80: 機嫌悪
遠目で見るレオは、いつものレオと違って見えた。
フワフワの金髪にペリドットの瞳。スラリと高めの背なのに、頭が小さくて嫌になるくらい等身バランスがいい。魔力は桁違いにあるくせに、剣術が好きで体も鍛えているけど、しっかりした胸板は今は黒い礼服に包まれている。
見た目はいつものレオだけど、纏っている雰囲気が違う。
レモンイエローのドレスを着た隣の令嬢は、キラキラとした目でレオのことを見上げていて、好意があるのはあからさまだ。今日は私が髪を結い上げているから、そこまで印象は被っていない。
レオは形式的にはエスコートしてるけれども、チラとも隣の令嬢のことを見もしない。
その瞳は冷たく伏せられていて……。
―――あれって、メチャクチャ機嫌悪くない?
多分、あの令嬢は身分の高いご令嬢で、政治的な何か断れない事情でレオがエスコートすることになったんだろう、ってことは私でも推測できる。
だからそこそ、多少の愛想くらいはふりまいておかないといけないのでは?と、こちらがヒヤヒヤするほどレオは無表情だった。
会場入りしたとたん、レオは令嬢から手を離し、レナルド殿下に何かこそっと話した後、さっきまでまるでこちらを見てもいなかったのに、真っ直ぐ向かってきた。
近づくにつれて、無表情だった顔がフワリと甘く溶けていく。
周りにいて、レオの動向を注目していた令嬢どころか、妙齢のご婦人や、うっかりすると男性までが頬を染めている。
エスコートされていた令嬢が、こちらを悲しそうな悔しそうな目で見ているのが、レオの肩越しに見える。
いーやー!!
その状態でこっちに来ないでよ!!
「やれやれ、もう来てしまったのか、早いな」
マルクス様が横で残念そうに呟いた。
目の前まで来たレオは、するりと私の手を取って甲に口づける。
貴族の挨拶としては至って普通のしぐさのはずが、それを蕩けた目を私に向けたままやるもんだから、顔に火がつく。
「アオイ、そのドレスとっても似合ってる。綺麗だ……」
「あ……、ありがとう……」
オーダーしてくれたことにもお礼を言いたいけど、周りから注目されてる状態で、ドレスを贈られたことまでバラす勇気はない。
「マルクス殿、急な依頼だったのにありがとうございました。彼女のエスコートを代わっても?」
「いや、役得だった。名残惜しいが仕方あるまい。アオイ、パーティーを楽しんで」
そう言ってマルクス様はサベント公爵様と話しながら離れて行った。
グイっと腰を寄せられた。ペリドットが覗き込むように近づく。
「れ、レオ……。近い近い」
「アオイ、ゴメン。どうしても断れなくて、アオイのエスコートが出来なかった」
「ああ……、うん。なんとなく、事情はわかった……、ひゃ!」
レオの唇が耳に触れた。
「アオイ、ありがとう」
わざわざ耳元で言わなくても!
更には頬を愛おしげにさすってくるの、やめてもらえないかな!?「綺麗」「かわいい」を連呼するのはやめてもらえないかな!?
顔が真っ赤になってる自覚はある。
あるけどこんな人前で、いや人前でなくてもこの強烈にキラキラした王子が全力で甘く迫ってきて、赤面しない人なんていないと思う!!
周りがザワついているのは気のせいじゃないと思う!!
「レオ、いいかげんにしろ!」
なかなかの力かげんでレオの後頭部をひっぱたいたのは、案の定レナルド殿下だった。
「いてえ!」
「アオイ嬢、恥ずかしい弟ですまない」
2人が同時に話す。
「いえ、あの、助かりました。レナルド殿下、会議お疲れ様でした。そしてサラ様、ご無沙汰しております」
レナルド殿下の後ろから、クスクスと笑いながら付いてきたサラ様とは、過去にご挨拶をした程度であまり交流がなかった。
「アオイ様、一度ちゃんとお話したいと思っておりましたのよ?」
華のある美人がにこやかに笑いかけてきた。
「あ、ありがとうございます」
ま、眩しい!
