81: 申し訳ない
それはいきなりだった。
横から出てきた大きな手のひらに、ガシッと口を押さえられた。と、同時にやみくもな力で腕を引っ張られ、地面に倒される。
「ぃっ……!」
痛い、という言葉さえ出せない。
混乱する頭の中で、私が無詠唱でも使える魔法で今有効なものを必死で思い出そうとする。
たった今、レナルド殿下と別れたばかり。今いた場所は、ホールの入口が見えていて人がすぐ通るような、人気がない暗闇とかそんな場所ではなかった。
多分、引っ張られた時に建物の影になるような、人から見えないちょっとした場所に上手く移動させられたのだ。
うつぶせになった背中に、ドカっと乗られた。
膝に体重をかけて動かないように押さえつけられる。片腕は捕まれたままで後ろ手にされ、肩が外れそう。
下はよく手入れされた芝生なので、倒れた衝撃はさほどではないけど、せっかくのドレスが台無しだ。
「……!」
恐怖と痛さで涙が出てきた。
「黒、こんなところに潜り込んで、何をしている」
男性の冷たい問いかけ。
答えようにも口をふさがれてて声を出せない。いや、元から答えなんて求めてないのか。
次の瞬間、上に乗っていたと思われる男性が突然消えて、背中が軽くなった。
急にどいたのかと思って振り返るも、何もない。
「ひ、ひぃ!」
もう1人いたようで、ちょっと離れた影になっている方から警備の格好をしている男性がこちらを見て驚愕している。
「……っ、なに?……」
何が起こったのかわからない。
背中にいた男性は移動魔法のキラキラもなく、忽然と姿を消してしまった。
「く、黒!お前、何をした!?」
震えながらもう1人の男性が剣を抜いてこちらに向ける。
「何も……してな……」
言いかけて、その男性の横に移動魔法の残滓と思われるキラキラが、微かに舞っていることに気付いた。
「アオイ、無事か?」
その声と共に、気配を感じさせず突然現れたレオが、しゃがんで私を抱き起こした。
その手が震えている。
「大丈夫……。ちょっと、背中と肩が痛いけど。それより、何がおきたの?男性が1人消えたんだけど……」
私を立ち上がらせながら、レオはもう1人の男の方へ向いた。
「誰の命だ?」
地の底から響いてきたのかと思うような、低い固い冷たい声。
それだけで、警備の男性は竦み上がって一歩下がった。
「誰がアオイを害する?それにお前……その制服は正規の警備のものではないな?」
えっ……?ということは、ニセモノってこと?
突然、ダッと走り出した男性に、レオが無詠唱で風魔法をかけて、宙に浮かせた。
「うわっ!うわあ!!」
あ、かなりパニックになってる。魔法慣れしてない。本物の城の警備兵なら、大小あれど魔力があるのは当然で、魔法に対する訓練とかもしてるハズ。
「……ちょっ……、レオ、どこまで上げるつもりなの!?」
気付けば2階以上の高さくらいまで男性は浮かんでいってる。
かなり上空で男性は必死にもがいてるけど、どうにもならない。
「レオ、やめて。降ろして」
合わない目線。瞳を見れば、黄緑の奥にはほの暗い狂気が見え隠れしてるように見えた。
「なぜだ?アイツはアオイに剣を向けた」
確かに向けられたけど!
「うっ、わあああああ!」
突然の叫びに何かと思えば、レオが魔法をかけるのをやめたのか、はたまたコントロールしてるのか、男性が落ちてきた。
「レオ!!!」
私の叫びと共に、地面まであと10センチ……という所でピタリと止まった。
はっ、はっ、はっ、と短い呼吸をしながら、男が懇願するようにこちらを見たのは一瞬で、すぐさま睨み付けられた。
私だって、心臓がバクバクしてる。
「れ、レオ。お願い……、殺さないで」
声が震える。
こんな所を他の来賓に見られたら、大変なことになる。三国会議ではグーラートの提案は上手く通ったと聞いたけど、この騒ぎでそれがパアになる可能性だってある。この危害を加えてきたのがセラト国の者なのか、共和国の者なのかわからないけど、変に訴えられたりしたら国際問題にもなる。
一瞬でいろんなことが頭を過ったけど、何よりレオにこんなことをして欲しくなかった。
ここを私が止めないと、レオは私のために魔王のようになってしまう。
先ほど、レナルド殿下に言われたように―――
*****
「君には申し訳ないと思っているんだ」
レナルド殿下に、そう言われた。
レオから離れて、レナルド殿下とサラ様の所に行った。
レナルド殿下が、小声で「ちょっと、君と話をしたいんだが」と言うのを聞いたサラ様は、「わたくしのことは気にしないで。あちらにいる旧友とお話してきますわ」と、女性が集まる方へ行ってしまった。
サラ様はセラト国の公爵令嬢。王妃教育として数年前からグーラート王国に滞在していて、そう頻繁には国に帰っていないのだろう。多分、知り合いに会うのも久しぶりなのかもしれない。
レナルド殿下に連れられて、大きなホールを後に、廊下から繋がる庭園に来た。
夜とはいえ、庭園には煌々と明かりが灯され、そこかしこにテーブルと椅子があり、そこで休憩している人や、お酒を片手に真剣な話し合いをしてる人達もいる。
会場内よりは人と人の距離があるので、会話が聞かれることはなさそうだった。
それでも殿下は端の方のベンチに私をエスコートして、2人で適切な距離で座った。
そして言われたのだ。
「君には申し訳ないと思っているんだ」
と。




