70: オベントウ
規則的な揺れと、暖かい何かに包まれていてすごく寝心地がいい。
なんでだろ?
めちゃくちゃ安心して熟睡出来た。
でも、まだ眠い。
「んん……」
ちょっと身動きすると、ふわりと暖かくて柔らかい何かがおでこに触れて去っていった。
「まだ、寝てていいぞ」
低く心地のいい声がする。
えー……、寝てていいの?
確かに昨日はすごく疲れた……。
いろんなことがありすぎて……。
ん?
昨日?
…………………………。
ガバッと飛び起きようとしたけど、ガッチリ抱き込まれてて動けなかった。
その代わり、目の前にはキラキラ輝く新緑の瞳が。
「おはよう、アオイ」
そう言ってレオは私の頬に軽くキスをした。
「…………。え?……は?ど、どういうこと???」
レオ越しにすぐ見えるのは、豪奢な白い壁。
ガタゴトというこの規則的な揺れ。周りを見れば小窓らしき場所には紫のタフタでたっぷりドレープを取ったカーテン。
座面がフカフカな対面の座席。
白を基調として金で装飾されたエレガントな内装は、何度か乗ったことのある王国の馬車の内装……。
「どういうこと!?」
*****
信じられないことに、目覚めたらすでに華旺国を後にしていた。
ほんっ………………とうに、信じられない。
私、父上にもお母さまにも、兄達にも、シンにも、何にも言わず出てきちゃってるじゃないの!!
「俺が言っておいたから大丈夫」
と、レオは事も無げに言うけど、そういうことじゃないのよ!?
レオの膝の上でフカフカのブランケットに包まれて抱き締めてられていたけど、めくって見れば、いつの間にか王国式の貴族女性の旅装束になってるし「あ、それはリンが着せてくれた」旅に出る支度なんてなにもしてなかったのに「母君とリンとハヤテがトランクを詰めてくれたぞ」ヤト様がどうなったのかも聞いてない「俺達が出てくるまでには目覚めてなかったな」
「もーーーーーっ!!!」
「そもそもこれどこに向かってるのよ!?」
馬車の中で、更にレオの膝の上で抱き締められながら、可能なかぎりジタバタしてやった。
「セラト王国」
「……は?」
「三国会議に出席するんだが、思ったりより華旺国で時間かかっちまったから、日程ギリギリなんだよ。悪かったな」
「……。その話、私、全く聞いてないんですけど。更に言えばなんで私を連れて行く必要が?」
寝起きに興奮したからクラクラしてきた。
力が抜けてきたけど、レオは絶妙な安定感で私を抱き締めていて倒れることはない。っていうか、普通に座面に座らせて欲しいのだけども。
「確かに説明する時間なかったな。ほら、それより腹減っただろ?フヨウが「オベントウ」?とかいうものを持たせてくれたぞ?」
騒いでて気付いてなかったけど、座っているのとは反対側の座席の端には、王国式のインテリアに全くそぐわない、風呂敷に包まれているお重と思われる四角いものが鎮座している。
レオもレオなら周りも周りだわ!!
お弁当作ってる時間があるなら起こしてよー!
「アオイ」
んぎ!と睨むつもりでレオを見たら、溶けそうな甘やかな微笑みと目が合った。
「これ以上離れていられるわけないだろ?だから、連れてきた」
当たり前のように言われた。
「だ、だからって……、急に、急すぎ!」
そんな顔したって、ダメなんだからねっ!
……と、思いつつその甘い顔にドキドキしてしまう。
「アオイ」
甘ったるく名前を呼ばれる。
うう、なんかあの闇の中でお互いのトラウマを見せ合ってから、やたらとレオが甘い。
恥ずかしくてまともに顔を見られなくて、下を向いてしまったら、ぐいっと顎を捕まれた。
伏せられたペリドットの瞳が、ものすごく色っぽい。それが近づいて来る。
ふぁっ、と思った瞬間にはもうキスされていた。
「ん……」
さすがに、もう抵抗はしないけど……。
「んん……」
しないけど……、ちょ……
「……ん、あっ……」
や……、頭がボーッとしちゃう……。
「で~ん~か~」
コココッというノックとアランのいつもの声かけが同時に聞こえた。
「なんだ?」
一言発してまだキスを続けるレオが信じられない。
「んん!んー!!」
グイグイと肩を押してるのにビクともしない。
「休憩地点に到着致しました。盛ってないで出てきて下さい」
「!!!!」
いーやー!!!アランは中でどうなってるのか正確に把握してる。
「仕方ないな」
そう言って、最後唇をペロッとなめて離れていった。
「開けますよ」
アランが馬車のドアを開けたのは分かったけど、力も抜けて顔が真っ赤な自覚がある私は、レオの胸元にくっつけた顔を上げられない。
「殿下。アオイ様は起きたばかりでは?あんまり浮かれてると愛想尽かされますよ」
「丁度いい。アランそのオベントウを持ってこい」
アランの言うことを丸っと無視して、レオは私を抱いたまま馬車を降りた。




