連れてきちゃったのよ!」
朗らかに話すのはレイチェル夫人。見た目もお若いし人柄もおちゃめでかわいらしい方だ。
レナルド殿下は「マクライド公爵夫人」と呼んでいたが、正確にはマクライド公爵は代替りしていて長男のデレク様が現公爵だと聞いた。
代替り前からお付き合いのあるレナルド殿下は、呼び方がそのままだと言う。
「でもぉ、南国の植物って結構見た目気持ち悪いのが多くないですか?私、怖くって、夜にここには近づけないんですぅ」
話に水をさすのは、サラ様とは従姉妹にあたるというエレナ・マクライド様。確か17歳と言っていた割には中身が幼いような。
エレナ様の父親であり、現公爵の弟であるエドガー・マクライド様も、三国会議に出席していたようで、会議開催中はこちらのお屋敷に滞在中、ということだった。
って、エレナ様は紹介された時からずっとレオをガン見なんですけど。
まあ、ね。これだけキラキラしい、いかにも王子様!っていう容姿を間近で見たら、目が離せなくなるよね。
でも、グーラート王国では群がる令嬢達を胡散臭いキラキラした笑顔で対応していたレオが、エレナ様に話しかけられても無表情で、まともに返答しない。
そのくせ私には「アオイ?もっとクッキー食べるか?」とか言いながら椅子を寄せて来る。
ち、近い……。近いよ、レオ。
「全く、グーラートの王族はこんな人ばっかりなの?」
と、呆れを隠さず言ってきたのはサラ様のお姉様であるシアラ様。
サラ様と同じピンクブロンドの髪を既婚者らしく大人っぽく結い上げ、落ち着いている。
嫁ぎ先も同じセラト国の公爵家だそうで、普段は領地にいるものの、サラ様が帰国すると聞いて、しばらく実家に戻って来ているそうだ。
公爵家は長女のシアラ様、その下の跡継ぎで長男のスコット様、そしてサラ様の三姉弟。
現当主でいらっしゃるデレク・マクライド様と嫡男であるスコット様は、まだ会議の余波で仕事が終わらず、このお屋敷に戻ってくるのは夜になるという。
シアラ様の目線と同じく、隣にいるレオと、サラ様の横にピッタリくっついているレナルド殿下を見た。
「サラ、お茶のおかわりはいる?」
「ありがとう、ルド。でも、もうお腹いっばいよ」
そう言われているけど、レナルド殿下はサラ様に新しいお茶とクッキーを用意してあげている。
おかしいな。最初、椅子は等間隔に置かれていたのに、レナルド殿下はサラ様の横にピッタリくっついている。
当たり前のように甲斐甲斐しくレナルド殿下がサラ様のお世話をしているし……。
もちろんこの広い広い公爵家には先ほどから沢山のメイドさんや従者、執事の方もいて、手が足りていないわけではない。
そして私の隣にも同じようなことをしている人がいて―――。
「ふふふ。レナルド様は相変わらずなのね」
レイチェル夫人は何も気にしていないようで、続けてみんなのこれからの予定を確認しだした。
「デレクとスコットは夜に戻ると思うわ。レナルドとレオンハルト殿下は今夜は別なのでしょう?」
「そうなんです。セラト国の貴族の跡継ぎ達の集まりがあるそうで、そちらに2人共招待されていまして……」
レナルド殿下が申し訳なさそうに言った。レオはめちゃくちゃ行きたくなさそうな顔をしていた。
*****
夕刻になり、渋るレオをレナルド殿下が強制的に馬車に乗せて、出掛けて行った。
もちろんカイル様とアランも一緒だ。
夜会のことがあったので、レオは私に「今夜は絶対外出しないこと!」と念を押した。
もちろん出掛けるような予定はないし、リンとハヤテも話を聞いてから普段よりピリピリしている。
とはいえ、さすがに公爵家ともなると警備も厳重。夜会では不特定多数の出入りがあったから、隙があったのかもしれないけど、身内のみのこのお屋敷では賊も侵入しづらいだろう。
夫人が「初日ですし、気をつかわないよう今夜はお部屋で晩餐をご準備させますわ」と言ってくれて、リンとハヤテと3人分の夕食を私の部屋に運んでくれるよう指示してくれた。
普通なら、従者として付いてくれてる2人と、私の食事を一緒に、とはならないのに、何も言わずに同じものを同じ部屋に用意してくれたのは、多分レオが手をまわしてくれていたのだろう。
そうやって、私の知らない所で私のために気を回してくれるレオを思ったら、胸元がキュンとした。
公爵家の侍女達が食器を片付けるのを、リンとハヤテも手伝って片付いた頃、サラ様が部屋を訪ねてきた。
何事かと思ったら、食後のお茶に誘われた。
*****
「いつも男性方は晩餐の後、お喋りするじゃない?それを女性がやってもいいじゃない!とお婆様が言い出して、このお部屋を作ったのよ」
と言って案内されたおへやは、女性の好みそうなエレガントな内装に、ゆったりくつろげるようなソファーに、お茶やお菓子を十分に置けるようなローテーブル、普通のお部屋なら無い小さなキッチンまであって、本当にお茶を楽しむためのお部屋になっていた。
「女子だけよ」というサラ様にハヤテは追い出され、リンとサラ様の侍女だけが入室出来た。
「やっと2人でお話できるわ!実はずっとルドに止められていたのよ」
入れてもらった香り高いお茶を飲んで、一息ついたところでサラ様に言われた。
「私と話すことを?」
「そうなの。あそこはちょっと事情が複雑だから、正式に決まるまではそっとしておいてやれ、って」
レナルド殿下がそんなことを。
殿下なりに弟のことを思案してくれていたんだな、とちょっとありがたく思った。
「ね?私、詳しくは知らないの。レオンハルト殿下との馴れ初めを聞きたいわ!」
無邪気すぎる質問に、私達のごちゃごちゃな歴史はなかなかにヘビーな話かもしれない……、と思って、だいぶはしょって説明した。
「そうだったのね。私達よりもっと小さい頃から……。ずっとレオンハルト殿下の溺愛ぶりを聞いてはいたけど、こないだの夜会では目の当たりにしてこっちが照れちゃったわ…」
ひえ!ずっと聞いてはいた、って何?