周りにいる3名の顔面がキラキラしすぎていて、直視できないと思っていたら、ホールの前方から静かになっていく。
王族が入場してきたようで、皆会話をやめ、前方に向かって頭を下げた。
セラト国王に続き、皇后のエリザベート様、皇太子のマーキス様とその奥方、第二王子のヘンドリック様、末姫のエリサ様が次々と座って行く。
「皆、顔を上げよ。恒例の三国会議が無事終了したこと、各国の来賓や国の者達の協力があってこそだと思っておる。礼を言わせてもらうぞ。今宵は無礼講じゃ。存分に楽しむがいい」
国王はそう言って手にしていたグラスを高々と上げた。
音楽は静かに流れて、それぞれ歓談したり、飲食エリアのお料理を食べたり飲んだりしている。
レオは私をずっと隣から離さず、次々と挨拶にやってくる貴賓の方々に婚約者だと紹介する。
国王に挨拶に行かなくていいのかな?と思っていたら、そういうのは初日の夜会で済ませたので、今日はいいのだという。確かに高砂に座ってらっしゃる王族の方々も、挨拶というより、貴賓の方々と会話を楽しんでいるように見える。
公の場でこんなに堂々としてることが今までなかったから、最初は緊張してドレスの中の足はぷるぷる震えていた。
腰を支えていたレオには気付かれていたようで、クスッと笑われた。その後より腰を引き寄せられて密着度が上がってしまった。
「ハルト!久しぶりだなあ!」
親しげに声をかけてきたのはブラウンの髪にブラウンの瞳の、レオと同年代くらいの男性。
「エヴァン、久しぶりだな。お前、会議にいたか?」
「所用があって領地に戻ってて、参加出来なかったんだよ。ハルトが来るって聞いたから急いで来たんだが、やっと今到着したところだ。会議には間に合わなかったが、父は出てただろ?」
「ああ。いらっしゃったな」
「そんなことより!なんだこの美女は!紹介しろよ」
こちらを見た男性は、黒などまるで気にしてないようで、爽やかな笑顔で私を見た。
「あんまり見るな」
レオが男性の顔を掴んで、グキッと横に向けた。
「まだ正式発表はしてないんだが、俺の婚約者のアオイ・キサラギだ。アオイ、コイツは学園の時の同級生でエヴァン・グラナダ。セラト国の公爵家嫡男だ」
「婚約者!!」
そんなに驚くところなのかな?
「アオイと申します。よろしくお願いいたします」
「うっわ、かわいい!」
「だから、見るなって」
またもや首を曲げている。レオがこんな風に対等の立場で同年代とやりとりしてるのを見るのは新鮮だった。
「今日はゲオルグとかも来てるハズだぞ。お前、立場上なかなか会えないからセラトにいる間に集まろうぜ?」
どうやら学園の時の旧友が、セラト国には結構いるようだ。
「あの……、私のことは気にせず、お話になってきても大丈夫ですよ?」
「ダメ。アオイは俺から離れるな」
「うわー。ハルト、それヤバくない?束縛?」
「違う」
ちょっと離れた所にレナルド殿下とサラ様がいるのが見える。
「私、あちらでレナルド殿下とお話してきます」
気をきかせたつもりなのと、さっきからチラチラこの国の令嬢方から見られているのが、居たたまれなくてレオから離れたい。
「アオイ、レナルドかサラ姫から離れるなよ」
「うん」
レオが、こんなに過保護っていうか、束縛っていうかになった原因が、逃げ回った私にあると分かっているだけに素直に頷く。
向こうで手を振っている友人達の方へエヴァン様と向かうレオが心配そうにこちらを見る。
それを隣のエヴァン様にからかわれてムスっとした顔になったレオを見送った。




