62: 逃げないで
「うれ……しい?」
「ああ。フィオが黒の蝶でなかったら、俺と出会えなかった。原因はともあれ、グーラート王国に来てなかったら幼いフィオと一緒に過ごせなかった。フィオには悪いが「黒」だからと言ってくるような下らない貴族と接する機会が少なくて良かった。フィオが夜会で肩身の狭い思いをしていたのを知っていたのに、酷いだろ?よけいな虫が付かなくて良かった、って思ってたんだ」
清々しいまでに美しくニッコリ笑って言われた。
「俺はフィオさえいればそれでいい。王族などという身分だって、フィオと一緒にいるために利用出来るから収まってるが、本当はどうでもいいんだ。ただ、フィオが暮らしているから王国を平和にしたいと思ってるだけだ。フィオがいらないと言うのなら、国を1つ沈めることだって厭わない」
レオが、こんな風に自分の思ってることを言うなんて、初めてのことだった。
しかし、内容が重い。
しかも、とろけそうな甘やかな顔で。
「フィオを、鎖でも着けてどこかの城にでも閉じ込めておきたい。俺だけを見て、俺のことだけ考えてくれればいい。って、常に思ってる」
ペリドットの瞳が、その色っぽさの中にある常軌を逸している熱量が、言葉が本気だと伝えてくる。
「レオ……」
歪んでる。
それを、レオは自分で分かってる。
「これでもずっと我慢してんだ。ハヤテも、シンにも、もちろんアーネストにも、他の男に触らせたくも見せたくもない。なのにフィオは俺から全力で逃げるし。忘れるし……」
「ご……ごめん……なさい……」
忘れたのは不可抗力なんだけどな。
スルリとレオの両手が私の頬に触れる。
暖かいこの体温に、私がどれだけ安心出来るかレオは気づいているのだろうか?
「フィオは、こんな俺は嫌か?」
自分の闇ですら内包して、それでもまだ輝いてるようにすら見える、彼が強い。
私は……。
ずっと自分の闇から逃げていた私は……。
「フィオはそのままで」
心を見透かされているかのように言われた。
「……っ!だって、私……、私は……」
「だから、そのままのフィオでいいから」
頬の両手でぐっと顔を上げさせられる。
「俺に愛されて?」
自分のだけでなく、私の闇まで包み込むつもり?
「私、ずっと……、怖かった。自分のせいで、良くても悪くても、誰かに影響を与えるのが嫌だった」
幼い頃に拐われて、父上とマサユキ様に怪我をさせたこと。ものすごい罪悪感だった。
グーラート王国へ、私のためについてきてくれた双子にも、故郷から引き離して申し訳ないって思ってた。
生き馬の目を抜く社交界で、王子という責任ある立場のレオの汚点として足を引っ張りたくなかった。
「レオにも……。レオを私の事情に巻き込みたくなかった……」
「嫌だね。他の誰かにはそう思っても、俺だけ、俺だけはフィオの……アオイの人生に巻き込め」
―――本名を、初めて呼ばれた。
それが、こんなに心を震わすなんて思わなかった。勝手にジワリと涙が滲む。
「その代わり、この拗らせまくっためんどくさい憐れな男を受け入れてくれ」
おどけたような表現を、すごく真摯に言ってきたのは、レオが本当にそう思っているからだ。
「い、いいの?私、黒の蝶だよ?もれなく華旺国ついてきちゃうよ?」
「……そうだな」
「私、本当は知ってるの。陛下が黒の蝶のことを知っていて、レオを私と引き合わせたこと。でも、レオは陛下の思惑通りになるのは嫌なんじゃ……」
「ふっ……、そんなこと気にしてたのか?フィオが手に入るなら、魔王の策にだって乗ってやるさ」
さっきから涙が止まらない。
なのに、レオが涙の後にキスをしてくる。
「レオ……、レオ、私……っ……」
「うん。アオイ。好きだ……。アオイが好きなんだ……」
そう言って瞼や頬に触れる唇が、とうとう唇に重なった。
前にもされたけど、今度は自分の意思で受け入れる。
「……ん、っ……んっ!」
段々深いソレに変わっていくのについていくのに精一杯。
やっと離れた唇から、はーっと深い長いため息が漏れた。
「もう、俺から逃げないで」
ぎゅうと抱きしめられた腕の中で、ただコクンと頷くしか出来なかった。




