68: 寝るだけ
「今度はヤトが失踪して、奴の残したあの小屋を見て、研究していた魔法が闇魔法だったと知ったオヤジは、あそこにあった書物も道具も全て燃やしちまった。で、その後やっと現れたのが、あの襲撃だ」
フゥ、と疲れたため息を吐いて父上は口を閉じた。
「ヤト様は、ずっと勘違いしたままだったのですね……」
本当のことを知らないままイオリ様を想い続けたヤト様が、痛ましい。
「イオリのことを「病気で亡くなった」と里の者達には説明していたのを、ヤトは全く信用しておらず、「邪魔になったから殺した」のだという証拠を探していたようだ。もちろん、そんな証拠はあるわけもなく、徒労に終わったがな。その後、何を思ったのか闇魔法の研究だ」
「ヤト様は、イオリ様を呼び戻すつもりだったようです……」
「呼び戻す?」
父上が嫌そうな顔で聞き返す。
「黄泉の国から」
自分で言ってからゾッとした。
そんなこと出来るわけない、と思ってはいるけど、禁忌の闇魔法を使えば……あの真っ暗な空間にいた不気味な何かを使えれば可能なの?とも考えてしまった。
「父上、ヤト様が目覚めたら本当のことを教えて差し上げてもらえますか?そして、これを」
ずっと持っていたイオリ様からの手紙を渡す。
「お前、これ……。いいのか?」
「はい。私はもう読みましたので。私よりヤト様の方が必要だと思います」
起きたら渡してもらうよう父上に頼んだ。
「……っていうか、レオ。お前明日出発だろ
、いい加減休め」
父上がレオに向かって唐突に言った。
「……え?レオ……、どこかに行くの?」
確かに既に日付けが変わってしまっている。っていうか、出発?どういうこと?
「ありがとうございます。では、失礼して休ませてもらいます。アオイ、行こう?」
そう言って、私の腕をグイっと引っ張り一緒に部屋を出ようとする。
「え?は?ちょっと、待って!」
廊下に出る間際、レオは振り返って父上にとんでもないことを聞いた。
「アオイの部屋で休ませてもらっても?」
「はぁ!?なななな、何言ってるの!?」
父上より先に私が声を上げてしまった。
父上なら「お前、何ふざけたこと言ってんだ」とか言うだろう、と思っていたら
「あぁ……、あー……、んんっ、お前……、魔力……」
と、いまいちハッキリしない物言い。それに対してレオは
「そうとう使いました!」
やたらにこやかな笑顔で言いきった。
キクノスケお兄様まで、微妙な顔つきになっている。
「寝るだけだぞ」
「もちろん。寝るだけです」
男2人は意味深な目線を交わした。
*****
「れ、レオ?本当にここで、ね、寝るの?」
誰が用意したのかわからないけど、私の部屋に行ったらすでに布団が2組引かれていた。
とはいえ、部屋の端と端に引いてあって、最大限距離を取ってある。何コレ。
「アオイ、今日は疲れただろ。風呂行ってきな」
いろんなことがありすぎて、濃厚な1日だったことは確かだ。
なんだか納得してないし、腑に落ちない状態のまま、レオに急かされてお風呂に行った。
お屋敷には家族用のお風呂と、共同風呂があって、共同風呂は男女別れて二つある。
私は家族用の風呂にさっと入って、埃を落とした。
湯船につかっていると、今日あったことが全て夢の中のことのように思える。
こざっぱりして部屋に戻れば、2つの布団(しかもくっつけてある!)とくつろいでいるレオがいて、現実を思い出した。
「さっぱりしてきたか?」
いやに落ち着いてふわりと笑うレオも共同風呂に入ったようで、金髪はまだ濡れてるし、寝間着の浴衣の合わせは相変わらずユルユルで胸板が見えてる。
濡れた髪を無造作に後ろに流して、こちらを見る瞳はいつもの黄緑だけど、色気が駄々漏れすぎて直視出来ない。
「あのっ!聞きたいことがありすぎるんですけどっ!なんで同じ部屋で寝ることに?明日出発って何!?」
「落ち着け。勢いすごいし、敬語混ざってるし」
ククっと笑いながら布団の上で胡座をかいている。
普段なら重厚な王国様式の靴を脱がない部屋で、上質なシャツとベスト、トラウザーズに艶々の革靴……という格好で、フカフカのソファーに優雅に座ってティーカップを傾けているような彼が、和室の布団の上で藍染の浴衣で胡座……っていうのを見慣れてきてる。
とりあえず、私も隣の布団の上に座った。
「アオイ、アーネストと一緒に寝てたんだろ?」
ピキっ、と空気にヒビが入った。気がした。
「ああ、いや、責めてるわけじゃない。ものすっ……………… ごく、嫌だったけどな」
今、すっごいためたね……。
「で?お前、なんで自分の特殊能力を親にも教えてなかったんだ?」
ああ、レオはやっぱり覚えていたのね……。
物心ついて、魔法もある程度使えるようになってきた頃。これといった得意な魔法がない、と思っていたのに、たまたまレオとお昼寝したことで自分の特殊能力に気づいた。
一緒に寝た人の魔力を回復する。
当時、魔力の出力コントロールがハチャメチャだったレオは、よく魔力切れを起こしてダウンしていた。
心配して、寝ているレオの側にいた私が一緒に寝てしまって、起きた時にレオの体調が回復していることに2人で気づいた。
でも、それを誰にも言わなかった。
「……また、お前のことだから、その特殊能力が原因で他の人に影響を与えるのが嫌だ、とか思ってんだろ」
「……っ、ち、小さい頃はそんなとこまで考えてなかったけど……」
「けど?」
「……レオを、治せるのが、私だけ、って……いうのが、ウレシかった……ので……」
小さい頃の、単純な好意が恥ずかしい。
「なんだよ、それっ……」
ボソリと呟いたレオを見たら、私に負けず劣らず顔が赤い。
ふいにグイっと腕を捕まれて、引き寄せられた。
レオの腕のなかにすっぽり収まる。
「れ、レオ!」
目の前が、は、肌色なんですけど!
ぎゅう、としっかり抱き込まれて身動きが取れない。
「アオイ……」
呼んだ、というより呟いた一言に心臓がキュンとなる。聞こえてくるレオの心音も心地よい。
あ、これ、ダメだ。
前もあった。
レオに包まれて、この安心出来る心音を聞いてると、意識がトロトロと緩んでくる。
まだ聞きたいことも沢山あったのに、すごく眠い……。
「……れお、お手紙……ありがと……。あれで、思い……出した…………」
「……。アオイ?」
世界一安心出来る腕の中で、またもや私は眠りに落ちてしまった。
「……またかよ……」
呟いたレオの声は、私にはもう届かなかったけど、苦笑混じりのソレは文句というより安心からくる響きだった。




