63: 見くびるな
泣いていた私が落ち着くまで、レオはずっと抱きしめていてくれた。
「大丈夫か?」
涙がようやく収まった頃、そっと体を離してレオが聞いてきた。
「う、うん……。あの、もう、は、離して……もらえる?」
我に返ったら、メチャクチャ恥ずかしくなってきた。なのにレオは嬉しそうに笑って、肩をつかんだまま、またもやおでこや頬にキスしてくる。
「や、ちょっ……、待って、待って!」
「顔、真っ赤。かわいい」
フニャリと前にも増してトロ甘な顔で言わないでよっ!
「待ってってば!ここから出ないと!」
過去の光景はすでに消えていて、暗闇の中に私達2人だけが浮かんでいる状態だ。
「フィ……、アオイはこの闇がなんだか分かってる?」
ドロリとした重苦しいこの感じは、実は既視感がある。私の知っている感情と似ている。
「何……とは言えないんだけど、なんていうか負の感情と似てる……」
「まさにそれだ」
「……どういうこと?」
真っ暗なのに、レオは周りを見渡した。ある一点に目をこらすと、私の手を取ってそちらに歩き出した。不思議なことにさっきはまとわりつくような粘度のある空間に思えたのが、今はちょっと湿度が高い?くらいのうっとうしさになっている。
レオといるから?と、絡ませあって繋いでいる手を見つめた。
「いいか?多分、この空間の中で俺らは最強になった。俺を信じて、引っ張られるなよ?」
「ど、どういう意味?」
「あそこ、見えるか?」
レオが迷いなく進んでいくその先に、さっきの幼い頃の私を見つけた時のように、遠くにポツンと誰かが立っている。
なんとなく、誰だか予測はついたけど、近づくとハッキリ分かった。
少年と青年の間くらいの若いヤト様だ。
まだ、身長が伸びきる前なのか、ヒョロリとした長身のイメージではない。
紺色の和装で、裸足のまま顔は下に向いている。
「ヤト、いいかげんにしろ」
その若いヤト様にレオが声をかけた。
えっ、過去の光景ではないの?
「……っ、お前ら、なんで、平気なんだよ……」
こちらを向いたヤト様をよく見ると、ダラダラと脂汗をかいて、何かに耐えるように手を握りしめている。
「お互い、最高の相棒を手に入れたからな。こんな闇に負けるわけがない」
レオはそう言って私を見てニヤリと笑った。
「それに、お前自分の闇をこいつらに喰わせたな」
「……っ!……う、くっ……」
ヤト様は耐えられないのか、ガクッと膝をついて荒い息をしている。
「自分で取り込んで更に喰わせたくせに、耐えられないのか」
それを冷静に見つめるレオは、憐憫の表情だった。
「アオイ、こいつは闇魔法を完全に自分のものにするために、自らに闇を取り込んだんだ」
ゾワリと鳥肌が立った。
「どうやって……」
「アーネストが言っていた。呪われた土地からその呪いを自分に移したと」
元々の原因は、もはやよくわからなくなっていたらしいけど、その家は住むのはもちろん、誰も寄り付きもしない家だった。元々はちゃんと持ち主がいて人が住んでいたのが、住む人に不幸が重なり、新たに住む人にも災いが起こると、それはどんどんエスカレートしていった。人々の妬みや怨み、恐怖、怯え、全ての不の感情を吸い込んで、呪われた家と呼ばれるようになったそこを、ヤト様は購入してそこに巣くっていた闇を自ら取り込んだという。
「なんで、そんなことをっ……」
手で胸を押さえ、呼吸さえあやしくなってきたヤト様は、虚ろな瞳でこちらを見た。
「イオリを……、取り、戻すためだ……」
「ヤト様は、イオリ様がどうなったと思ってるんですか!」
ヤト様の中で何かが間違ってる。
勘違い、というか、正しい情報が入ってないってことは気づいてた。それが、外部からの意図的なものか、本人の感情的なものかまではわからないけど。
粘度を感じなくはなったけど、闇の中に何かがザワザワと蠢いているのがわかる。
私とレオの周りには近寄らないのに、座り込んでいるヤト様の周りにソレはだんだん集まってきているようだった。
目視出来ないけど、肌は感じているようで、さっきから鳥肌が治らない。
無意識にギュッとレオの腕を掴んでいたようで、こちらを見てフッと笑ったレオが、腕を引き抜き腰を抱いてきた。
普段なら恥ずかしくて身をよじるところだけど、周りが怖すぎて密着してる安心感で離れられない。
「ヤト、どうするつもりだ?本当はこの闇を従えて自分の力にするつもりだったんだろ?まあ、今の状況を見ると無理そうだがな。どうする?ここから抜け出したいなら助けてやるぞ」
ヤト様はこちらを向くのももう辛いのか、下を向いて苦しそうに言った。
「…………。何を、言っている。お前らも、この闇に入ってしまってるんだぞ……。遅かれ早かれ、このまま同化していくしかないんだよ……」
こんな気持ち悪いのと同化なんて嫌すぎる、と思っていたら、隣からクッ……と失笑が聞こえた。
「あのなぁ、俺を見くびるな」
そう言って、レオは右手の人差し指で暗闇にクルリとリンゴくらいの大きさの円を描いた。
その軌道が白くフワリと残る。
宙に浮いた円は、レオが指揮するように動かした手振りに従い、私達の足元にあるであろう地面にペタリと着いた。
円の中も真っ白になったソレが、じわじわ広がる。
小屋で見た、黒い円が広がるのと同じ。
でも、この円は禍々しいものじゃない。反対にとても綺麗で、神々しさすら感じる光が広がっていく。
「こ、これは……。聖魔法!?」
「レオ!そんなの使えるの!?」
ヤト様と同時に言ってしまった。
「聖魔法は、禁忌じゃねぇ。ただ、使うのに膨大な魔力とコントロールが必要で、それが出来る奴が少ないだけだ」
あっさり言ってのけた。
「とにかくここを出るぞ。ウゾウゾ纏わりついてくんの、鬱陶しいんだよ」
あ、やっぱりレオが守ってくれてたんだ。
足元の白い円はヤト様も範囲に入れて、広がるのを止めた。
「やめ……ろ……。俺は、この闇を使えるっ……!それに、これだけ、喰わせて喰われてたら、もう……」
「諦めろ。俺がひっぺがしてやる」
レオの指揮で白い円は徐々に上に上がり、私達を包む大きな筒のようになった。
「まぶしっ……」
白さが一層増した、と思ったら腰を掴んでいるレオの手にぐっと力が入った。




