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逃げられ王子と追われる令嬢  作者: キョウ
第1章

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67/127

67: 龍の花嫁

  「イオリは、俺の父――ナリトとヤトの腹違いの兄妹だったんだ。産まれた時から病弱でな、親族は「黒の蝶」には向かないんじゃないかと懸念していた。屋敷の離れで寝ている毎日だったが、ある日父が気づいたんだ。見舞いに行くと比較的元気な時があると」


 そんな時は決まって何かを握っている。まだ幼かったから、何か玩具を心の拠り所にでもしているのかと思ったが、その小さな手の中にあったのは、蔵に厳重に保管してあるはずの「龍の爪」だった。


 蔵は離れからも距離があるし、頑丈な鍵もかかっている。鍵は物理的にも、強力な魔法でもかけてあって、病弱な子どもが易々と開けられるものではない。


 聞くと「いつのまにか、枕元にあるの」だという。


 それを持っていると、体調が良いことを分かっているイオリは見つける度にずっと握りしめていた。

 しかし、気付けばいつの間にかなくなっている。数日すると、また枕元に現れる、というのを繰り返していたらしい。


 誰かがわざわざ蔵から持ってきたり、戻したりしてるのだろうか?とナリト様は考えた。

 ともかく、跡継ぎとして龍の爪がこの華旺国ではとても大事なものだと知っているナリト様は、国王である自分の父、タダノリ様に報告した。


「なんだと!それは龍の花嫁の兆しではないか!」


 驚愕して叫ぶ国王から、ナリト様も初めて「龍の花嫁」のことを聞いた。


 *****


「龍の花嫁、とは?」

 レオが父上に聞いた。

「……龍の花嫁のことは、直系のみに口伝で伝えられるもので、本来ならキクノスケにだけ折を見て話すつもりだった。だが、お前達はもう聞かないと気が済まないだろう?」

 レオと2人で顔を見合わせた。

 アーネスト様とヤト様のそれぞれの目的に巻き込まれ、イオリ様のことを知った。

 ここまで巻き込まれて、理由の発端になったことを知りたい、と思うのはただの好奇心だけではない。

「もちろん、ここで聞いたことは口外しません」

 ハッキリと言うレオに続いて私も頷いた。


「アオイは知ってるな。龍の昔話の内容を」

 小さい頃から何度も聞いた、この国の成り立ちのお話。

「龍が、里の娘をお嫁さんにした話……」

「そうだ。龍の花嫁になったのは、その昔話の娘だけではない。数百年だか百何十年に1度、花嫁として里の娘が龍に選ばれる」

 キクノスケお兄様は初めて聞いた話のようで、驚愕の顔をしている。

「なにせ口伝だし、前例が百年以上も前の話だから正確には伝わっていないのだが、龍の花嫁は龍と同じ寿命になるらしい。そして龍が亡くなると龍の花嫁も共に召され、新たな龍が誕生し、また花嫁を迎える」


 私はそれをイオリ様からの手紙で知った。

 直系だけの口伝、とも書いてあったので、ヤト様にお伝えするべきか迷った。

 けど、真実を知らないヤト様があそこまで拗らせていて、さすがにお伝えすべきだと思った。

 言う前にあんなことになっちゃったけど。


「龍が選んだ娘の所に爪が現れて、いつしか嫁に行く……」

「え……、父上、それって」

「そう。それだけしか伝わってなくて、いつどのように嫁に行くか、分からなかったらしい」

 直系だけだし、口伝だし、調べようもない。

 ただ、嫁に行くまでにイオリの体調が悪化しないことだけが、取れる術だった。

「本人……イオリにはもちろん伝えた。そしたら「じゃあ、私、お嫁さんになったら長生き出来るの?」とあっけらかんと聞いてきた、とオヤジは苦笑して話してくれた」

 うん。手紙でもそんな感じのお方だった。

「イオリは乗り気で……、沢山の苦い薬も我慢して飲んで、嫁に行く日を楽しみにしていた。その離れにヤトが忍び込んでることは、最初は誰も気付いてなかったんだ」


 イオリ様も無邪気に懐いてくるヤト様を、義理とはいえ弟として可愛がっていた。ずっと、離れに1人で寝ていたなら、嬉しかったんだろうなってことは容易に想像出来る。

 ヤト様は、元々「黒の蝶」の伝承を良く思ってなくて、でもイオリ様が黒の蝶を諦められてる親族の空気は分かっていたようで、それもまた彼を苛立たせた。

 イオリ様は、自分の心配をしてくれるヤト様に感謝はあったけど、本当のことは言えない。

 そんな状態で数年が過ぎ、イオリ様は年頃の娘になった。


 そんな中、イオリ様が大きく体調を崩した。

 多分、私がもらった手紙はこのあたりで書かれたものだと思う。

 それまで見のがしていたナリト様も、ヤト様が離れに行くのを止めて、絶対安静になった。

 お医者とお世話係りだけが出入りする部屋から、忽然とイオリ様の姿が消えたのは数日後だった。


「その時は、俺も離れに行ったんだ。オヤジがあわてて一緒にいた俺をそのまま離れまで連れて行った」

 まだ幼かった父上は、大人達が騒いでいる中、布団の中から爪を見つけた。


「これ……ですか……」

 レオがシャツの中から首に下げていた巾着を出した。

 めちゃくちゃ見覚えのあるソレを、なんでレオが持ってるの?

 袋の中から手のひらにコロンと出した爪を、レオが摘まんでしげしげと見つめている。

 そしてなぜか父上とキクノスケお兄様が2人して目を見開いてレオを見ている。

「父上?」

 声をかけたら、我に返ったのか「そういうことか……」と呟いた。

「レオンハルト殿下、それを触っても平気、なんですね……」

 キクノスケお兄様まで、脱力したように言う。

 私とレオは目を合わせて「?」という状態だ。


「その話は後だ」

 父上が急になげやりに言った。

「結局、イオリはあのまま龍の花嫁になったんだと、オヤジは言っていた。だが、ヤトにはやっぱり何も説明しなかった。国王(じいさん)に食ってかかっていたのを覚えてる」


 *****


「お前らがイオリを殺したんだろう!マトモな黒の蝶になれないからって!それで次はマサユキの子か!?娘が産まれれば、またソレを背負わせるのか!?」

 誰もまともにヤト様の相手をしなかった。

 国王とナリト様は真実を告げるつもりはなく、親族はイオリ様の失踪を、事件か事故か家出か自殺かと騒いだものの、国王が何かを含んでいることを察して何も言わなくなった。そんな親族も、ヤト様の言うことをまともに聞く人はいなかった。

 次第に自室に引きこもり、やたらと魔法の研究をしだした。

 王族としての役割を何もせず、どんどん病的になっていくのを、誰も止めなかった。



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