64: 白い光 (シンside)
「信っじられない!普通できるか!?」
回復した後の第一声は、文句しか出なかった。
まさか回復魔法を投げられるとは思わなかった。
皮膚が焼けた痛さで朦朧としていたものの、ちゃんと俺に向かってきた魔法の塊を全身に浴びた。
とたんにフワリと暖かいもので包まれ、痛みがスーっと引いた。
母が治療する所を何度も見てきたけど、こんな距離がある状態で使えるものなのかと、さすがに驚いた。けど、助かった。
とはいえ、表面上のヤケドは治癒されたものの、多分折れている肩や腕の骨はそのままなので、ちょっと動くだけでも体じゅうに激痛が走る。とはいえさっきよりは意識はハッキリしていた。
レオが何の躊躇いもなく、黒い渦に身を沈めた直後、宙に浮いていたヤトは全身真っ黒になっていた。
そこから、微動だにしない。
渦は広まりが止まったものの、相変わらず不気味に存在している。
更には壁が燃えている範囲が広がり、出口の引戸は開けられない。
今更気づいたが、この壁だけは魔法防御がかかっていなかったらしい。
せっかくレオが回復魔法を投げてくれたが、燃え盛る壁を前に、なす術がない。
レオはちゃんとアオイを連れて戻れるのか、と不安がよぎるが、こうなったら信じて待つしかない。
肩と腕と同時に、心も痛い。
「……ハッ……、あんなに近くにいたのに、極限で呼ぶのは、レオって……」
まざまざと見せつけられた。
直後にレオが現れたのも、アオイの声が届いたからに違いない。
2人の見えない絆を、見せつけられた。
今までずっと大切にしていた蝶が、手元からすり抜けていく。いや、もしかしたら元々手元になんかいなかったのかもしれない。
俺の、黒の蝶……。
「シン!アオイ!!いるのか!?」
外からフヨウ様の大声が聞こえる。
「います!でも、ヤト様が暴走しています!」
ゴウゴウと燃える音に負けないように、力を込めて大声で答えたら骨に響く。
「壊すぞ!」
という声とともに、燃えている引戸が外側に飛んだ。
続いて、ドガン!という盛大な破壊音。
痛いのを堪えて体を動かして見てみれば、出入口の引戸はともかく、その周りの壁と、屋根の一部分が吹っ飛んでいた。
それをやってのけたのが、小屋の真ん前で太刀を抜刀して肩で息をしているレンだとすぐにわかった。
キサラギ兄弟の中でも戦闘能力に特化しているレンは、魔法を刀身に載せて広範囲の攻撃をすることが出来る……、と聞いたことはあったが今まで見たことはなく、これがその威力なのかと唖然とした。
「レン、破壊しすぎだぞ。中の人物のことも考えろ」
「ごめん。殺気立った」
と言いながら、フヨウ様とレンはまだ一部の壁が燃えているのをものともせず小屋に入ってきた。後ろにはキサラギ兄弟が全員いるし、レオの兄であるレナルド王子までいた。
「アオイはどうした!?」
狭い小屋をすぐ見渡して、フヨウ様が言った。
「……そこの、黒い渦に引き込まれて、レオが後を追いました……」
「なんだ、これは……。おい、シン……」
言いかけてフヨウ様が俺を見た。
「シン!お前、黒焦げだぞ!?アヤメ、すぐ医療班を呼べ!アマーリアでもいい!」
「は、はいっ!」
小屋から連れ出された俺は、誰かが切り開いた地面に下ろされた。
「フヨウ兄さん……、アレ何……」
レンが珍しく怯えたような顔で、真っ黒になったヤトを指差した。
「……、ヤト様……だな」
相変わらず微動だにせず宙に浮いたままのヤトは、不気味な存在感を出していた。
「……っうぅ……。お前ら、これが平気なのか?なんて禍々しくて気持ち悪い魔力……っ」
青ざめた顔を歪ませて、レナルド王子が言った。そういえば、彼は人の魔力を感じる力が強い、と言っていたな。
「平気ではないが……。なんだこれは……?」
誰も黒い渦に近づけない。
レオは一瞬も迷わず飛び込んで見せたが。
「マイナスのオーラ、というか、負の力が濃密に結合しているような魔力だ。それと、そこの黒い奴の魔力が織り混ざって、冥府の扉でも開きそうな気配だ……」
「冥府の扉……」
キクノスケ様が呟く。
「まさか……」
「!! レオが、来る!」
レナルド王子が突然そう言うと同時に、黒い渦がグニャリと歪んだ。
ヤト様がビクビクと震え出す。
いきなり、渦の中心を突き抜ける白い光が細く現れ、宙に浮いているヤト様を下から照らした。
「っう、あああああ!!」
ヤト様が苦しみ出したのと同時に、その細い白い光がどんどん太く明るくなっていく。
黒い渦からそびえ立つ白い光に、その場にいた誰もが圧倒されて、一言も発しない。
白い光に照らし出されたヤト様から、黒いもやの塊がゾロリと出てくる。しかも次々と。
もやは光の中を逃げ惑うように動き、次第に霧散していく。
白い光が浄化していくように、黒いヤト様は徐々に黒が抜けて、元のヤト様が見えてきていた。
苦しそうに雄叫びをあげていたのもいつしか収まり、項垂れてドサリと床に倒れた。
「ヤト様!!」
フヨウ様とキクノスケ様が駆け寄る頃には、小屋の床にはもう黒い渦はなくなって、普通の傷んだ板の間になっていた。
「……、ア、アオイとレオは……?」
ヤト様を抱き起こしながら、フヨウ様は半壊した小屋とその周りの森を見て呟いた。
「……っ、んん……」
場にそぐわない甘い声がしたのは、頭上だった。




