73: 夜会のお料理
目の前には夜会で出されているものと同じだと思われる豪華な料理の数々が、運び込まれたテーブルに並んでいる。
見た目も綺麗なオードブルや色とりどりのフルーツ、スープも数種類、メインの料理や沢山の種類のパン、デザートはゼリーやケーキまで、一通り並べられた。
「どうぞ、遠慮なく食べてくれ。って、俺が用意したわけじゃないけどな!」
そう言って、赤茶の髪を綺麗に後ろになでつけ、質のいい礼服に身を包んだマルクス様が笑った。前回会ったときの粗野な雰囲気を微塵も感じさせない完璧な伯爵っぷり。
私があてがわれた部屋は、多分王宮内では平均的な来客用のお部屋。
二部屋続きで、奥の部屋はベッドのある寝室、手前の部屋はソファーとローテーブル、小さいライティングデスク、チェストや花台がゆったりと空間をたっぷり使ってセッティングされている。
今はそこにダイニングテーブルとチェア、そこに乗ってる料理で部屋が狭く感じられるくらいだ。
「夜会に参加しないと聞いてな。せっかくのセラト国自慢の料理を食べないのはもったいない!ほら、これはこの国でしか取れない希少なフルーツだ」
目の前に、小振りなつるんとした丸い真っ赤な果実を出された。
マルクス様の後ろに付いてきた従者の方も、同じ部屋で待機しててくれたリンとハヤテも、このマイペースな方に圧倒されている。
でも、さすが、1番早く回復したのは従者の方だった。
「マルクス様、野宿じゃないんですから、お皿をお使い下さい」
と、横からスッと差し出した。
「……」
一瞬、止まったのはなんで?
まさか、ほぼ初対面の私に、手ずからあーんさせようなんて思ってなかったですよね?
遠くから夜会の音楽が聞こえて来る。
ダンスの時間になったのかもしれない。
マルクス様は最初の挨拶と必要最低限のことだけはこなして、すぐ私の部屋に来たらしい。
しかも、料理を乗せたワゴンを従えて。
「アオイはなぜ夜会に出なかった?レオンハルトに言われたのか?」
せっかくここまで運んでもらったので、遠慮なくお料理を頂くことにした。
マルクス様も着席して、なぜか私と2人での晩餐みたいになった。給仕はリンとハヤテがしてくれている。
「いえ、あの……。私、元から参加予定ではなかったので、ドレス等の用意がなかったのです」
というのを言い訳にして、渋るレオを納得させた。
レオが国外の行事に大々的に参加するのは、多分これが初だろう。
そんな晴れ舞台に「黒」の私がいるのは、ちょっとよろしくない。
―――って、考えていることをレオに知られたら、また怒られるんだろう。
そんなことを考えていたらマルクス様がじっとこちらを見ていた。
「本当に黒いんだな。瞳も、髪も」
グーラート王国でよくあった侮辱する視線ではなかった。本当に好奇の目。
「あの、どうして私を、その……」
あの時『その娘をくれ』と言われた。初対面で言われる言葉じゃない。
とはいえ、なんて言っていいかわからない。
「ん?ああ、そうだな。私の祖母が言っていたんだ。「黒は幸運の色。見つけたら手中に入れて決して手放してはならない」ってな。祖母はもう亡くなっていて、その言葉の出どころがどこなのか、家族の誰もわかっていないんだが、祖母は若い時、女だてらに各地を旅していた人だったんだ。大方その時にどこかで見聞きしたことだとは思うんだが。実はこれはかなり歳を取って、ちょっとボケ初めてから言い出したことなんだ。だから家族の誰もこの言葉を適当に聞いていて、取り合わなかった。俺もアオイが現れるまですっかり忘れていた」
あっけらかんと説明してくれたけど、そのおばあ様、確実にどこかで「黒の蝶」の話を聞いたんだろうな。
「こう言ってはなんですが、そのおばあ様のお話だけで私を?」
ここは素知らぬふりをしてかわすしかない!と心に決めて適当に話を合わす。
「祖母の話と、天下のグーラート王国の王子の婚約者に選ばれたという事実、あとは……」
そう言いながらイスから立ち上がり、私の方へ近づく。
座っている私と目線が合うようにひざまづいて、両手を取られた。そうしてニッコリ笑いながら言った。
「一目惚れした」
*****
「なんだこれは!?」
部屋に入るやいなやレオが声をあげた。
夜会が終わるにはまだ早い時間なのに、レオはアランと共に私の部屋に来た。
すでにマルクス様は去った後だったけど、お料理がそのまま残っていた。
「マルクスとかいう奴が置いていった」
ハヤテがカナッペをつまみながらレオに告げ口した。
マルクス様は「従者の方々も食べるといい。俺がいると遠慮するだろうからもう行くな。また会いに来る!」と言って、来たときと同じように唐突に去って行った。
「マルクスが来たのか?」
声が低い。
確かに、絶対1人でいると分かっている女性の部屋に、ほぼ面識のない男性が訪れるのはちょっとアレですよね……。
「堂々と告白して行ったぞ」
テリーヌをモグモグしながらハヤテが言う。
黄緑の瞳がこちらを見た。
うっ……、となる。
なぜなら今のレオは完全なる王子スタイル。
金の髪は片側をなでつけ、黄緑の瞳がスッキリ見えている。
グーラート王国の王族の礼服は、紺地に銀糸の刺繍が施された比較的落ち着いた感じのものだけど、その分着ている人物を際立たせる。
先日まで華旺国にいて、浴衣だの作務衣だの、同じ紺でも素材もデザインもサッパリ素朴なものを着ていたから、ギャップがすごい。
一言で言えば、悔しいくらいに格好いいのである。
赤面しそうになるのを、グッと奥歯を噛んで堪えているのを見抜かれたのか、さっきまで怒ったような不機嫌な顔をしていたのが、フワリと笑った。
うあ。
前までならこういう時、絶対「ニヤリ」系の笑い方だったのに!
つかつかとソファーにいる私の方へきて、隣に座った。
「アオイ?」
「なんでしょう?」
なるべく焦点をレオに合わせないようにして冷静に答える。
スッと耳元に顔を寄せられる。
「見惚れてる?」
部屋にはハヤテとリン、アランがいるけど、多分誰にも今の声は聞こえていない。
耳の中に籠る、低く色っぽい甘い響き。
堪えてたのに、一気に熱が顔に集まる。
「……っ、レオの、ばかっ!」
「くっ、何それ。かわいいんだけど」
部屋にいる三人が空気になってるのが、居たたまれない。
「アラン、あのマルクスとかいう奴をチェックしろ。アオイも、1人でアイツと会うな」
「う、うん……」
ついこないだまで、私がらみでいろんなことがあったから、レオが神経質になってるのは、分かる。
そして、この国での「黒」の反応がどんなのか、まだ私はわかっていなかった。




