85: 信じられない (ダリアsaid)
信じられない!
黒が王宮にいることすら、信じられないのに、更にはハルトのあの態度。
学園にいた頃は、人目を引く整った顔が常に無表情で、たまにアランとの会話で、フッと表情が緩むのを見れたら運がいい、とまで言われるくらい感情を出さない人だったのに。
あの黒を見たとたん、あんな……、あんなに溶けたような甘ったるい瞳のハルトは見たことがない。
それに、他人に触れられるのを極端に嫌がっていたのに、あの黒には自ら近寄って行くなんて。
あんなの、ハルトじゃない!
黒は魔力が強い、と聞いたことがある。
絶対、何かの魔法でハルトを操っているんだわ。
4年間、会わない間に何かあったに違いない。
正式な婚約者?
そんなバカな!
レナルド殿下や国王陛下すら操られていると言うの?
婚約なんて、渋るお父様を説得して、卒業してからずっと申し込んでいたのに、色好い返事はもらえなかった。
グーラート国内の貴族令嬢も、学園で見初めた他国の権力のある貴族からも、沢山ふってくる縁談を全て断ってるって聞いていたのに、どうして突然婚約者が現れるのよ!
*****
「お父様!レオンハルト殿下のエスコート、約束してきてくれたんですわよね!?」
会議が閉会して、お屋敷に戻ってきたお父様に開口一番に聞いた。
「おお!ダリア!お前、先見の明があったのだな。見た目だけに騙されてキャーキャー騒いでいるだけかと思っていたのだが……」
「どういう意味ですの!?」
「あの第三王子、国の筆頭魔導師だと知っていたのか?」
「えっ?」
なにそれ?
確かにハルトが魔法を使えるのは知ってる。
だけど、魔法の授業にほとんど出てなくて、単位も必要最低限しか取ってないんじゃないかしら?っていうくらい魔法を使ってるイメージがない。
「ダリア、レオンハルト殿下と本当に結婚したいのか?」
「お父様!私、前々から言ってるじゃないですか!レオンハルト殿下に婚約を申し込んで下さい、と!」
「最初は、お前が強く望むなら、三男だし、こちらに入婿として来てもらってもいいかとも考えた。しかし、あれだけ沢山の縁談を断り、更に会議での様子からグーラート王はあの三兄弟を国から出す気はない。そうなると、お前、あちらに嫁ぐことになるが……、王族に入る覚悟はあるのか?」
覚悟……。
ハルトと結婚したい、とは思ってた。
けど、そこまで考えてなかったことに気付いた。
「も……、もちろんよ」
そう言ったものの、お父様が難しい顔をして私をじっと見る。
「……とりあえず、レオンハルト殿下のエスコートは取り付けた。但し、会場に入るまでだと言われた。公にはしていないが婚約者がいて、今回同行しているそうだ。かなり譲歩してもらったからな。粗相のないように」
「はい……。ありがとうございます」
「お前が、レオンハルト殿下を射止めることが出来るなら……」
お父様はその続きを言わないまま、自分の執務室へと入ってしまった。
*****
昨晩、衛兵に「不審者がいる」と身分を隠して申告したけど、今朝は何事もなかった。
きっと、うまく躱されたんだわ。
どうやったらあの黒を排除できるのかしら。正攻法ではダメってことかしら。
などと考えていたら、夜会の入場前、ギリギリになってハルトは控え室に迎えに来てくれた。
「ハルト、ちゃんと話すのは久しぶりね。元気だった?」
「ああ」
懐かしいフワフワの金髪に神秘的な黄緑の瞳。4年前よりグッと大人になって、美しさと共に男性の色気や、精悍さが滲み出ている。
漆黒の衣装は金髪をとてもよく引き立てていて、ストイックさもあって格好いい。
相変わらず無愛想だけど、このクールさがハルトだなぁ、と実感した。
会場に入る前に初めてお会いした、ハルトのお兄さんであるレナルド殿下も、ハルトほどではないけれど、美形だった。
ハルトとはまた違ったタイプで、落ち着いた大人の魅力に溢れていた。
隣にいるサラ・マクライド公爵令嬢はセラト国の貴族令嬢の間では有名人だ。
セラト国の王太子の婚約者候補だったのに、外交で訪れたこのレナルド殿下に見初められて、あっという間に婚約者としてグーラート王国へ「王妃教育」という名目で連れていかれてしまったのだ。
王太子の婚約者候補は他にも数人いたから、国家間で揉めるようなことにはならなかったが、あまりの素早さにセラト国はもちろん、グーラート側もてんやわんやだったらしい。
当時、私は小さかったけど、それでもその話を聞いて、まるでおとぎ話の王子様のようだ、と思ったものだ。
それを、この人が……。
思わずレナルド殿下を見てしまう。
ものすごく大切な壊れ物のように、サラ様の腰を抱くレナルド殿下は、とても穏やかで満ち足りているかのようにその微笑みをサラ様にだけ向けていた。
サラ様も、うっとりと隣の美丈夫を見上げ、完全に2人の世界に入っていた。
その艶やかな光景に、入場待ちの貴族達が顔を赤らめたり、目をそらしたり、若い令嬢は憧れの目線を向けてたりしてるのを2人は気付いているのだろうか?