嬉しそうに笑うサラ様は、続けて信じられないことを言った。
「いつもは無表情のレオンハルト殿下が、アオイ様の前だけでは表情が緩むものだから、見ていて微笑ましいやら、照れちゃうやら……」
「?」
ん?無表情?
「えっ?やだ、分かってないの?」
確かにセラト国に来てからは、国外だからか表情が固いなとは思っていたけど……。
「え、だって、夜会ではいつも令嬢達にキラキラしい笑顔を振り撒いて、沢山引き連れていたじゃないですか……」
「夜会だけだったじゃない」
2人して顔を見合わせる。
サラ様は困惑の表情。
「も、もしかしてずっと気づいてなかったのね……。そうなのね……」
「えっ、と……。どういうことでしょうか?」
私の中では、レオは胡散臭いながらもキラキラとした王子様の顔で、令嬢方をいいように侍らせていた……、って感じなんだけど……。
「夜会の時だけだったのよ。レオンハルト殿下が自分の周りに女性を近づけていたのは」
「は?」
思わず間抜けな声が出てしまった。
「令嬢方もそれを分かっていたから、普段は近寄れない殿下に近づくチャンスとばかりに沢山群がっていたのよ」
「えええっ!?なんで……」
言いかけて、気付いた。
多分、私だ……。
レオが学園を卒業して、夜会に参加するようになってから、何度かエスコートを申し込まれた。それをことごとく断って、その後のお誘いも断った。
当時は学園帰りの見目麗しい王子に注目が集まっていて、そんな状態のレオに黒の私が近づけるわけなかった。
「もう、いいから!私を誘わなくて。他のご令嬢方とご歓談下さい!」
多少、イラついていたことは認めよう。
急に人気が出たレオに戸惑っていたのと、何のわだかまりもなく群がる令嬢方に嫉妬していたのだ。
私はただの友人ですらいられなかったから。
確かに言われてみれば、レオを突き放した後から彼はあのキラキラしい笑顔で令嬢方に対応するようになったんだ……。
誘われなくなってホッとしたのと同時に、モヤモヤした気持ちも高まって、レオに話しかけられてもつっけんどんな反応だったかもしれない。
今にして思えば、レオが令嬢方をかまうことで、私に注目が集まるのを防いでいてくれたんだ……。
そうやって、昔からレオは私を守っていてくれた……。
「アオイ様?大丈夫?ごめんなさい。私が余計なこと言ったから……」
「いえ!いいえ……。私が、私がレオとのこと、ちゃんと向き合ってなかったから……」
逃げてばかりで、レオがどれだけ私を大事にしてくれていたか、今頃になって気付いた。
顔がジワジワ赤くなる。
サラ様がふんわりと笑った。
「良かった……。アオイ様はちゃんとレオンハルト殿下のことお慕いしているのね」
益々顔が熱くなる。
「わ、私もレナルド殿下とサラ様のお話、聞きたいです。ものすごい電光石火のように連れて来た……、とレオからは聞いてますが」
「ウフフ!それはまた今度にしましょう。すっかり遅くなっちゃったわ」
確かに、夕食後のお茶会だったからいい時間だった。
「ルドがセラトにいる間は私もいるわ。一緒に帰るつもり。どうせ男性方はまだまだお仕事で忙しいわ。女性は女性で遊びましょう」
ニッコリ笑ったサラ様が次の約束をしてくれた。
兄しかいない私は、お姉様ってこんな感じかしら?とちょっと嬉しくなった。
自分の部屋に帰る途中、サラ様に聞いてみた。
「あの……、サラ様?昼のお茶会の時ですが……、レナルド殿下っていつもあんな感じなのでしょうか?」
戸惑いながら聞いてみた。聞かずにはいられなかった。
レオはかなりスキンシップが多い方ではあると思う。
周りを気にせずかなりな密着度なのは、私が逃げまくった、その反動だと思っていた。
更には先日の夜会でのレナルド殿下とサラ様も、横から見ていて照れるほどの密着は、他の貴族達への牽制だと思っていた。
けど。
お茶会の時のレナルド殿下は、レオと同じレベルくらいにサラ様に密着していた。
「ね。あれはグーラートの血なのかしら?カイザー陛下もアリアーナ様にすごいのよ」
クスクス笑いながら当たり前のようにサラ様は言った。
あの、陛下が、あんな状態?
と、思わずサラ様を見る。
「えっ、ウォルター様……も?」
「そうねぇ、4人の中ではまあ、マシな方かしら」
「マシ……」
ちょっと遠い目になった。




