79: エスコート
もう寝ようかという時、ノックと共に外で警備している護衛の声がした。
「ちょっとよろしいでしょうか?」
夜なのでハヤテはもう下がっていて、リンがドアを少し開ける。
廊下にはグーラート王国から一緒に来た護衛と、セラト国の兵士の2人が困ったような顔をして立っていた。
「夜分に申し訳ありません。こちらに不審者が出た、との情報がありまして。何かお変わりありませんか?」
リンと2人で顔を合わせる。
「いえ、特には…」
レオが行ってしまってからは、普通にここでお食事を取り、リンとまたレース編みを再開したり、本を読んだりしていた。
「そうですか。失礼致しました。何かありましたらお声かけ下さい」
そう言ってパタンとドアは閉じられた。
来客用の部屋がある棟とはいえ、王宮内だ。
元々警備はしっかりしているだろうし、更に今は三国会議中で、私達以外にもストラウト共和国の方々や、国内の遠方の貴族なども宿泊していて、不審者が入り込む隙はないと思うのだけど…。
リンと2人で首をかしげならがその日は就寝した。
*****
「さ、よろしいですわ」
リンが髪から手を離した。
「久しぶりにアオイ様を着飾ることが出来て、楽しかった!」
ニコニコしてる嬉しそうなリンが鏡に映ってる。
その手前には、久しぶりにしっかりと化粧をして、髪を結い上げた私。
「リン、ありがとう」
鏡台から移動して姿見に自分を映す。
レオがオーダーしてくれたドレスは、レースは控えめながらも裾から上半身にかけて見事な刺繍が施されたデザインで、形はプリンセスラインだけどとても大人っぽい。
色は落ち着いた黄緑で、レオがどういう意図で選んだのか分かりすぎるほどに分かった。
アクセサリーもペリドットで統一されてて、セラト国に来て数日しか経ってないのに、どうやってこれらを揃えたのか怖くて考えたくない。
もちろん、左手の薬指の指輪と違和感なんてない。
「うーん、レオの執着を感じるわぁ……」
リンが後ろから呟く。
や、やっぱり?
こんないかにも彼の色を纏って大勢の前に出る……ことを想像したら、緊張と恥ずかしさで震えてきた。
コココッとノックされた。
誰だかなんて分かってる。
絶対に部屋からエスコートするから待ってろ、といわれてたもんね。
ところが、許可して部屋に入ってきたのはレオではなかった。
「おお!美しいな!元々綺麗だとは思っていたが、これほどとは……」
「マルクス様?」
マルクス様も夜会に出席するのだろう。初日の礼服とはまた違った濃い緑の服に身を包んでいた。
「レオンハルト殿に頼まれてな。エスコートは私がさせてもらう」
「えっ……」
自分でもビックリするくらいショックだった。
と同時に無意識のうちにレオにエスコートされて夜会に出るのを、実は自分はかなり楽しみにしていたんだと気づく。
「あの……、ど、どうして……」
ニッコリと笑ったマルクス様は、私の前まで来て手を取り、手の甲に口づけした。
「理由までは聞いてないが、今夜は彼が来るまでアオイの側を絶対離れるな、と言われている」
そう言って白い封筒を渡された。
リンが渡してくれたペーパーナイフで開封した。
『アオイ、申し訳ないが事情があってエスコート出来ない。マルクスの側を離れるな』
見覚えのある流れるような筆跡で、そう書かれていた。
急いでいたのか、手紙の形式をすっとばしてメモ書きのようになっているが、ちゃんとレオの魔力を感じるので、本人が書いたと分かる。
「……わかり、ました。よろしくお願いいたします」
手紙をリンに渡し、マルクス様に向きなおった。
彼は事情とやらを知っているのだろうか?知っていても、教えてはくれなさそうな雰囲気で、ニコニコと手を差しのべられた。
「では、いこうか」
大人しくその手に手を重ねた。
グーラート王国ではタカユキ様にしかエスコートされていない。