ふと隣のハルトを見ると、全く私のことを見ていない。腰どころか、手すら添えられてもいない。
この態度が、学園の頃から知るハルトの普通だとわかってはいるけど、目の前の2人の親密さを見てしまうと、やるせない気持ちになる。
「ご入場になります」
案内役の衛兵が会場の大きな両扉を開ける。
スッとレオから差し出された手に手を重ねる。
「グラナダ公爵令嬢、入場までしかエスコート出来ない。公爵とそのように約束した」
「わ……、わかっております」
温度のない声と手。
他人行儀なその接し方。
無理にお願いした、とわかってはいるけど……。
入場すれば、案の定会場の目線はハルトに集中する。
元から人目を引く容姿なのに、正装で堂々と歩くハルトはとても輝いて見える。
このまま彼の隣にいたい、と強く思った。
来賓の中でも位の高い王子達なので、会場の上座まで移動した。
とたんに、ふっと手を離された。
ハルトは無言で私に軽く会釈して、レナルド殿下へ近づき、何かを伝えるとさっさとその場を後にした。
「グラナダ公爵令嬢」
ハルトの行き先を見ていたら、レナルド殿下から声をかけられた。
「レオンハルトのエスコート、最初だけですまないな」
「い、いえ。そういうお約束だったと聞いています」
ゆったりとした仕草や喋り方なのに圧に押される。
ハルトを見れば、黄緑の美しいドレスを着た女性に一直線に向かっていく。
あの「黒」だ。
隣には、揃えたのか深緑の衣装を着た体格の良い男性がいる。あれはマルクス・ハーウィー辺境伯だったと思う。
「以前から、何度もレオンハルトに婚約を申し出てくれていると聞いている。だが……」
レナルド殿下もサラ様も、2人とも私と一緒にハルトの動きを見ている。
ハルトは黒に近づくと、スルリと自ら彼女の手を取って、手の甲にキスを落とした。
私の方からはその表情が見えない。
けれど、周りの反応からも、彼女が真っ赤になっていることからも、なんとなくどんな表情をしているのかわかった。
「レオンハルトはあの令嬢としか結婚しないと言い張るのでね。君には申し訳ないが……」
「まだ、発表されていないと伺っております」
辺境伯が離れて、ハルトと黒の2人になった時に気がついた。
「ああ。今回、彼女には事情があって同行してもらったが、帰国し次第、国王から正式発表を行う予定になっている」
彼女の黄緑のドレス。
ハルトの黒い正装。
最初は辺境伯との揃いかと思っていた周りの人々も気付いたようだ。
2人が並んだ時の馴染んだ雰囲気。
ハルトが黒の腰を引き寄せる。
耳元に顔を近づける。
見ていられない。
気付けばレナルド殿下とサラ様はハルトの方へ移動していた。
エスコートはしてもらったけど、これじゃあ私は何のためにいるのかわからない。周りから感じる目線は憐れみや嘲りを含んでいる。
すぐ後ろに来た従者のマーカスに、目線で合図する。
私だって、ここまでやるつもりはなかったのよ。




