75: 踊らないから
「アオイはどんなのが好みなんだ?髪が黒いと何色でも似合うな。これはどうだ?濃い琥珀は俺の瞳と同じ色だぞ」
そう言って、目の前に琥珀がこれでもか!と連なっているネックレスを差し出された。
なんか、前にも似たようなことがあったような……。
「マルクス様、どうぞお引き取り下さい。こんなことされても困ります」
さっきから何度も言っているが、全然聞いてくれない。
朝、レオが部屋に押しかけてきて、ここで一緒に朝食を取った。
「いいか、この部屋からなるべく出るなよ?どうしても出る時には、リンとハヤテ以外にグーラート王国の騎士を最低でも二人は付けろ。絶対だぞ?」
と、めちゃくちゃ念を押してから会議に向かって出て行った。
このセラト国での「黒」の扱いがどのようなものなのか、全く知らないまま来てしまったので、大人しくレオの言う通り今日はこのまま部屋にこもって居よう……と思っていたらマイペースな来客が来てしまったのだ。
目の前で、若い男の商人が敷布の上に次々と日用雑貨や文房具、セラト国の民芸品なのか工芸品などが並べられて行く。
ソファーの前のローテーブルで、壮年の紳士が丁寧に黒いビロードの箱を次々と開けていくと、中からは美しい輝きを放つ宝石が散りばめられた、ネックレスやイヤリング、指輪やブローチなどのアクセサリーが出てくる。
窓際ではエレガントなマダムが、運び入れたハンガーラックにカラフルなドレスを何枚もひっかけ、床にはパンプス、荷物を入れてきた大きなトランクを台にして、扇子や手袋、帽子などを並べていく。
怒涛の勢いで進む陳列作業を、止める間もなくあっけに取られていると、後からニコニコしたマルクス様がやってきた。
今日は、出会った時ほどラフな服装ではなく、ちゃんと貴族の普段着だ。ということは、マルクス様は今日の会議には出席しない、ということかしら。
「アオイ!おはよう。ドレスがない、というので持ってきたぞ。好きなのを選ぶがいい」
部屋にいたリンとハヤテも、さすがに他国の貴族に口を出すことは出来ないようで、心配そうにこちらを見ている。
「マルクス様、困ります!」
「何がだ?」
「まずは、お約束もなく女性の部屋を突然訪ねられてはいけません!あと、私にドレスは必要ありません」
「なぜだ?まさかセラト国にいる間、どこの夜会にも出ないつもりか?」
「……」
どうだろう?
この国に知り合いはいないから招待されるわけもないし、レオの婚約者としてもまだ公にされていないので一緒に参加するかどうかはレオ次第だ。
返答に窮していたら、ふいに大きな手が伸びてきて、ワシワシワシっと頭を撫でられた。
「俺の領地で夜会でも開くか!」
えっ?
「そしたらさすがに俺と踊ってくれるか?主催者だぞ」
おどけて言う彼の表情が、ちょっと可笑しくてつい「ふふっ」と笑ってしまった。
「あ、今の顔、かわいいな」
精悍な顔が無邪気に笑った。
「ここで、何をしている」
ノックもなくドアを開け突然現れたレオは、ものすごく機嫌が悪そうに地を這うような声で言った。
「おお、レオンハルト殿下!お疲れさん。午前中の会議は終わったのか?」
マルクス様って、鋼の心臓なのかな?それとも全然全く空気とか気にしない人なのかな?
「あなたはここで何を?この商人達は一体?」
レオがバザールみたいになっている部屋を見渡すと、商人達は皆ビシリと固まった。
「ドレスがない、というのでな。用意してやろうと思った」
「あなたに用意される筋合いはない」
「夜会にも出られないなんて可哀想だろう」
「あなたには関係ない」
「アオイとダンスを踊りたいだけなんだがな」
「アオイはあなたとは踊らない」
……。
何この不毛な会話……。
不機嫌極まりないレオに対して、マルクス様は飄々と対応している。
「アオイ、私はもう行かねばならない。何か欲しいものがあれば、選んでくれ。また来る」
「来ないで下さい」
私じゃなく、レオが返答した。
来たときと同じようにまた唐突に去って行った。
クルリとこちらを見たレオが、ツカツカと近づいてきてグイっと手を取る。
「リン、ハヤテ、ここはまかせた」
部屋を出る間際、レオはそれまで黙って成り行きを見ていた2人に言った。
*****
「あの……、レオ?私、別に夜会に出たいわけじゃないから」
「ああ」
「それに、マルクス様とダンスも踊らないから」
「ああ」
「マルクス様は、本気で私を好きなわけじゃないと思う」
「ああ?」
やっとこっちを見てくれた。
レオに引きずられて、レオの部屋に連れて来られた。
場所は教えられたけど、入ったのは初めて。もちろん、私の部屋なんかよりはるかに格上で、お部屋は広いし、部屋数も多い。
優秀な従者アランによって、本当は私の部屋で取るはずだった昼食を、すぐさまレオの部屋に用意された。
不機嫌をそのままに黙々と食事を始めたレオに、アランが呆れた目線を向けたけど、何も言わずに咀嚼している。
「ああ」しか返事のない会話のまま食事を終えたので、ソファーに移動してお茶を入れた。
セラト国産の茶葉を扱うのは初めて。
いつも飲んでいる茶葉より緑みが強くて葉も大きめ。ちょっと長めに蒸らして入れた。
レオの前に出すと、無言のまま手に取ると、一口飲んで、ほぅ……と、ひと息ついた。
「アオイ、ありがとう。おいしいよ」
落ち着いてくれたのか、やっといつものように私を見て微笑んでくれた。
向かいに座って私もお茶を頂く。
さっぱりと爽やかな風味のお茶で、とても美味しかった。
「……本当は、サプライズにしようと思って黙ってたんだが……」
おもむろにレオが話し出した。
「アオイのドレスはもう注文してある。明後日には届くから、それを着て会議最終日の夜会に一緒に出てくれるか?」
「私が夜会に出ない、と宣言したから昨日は気を遣ってくれたの?」
「それもある」
「も?」
「……。あまりアオイの耳には入れたくなかったんだが……」
そう言って話してくれたのは、セラト国の「黒」についての反応のこと。
セラト国では昔、「黒」を厭う一部の地域があったらしい。今は人道的な考えから、国として公にはそんな差別的なことはない、という体にはなっているけど、いまだにその地域出身の人や昔気質の人には黒を毛嫌う人がいる。
それに対して、新興宗教の「テイト教」では「黒」を神聖視している教えで、そちらは信仰者は少ないものの信仰心の厚い人が多くいるそうだ。
なにそれ、両極端。
「だから、アオイはもちろん、リンやハヤテ、タカユキもあまり出歩いて欲しくない。庶民だけでなく、貴族にも両方の考えがいる。どちらに会ってもトラブルが起こりそうだと、レナルドまでが言ってるんだ」
なるほど。
それで、なるべく部屋にいろ、出かけるなら護衛を付けろ、ってことなのね。
「でも」
レオが困ったような照れたような顔をしてこちらを見た。
「アオイを俺の婚約者だと、宣言もしたい」
なんて顔するのよ。
思わず胸がキュンとしたし、顔が熱くなっちゃったじゃない。




