72: 王城
「ようこそ、セラト王国へ!」
セラト国に入ってすぐの国境の街で、貸し切りにして、昼休憩をとっていたレストランにやってきた人は、大げさなくらいの身振りで私たちに向かって言った。
にこやかに笑って立っていたのは、赤みがかったブラウンの短髪をツンツン立てて、男性らしい精悍な顔をニッカリ笑顔にした、軍人と思われるガッチリとした体格の逞しい男性だった。
「わざわざ王都から迎えに来てくれたのか?久しぶりだな!マルクス」
レナルド殿下が誰かと親しげに話すのは新鮮だ。
「お前らなかなか来ないから待ちくたびれたぞ。迎えに来た、というか、ここは俺の領地なんだ」
「そうだったのか!忘れてたが辺境伯だったな」
「ひでえ!忘れられてる!」
レナルド殿下の紹介によると、この方はマルクス・ハーウィー伯爵。レナルド殿下と同年代くらいに見えるのだが辺境伯だと言う。若い。
彼は、私たちをざっと見渡して、1番目立つ人物にすぐに声をかけた。
「おっ!この子が噂の弟くん?」
レオがスイっと形式的にお辞儀をして、
「レオンハルトです。兄が学園でお世話になったとお聞きしています。滞在中はよろしくお願い致します」
と言った。
「聞いてはいたが、すっげえ美形だな。こりゃ、明日の歓迎会で貴族の令嬢達が騒ぎ出すなぁ……」
すごい素直な感想に、心の中で同意する。やっぱり他国に来ても、レオはかなり目立つ容姿だった。
そして、彼はレオの隣にいた私を見たとたん、目を見開き固まった。
「こちらはアオイ・キサラギ。まだ公にはしていないけど、レオンハルトの婚約者だ」
レナルド殿下の紹介に爵位がないことに気づいているのかいないのかわからないくらい、めっちゃ凝視されてるんですけど、なんで!?
「レオンハルトの、こんやくしゃ……。せいりゃく?」
ぼそぼそと呟いていたので、最後なんて言ってるのかよく聞き取れなかった。
「アオイと申します」
一応、伯爵令嬢だったのでしっかりとしたカーテシーをした。
すいっと手を捕まれ、挨拶のキスを手の甲にされた。グーラート王国では、よほど親しい間柄でなければ手の甲のキスは「ふり」をするだけで、唇は触れない。
マルクス様はたっぷり三秒くらいは触れてきた。
「えっ……」と思うものの振り払うわけにもいかない。隣のレオの手が動き出した瞬間に離された。
「レオンハルト殿下?政略結婚だよな?」
「はぁ?」
マルクス伯爵は相変わらずこちらを凝視したまま、レオに問いかける。それに対してレオはものすごい低い声を発した。
「グーラート王国ならもっとレオンハルト殿下に似合いの令嬢がいるだろう?この娘をくれ」
瞬間、この店全体の気温が急に下がった。
*****
セラト国に入ったとたんひと悶着あって、ものすっごく疲れた……。
マルクス様は最初は一緒に王都に来るつもりだったようだが、「すまんな、急な予定が入った。明日の歓迎会で会おう!アオイ、俺と踊ってくれ」と、呼び捨て&ダンスの誘いでレオをしっかり逆撫でして去って行った。
ブチ切れそうになったレオを、レナルド殿下がなだめすかして、なんとか騒ぎを起こさず王都まで到着した。
*****
滞在期間の半分(会議開催中)は王宮に滞在させてもらい、後半はレナルド殿下の知り合いの公爵家にお世話になる、と聞いている。
知り合いの公爵家って?と思っていたら、なんとレナルド殿下の婚約者であるサラ様のご実家だそうで、サラ様の仲のいい家族と共にレナルド殿下もお付き合いがあるのだとか。
なので、公爵家に滞在する頃にはサラ様も来るらしい。
私的にはサラ様とは面識はあるものの、あまりちゃんとお話したことがなくて、どんな方なのかつかみきれていない。
王宮に滞在するのも、招待されてもいないのにお部屋をご用意頂くのが申し訳なく、華旺国に帰ってレオの帰国を待ちたいくらいの気持ちだった。
*****
先程のマルクス様とのやりとりのせいか、馬車の中ではまたもやレオの膝の上に乗せられ、そのまま離してもらえなかった。
そうして賑やかな城下町を通り、少し高台になっている土地に堂々と建つ王城に到着した。
グーラート王国とはまた趣きの違うお城は、真っ白い美しい外壁にモスグリーンの丸い屋根が連なる、メルヘンな外観。
とはいえ、そこは王城。そこかしこに施されている彫刻や、モザイクタイルで装飾されていてとても豪華。
マルクス様が付けて下さった案内人のおかけでスムーズに入城し、セラト国王へ到着の旨をお伝え願うと、謁見室へ案内された。
通された謁見室もグリーンで統一されたとても素敵なお部屋だった。
レナルド殿下とレオと私、ウェーバー外交補佐官とワーグ隊長とそれぞれの従者が入室した。
「よく、来てくれた。レナルド王子とは前回の会議ぶりだの」
「ご無沙汰しておりました。陛下もご健勝のようでなによりです」
現れたセラト国王、ベルゲン・レイ・セラト国王は白髪混じりのブロンドに、深みのあるブルーの瞳をしたとても威厳のあるお方だった。
「して、そなたが末弟のレオンハルト殿か?」
一歩前に出たレオは、右手を胸元に添えて礼を取る最上級の挨拶をした。
「お初にお目にかかります。グーラート王国第三王子レオンハルトと申します」
普段、私にきくような乱暴な口調を見事に隠した余所行きの態度で、完璧な王子様だ。
「これは、噂には聞いていたがなかなかの美丈夫だの。貴族の令嬢達が騒ぎそうだ。それに加え魔法省の最高魔術師を勤めているとカイザーが自慢しておったが?」
マルクス様と同じようなことを言われてる。
それにしても陛下!息子自慢を他国の国王にしてるんですか?
「若輩ながら私の力が役に立てれば、とつとめさせて頂いております」
「ハッハッハ!国の軍隊が数十人がかりで苦戦するブルードラゴンを1人で倒せるほどの魔力であれば、若輩など関係ないであろう」
一瞬、レナルド殿下がピクリとしたが、もうレオの能力を隠さないことを思い出したのか、ふっと力を抜いて言った。
「いえ、まだ己の能力の使いどころを認識していない若輩者です。どうぞ、ご指導を承りたく存じます」
「今後の活躍を期待しておるぞ」
柔和に笑って兄弟二人を見る王には親愛が溢れていた。
元々、グーラート王国とセラト王国は、敵対した歴史もなく良好な関係だ。けれど国王同士が歳が離れていてもなぜかやたらと仲が良く、セラト国王はレオ達を孫のように見ているのかもしれない。
「して、そちらの黒い娘は何者かな」
急に視線が私に向いた。
マルクス様の時と同じように、レナルド殿下が説明する。
「まだ公にはしていないのですが、レオンハルトの婚約者、アオイ・キサラギです。すいません、諸事情がありまして、同行してきました」
「ほう。レオンハルト殿の婚約者……。黒を許すとはカイザーはあの国のことを知っているのだな」
さすがは一国を束ねる王。いろんな情報をちゃんと掴んでいるのね。
とはいえ、黒の蝶のことまで知ってるのかは、どうかな……。
「まだ公にはしていない……と」
国王は私とレオを見ながら、何か考え込むような素振りで呟いた。




