58: 赤黒い (シンside)
小屋の中からアオイの声がする。
「……やめっ……!ヤト様!!」
躊躇することなく、小屋の引戸を開けたら、信じられない光景が広がっていた。
玄関……と呼んでいいのか小さなタタキがあって、少し高くなって板の間が続く。小屋の中は、華旺国様式と王国様式を混ぜたような作りだった。
小さな板の間の空間の先には部屋を仕切る引戸があったらしく、床には敷居が残っているものの、戸はない。
その先の1間しかない部屋も板間で、元々は書斎のような状態だったのか、机と椅子、いく台かの本棚が中央に傾いている。
その中央にはヤトが宙に浮き、足元には黒い渦がじわじわと広がっていく。その表情はうつろで、目の焦点すら合っていないようだ。
アオイは小屋の奥の窓際で、小さくしゃがんでいた。
「アオイ!!」
何が起こっているのかわからない。
傾いた椅子が黒い渦に触れると、グニャリと形を歪ませ、渦の中に吸い込まれていった。
魔法……、なんだろうがこんな状態になる魔法を知らない。
脳裏に過ったのは、最初にヤトが現れた時にアオイの足元に同じような黒い円が出来ていたこと。
あの時、レオの従者のアランは「禁忌の闇魔法」だと言っていなかったか?
更にはアーネストが言ったことも思い出す。
*****
「ヤトには気を付けた方がいいよ」
マキノのことを聞いて部屋を出るとき、背後からボソリと言われた。
振り返るとアーネストはまっすぐこちらを見ていた。
「アイツ、怖い」
「仲間として一緒にいたんじゃないのか?」
「違う。利害が一致しただけ」
「怖い、とは?」
「……。俺と会う前に、いわくつきの家を買ってたんだ」
突然、何の話だ?と訝しんでいたら、突拍子もない話になっていった。
「その家はエルゼバン領にあったから、俺も噂を聞いたことがあるくらいに有名な呪われた家だったんだ。それを、ヤトは知っていてあえて買った……。近所の住民も誰も近づかないような家。ソコに何があったのかは知らない。知らないけど、禍々しい何かがあったことは確かなんだ。でも、気付いたらある日からガラっとその家の雰囲気が変わっていたんだ」
「どういうことだ?」
「わ、笑うなよ……。家からその「怖い」のがなくなって、……ヤトの背中が怖くなった」
*****
「シン!来たらダメ!!」
しゃがんだまま俺を認識したアオイが叫ぶ。
と、同時にそれまで焦点の合わなかったヤトの濁った瞳がこちらをギロリと見た。
「お前も、俺からイオリをうばうのか……」
お前も?
何のことだかさっぱりわからないが、見に覚えがない以上、言いがかりだ。
ヤトを無視して、なんとかしてアオイの近くに行けないかと室内を見渡す。
すでに2台目の本棚が吸い込まれていて、それが無くなった分、黒い渦に飲み込まれていない床が少し増えた。
すかさずそこに走り出した。
そんなに広くもない小屋の壁際を走り抜けると、アオイの近くに行けた。
「シン!」
名を呼ばれたとたん、右脇死角から衝撃が来た。
「痛っ……つ!」
レオが背中にくらったやつか!と、痛みの中で思ったが、それどころじゃない。
ヤトを振り返れば、宙に浮きつつ第二派を撃つべく右手に魔力が集中している。
それが、赤黒い。
通常、炎系の魔法が得意なら目視できる魔力は赤い。同じように水なら青、風なら緑と、濃度や色味に個人差は現れるものの、属性に応じた色合いになる。
それが、赤黒いというのは、炎属性と闇属性だからか?
そもそも闇魔法なんて、アランの言うようにだいぶ昔に禁止された魔法で、ソレを操るヤツなんて存在してはならないのだ。
無言で無表情でその赤黒い魔力を練り上げ、こちらに放ってくるのを、すんでのところで避けた。
俺が避けた場所の床が炎に包まれ、焦げた跡はぽっかりと黒い渦が出来ていた。
こんなのを何発も撃たれたら、小屋どころかこの森まで飲み込まれてしまいそうだ。
こちらを心配そうに見ていたアオイが、キっとヤトに目線を戻した。
「ヤト様!やめて下さい!!…こんなことしたって、イオリ様は戻ってきません!!」
「…分かっている…。俺は、遅かったんだ…。イオリを…助けられなかった…」
「違う!イオリ様はそんなこと思ってなかった!」
アオイに話かけているのか独り言なのか、ボソリと呟いたヤトは、アオイの言葉が届いていないようだった。
足元から黒い渦と同じような漆黒に染まっていく。
「ヤト様!ダメ!!気をしっかり持って!」
脇腹の痛みをこらえてアオイに近づこうとしたら、また衝撃波を撃たれた。が、今度は予測出来たので、風魔法で跳ね返す。
そもそも炎と風は対峙するには相性が悪い。
衝撃波の軌道を変えることは出来たが、出口付近の壁に当たり、そこを燃やした。
アイツを無効化させるにはどうしたらいいのか、頭をフル回転させる。
さっきかろうじて走り抜けた床の隙間は、すでに黒い渦が増していて、もはや出口には近寄れない
古い小屋だから、壁をぶち破れば外には出られるだろう、と思ってアオイと俺の背後にある壁に風を鋭くした刃を放つ。
「!!」
手応えがまるでないまま俺の放った攻撃は壁に吸い込まれてしまった。
「シン、ダメなの。私もやってみたけど、この小屋全体が魔法を吸収するようになってるみたいで、何も効かないの!」
「……っくそ!じゃあ、物理的には、どうだ、よっ!」
近くの窓ガラスに肘を打ち付けてみたものの、クッションに当てたかのようにボヨンと跳ね返された。
「なんなんだ、ここは!」
「私も、詳しくわかってないんだけど、どうもヤト様が若い時からずっとここで闇魔法の研究をしていた場所らしいの。で、魔法の暴走を防ぐためにこんな防御を施してあるみたい」
話している間にも、床には黒い渦がじわじわと広がり、そろそろ足場がなくなりそうだ。
「で?アイツはなにがしたいんだ!?」
「私が余計なことを言ったから……」
アオイを見ると、手に何か紙を握りしめている。
「アオ……」
言いかけたとき、黒い渦の中からニョロリと蛇のような影が出てきた。
「お前はいらん」
ヤトがそう言うと、その蛇は俺の左足にからまり、グイと引っ張られた。
渦に引きずりこまれる!
と、思ったら勢いよく体が宙に浮いた。
「うあ!」
そのまま出入り口の方に投げ飛ばされた。
今だ衰えない炎にモロに当たり、服や髪が焦げる。
ゴロゴロと床を転がり火を消したが、熱い、痛い、多分かなり火傷している。
「……っ、アオ、アオイ!!」
気力で起き上がり視界に写ったのは、同じように蛇の影に足を捕まれて、渦に引きずりこまれようとしてるアオイの姿だった。
「いや、いやあ!!」
指から風の刃を放ち蛇に当てるも、壁と同じように何事もなく吸い込まれてしまう。
「イオリ、一緒に行こう」
ヤトが言う。
コイツは……、アオイとイオリの区別がもうついてないのか!?
必死に抵抗しているアオイがズルズルと渦に引き込まれる。
「アオイ!!アオイ!!」
こんなに呼んでいるのに、必死な彼女には届かない。
「いや!レオ!!レオ、助けて!」




