84: 呪い
「ハルト!!どうして部屋に戻って……、きゃー!!!!」
叫び声が聞こえてもレオはキスを止めてくれない。私も頭がボーッとして、誰かが叫んでるのはわかるけど何を言ってるのかはよくわからない。
「ハルト!!なんてこと!!離れて!黒から離れてよう!!!」
「うっわ!すげー……。アオイちゃん、めちゃ色っぽ……」
ちゅ、と音を立てて唇が離れた後、ペロンと下唇を舐められた。
すっかり力が抜けてしまった私をしっかり抱き込んで、何事もなかったかのようにレオは言った。
「公爵令嬢、ノックもなしに部屋に入って来るのは、令嬢の嗜みなのか?エヴァン止めろよ、そして見るな!」
恥ずかしすぎて顔を上げられないけど、入ってきたのが先程紹介されたエヴァン様とレオがエスコートしていた令嬢だと分かった。
「ハルト?嘘でしょ……?呪いかなんか?どうしてそんな黒を抱き締めてるの?」
の、呪いにされちゃったよ。
顔を上げられない、と思ってたけど物理的にレオがガッチリ私の頭を胸に抱え込んで……押さえ込んでて動けない。
「ダリア嬢、何度も説明したが、この女性は俺の正式な婚約者だ。これ以上侮辱するなら縁を切る」
「!!」
かなり強い物言いに、顔を上げようとしたけど、動けない。なぜかレオは私と彼らを対面させたくないようだ。
「……っ、認めませんわ!!」
と叫んだ後、ドアが開閉する音がした。多分、出て行ったのだろう。
「悪いな。アイツ、学園を卒業してもずっとハルト、ハルト……、って言ってて……。縁談もあったんだけど、全て断って……。父上からそっちの外務省に何度も話はしてたらしいけど、ハルト、ずっと断ってたんだよな?」
エヴァン様はため息まじりに言った。
「ああ」
「ダリアには俺から言っておく。アオイちゃんも、騒がしくてごめんな」
「い、いえそんな……」
レオの胸元から言ってるので、モゴモゴとしか言えない。
「ハルト、執着すご」
「うるさい」
結局ずっと抱えられたままで、エヴァン様は退出した。
顔の熱も治まった所で、お茶を入れたいから、とやっと下ろしてもらえた。
「あの2人は兄妹なんだ」
なるほど。確かに髪と目の色は同じだった。黒に対する対応は真逆だったけど。
「学園を卒業してから、って4年くらいたってるよね……。その間、ずっとレオのことを?求婚されてたの、断ってたの?」
お茶を入れながら、聞いてみた。
エレオノーラ様のことも思い出す。まあ、あちらは周りの暴走だったようだけど。
眉目秀麗な第三王子が婚約者未定だったら、そりゃあ年頃の娘を持つ貴族の親も、令嬢本人もロックオンするわよね……。
「俺は昔からアオイとしか添い遂げる気はなかった。だから父上にも言ってあった。縁談を持ちかけられても断ってくれ、と」
「そ、そう……なの?」
縁談を断った、という話より、昔から、っていう方でドキッとしてしまった。
「リア……、くそっ、これも俺が悪いな。グラナダ嬢に限らず、他にも断ってるハズだが、いちいち俺に報告は来ないから知らん」
上着とタイを外してソファーの背に引っかけ始めた。あ、これはもう完全に夜会に戻る気はないな。
「もし……、私と婚約出来なかったら、どうするつもりだったの?」
レオは差し出したお茶を、いつものように優雅に飲んで、黄緑の瞳をこちらに向けた。
「そんなこと、考えたこともない」
ニヤリと笑う。
「出来なかったら、ではなく、アオイと結婚するにはどうするべきか、はものすごく考えたがな」
「!!」
私とはまるで違う思考回路。
「アオイ、いい加減自覚しとけ。俺の隣はお前だけだと」
*****
「まあ!まあ!レナルド様ったら。本当に立派になられて!」
なんとなくの勝手なイメージで、サラ様のおばあ様、レイチェル・マクライド夫人は厳格な固めのイメージだったので、出迎えにわざわざお屋敷の門の前で待っててくれた親しみ易そうなご婦人が、レイチェル様だとは最初思わなかった。
「ご無沙汰しておりました。マクライド公爵夫人」
「まあ!この子ったら、「おばあ様」と呼んでちょうだい、と言っているじゃない」
レナルド殿下を「この子」……。
サラ様がクスクス笑いながらお屋敷から出てきた。
「おばあ様!もう、そんな門前でやりとりしてないで入ってもらったら?」
「あら、ごめんなさい。さあ、皆さん、ご挨拶はお部屋でしましょう。まずはどうぞ」
と、にこやかに夫人は笑った。
サラ様はなぜか私の方を見て、ニコニコされていた。
夜会のあった次の日。
セラト国の遠方の貴族は早々に帰路につき、共和国の面々も数人はまだ王宮に滞在するようだったが、ほとんどは帰国の準備をしていた。
グーラート王国は、レナルド殿下とレオ、従者のカイン様とアラン、そして私とリンとハヤテと数人の従者はセラト国に残ってマクライド公爵家に宿泊させてもらうことになっている。
ワーグ隊長と外交補佐官のウェーバー公爵様は国に帰る。
陛下に良い報告が出来る、とウェーバー様はほくほくしていた。
そして私達は迎えの馬車に揺られて、公爵家のタウンハウスに到着した。王都の中心部より、ちょっと外れた地域に建つお屋敷は、お屋敷というより小さなお城くらいの立派なものだった。
なるほど。どうりでこんな大所帯を泊めてくれるわけだわ。思わずこじんまりとしたカーライト邸を思い出す。
各々、割り当てられたお部屋に案内され、荷物も運びこまれた。
サラ様が意味深にニコニコしていた意味が分かった。
なんとレオが隣の部屋だった。
王宮ではフロアも違う、完全にランクの違うお部屋を割り当てられていたのを知っていたらしい。
「アオイ、夫人がお茶を用意してくれてる。行くか?」
素直に頷いて、レオのエスコートで中庭にある温室に移動した。