身内以外で初めてエスコートしてくれる人が、レオじゃなかった。
それを気にしないように部屋を出た。
*****
初日の夜会に出席していなかったので、前回との規模の違いがわからないけど、さすがに三国の貴族が集まっただけあって、夜会は盛大だった。
セラト国自慢の大ホールは外観の可愛らしさ同様、曲線の多い壁面装飾に柔らかさがあって、それでいて優美だった。
煌びやかに光るシャンデリアの下に、沢山の着飾った男女が次々と集まっていた。
「緊張してるか?もしかして夜会は初めてか?」
「いえ。参加したことはありますが……」
「じゃあ、いつもの通りにしていればいい」
マルクス様はそう言うけど、王国でのいつもの夜会は、そっと参加してなるべく目立たず壁の花になっていたんだけど……。
会場に足を踏み入れた時からものすごい注目されている。
入場の時に名前を読み上げられるということはなかったので、見知らぬ令嬢(しかも黒)にちょっとざわついている。
友好的なのと訝しげなのと興味がなさそうなのと、レオが言っていたようにこの国では反応が様々だ。
「マルクス殿!」
壮年の柔和そうな男性が声をかけてきた。
「サベント公爵、ご無沙汰しております」
どうやらマルクス様の知り合いのようで、2人でしばし近況など話始めた。
その間、マルクス様の一歩後ろでそっと控えつつ、周囲を見渡してみた。
目線が合うとそっと微笑んでくれる人は、例の新興宗教の方かしら?その後ろでヒソヒソ話をしているご婦人方の目線は冷たい。
私本人ではなくドレスに注目しているのは若い令嬢だ。なんだろ?有名なデザイナーの作、とかなのかしら?
「マルクス殿、そちらの令嬢は紹介してくれぬのか?」
ふいに先程のサベント公爵の声が耳に入った。
「ああ、三国会議に参加しているグーラート王国の令嬢でな、アオイ・キサラギ殿だ」
身分重視の社交界で、マルクス様が爵位を言わない紹介がおかしいことに気づいているのか、ちょっと目を細めた。
「アオイ、こちらはカール・サベント公爵。領地が隣でな、良くしてもらっているのだ」
「そうなのですね。アオイと申します」
淑女の礼をすると、ニッコリ微笑まれた。
「これは、これは……。マルクス殿、ようやく理想の伴侶を見つけましたな」
えっ……!?
「キサラギ殿、といったかな?この男はもうずいぶん前からあなたのような容姿の方を求めてていてな。降ってくる縁談も、言い寄ってくる令嬢も全てはねのけていたのだよ。やっと善い方が見つかったなら、私も安心だ。衣装も揃えたのかい?とても良く似合っているよ」
「……っ!違います!私……」
「サベント公爵、実はまだ口説いている最中なのですよ」
確かに、マルクス様は深緑で私は黄緑と、衣装の色がはからずもリンクしてしまっている。焦って訂正しようとしたら、マルクス様が言った。
「おやおや、あれだけ浮き名を流したマルクス殿でも手こずるとは」
「はっはっは!若い時のサベント公爵にはかないませんよ」
ひい!何なのこの2人!
その時、ザワリと会場の空気が動いた。
皆が見ている方を見ると、丁度レナルド殿下がサラ様をエスコートして入場する所だった。
レオを見慣れすぎててうっかりしていたけど、レナルド殿下もその知的な眼差しと凛とした雰囲気、それでいてブラウンの髪に金の瞳の柔らかな見目で、国でも婚約者がいながらも憧れている令嬢は多い美形だった。
今日は紺の王国の正装を着ている。
隣のサラ様は、波打つたっぷりなピンクブロンドに紫の瞳の美しい容姿に、今日はレナルド殿下に合わせたのか紺のドレスだ。
2人揃っていると、お似合いすぎてて周りからも「ほぅ」とため息が漏れている。
会場のご令嬢方から「きゃあ!」と声が上がったのはその後だった。
レオが、先日の私に良く似た令嬢をエスコートして入場してきた。




