57: あの夜
そうとう間が開きました……。申し訳ありません。
狭いのに足を曲げてスースー眠ていたレオが、カーライト邸が近づくとムクリと起きた。
「まさか、本気で泊まる気じゃないでしょうね?」
起きて、隣にちゃんと座ったレオに確認で聞いてみた。
「泊まらない」
ちょっとホッとした。
「タカユキに話がある。その前にフィオにも話がある」
さっきまで寝てたくせに、急に真剣な顔になって言われた。
「そんな改めて、何……」
言いかけた私の頬にスルリとレオの大きい手が触れた。
「フィオ」
いつもより、甘く響く低音。
頬から髪に移動した手がとても優しい。
その手が耳元に触れ、耳朶を弄る。
「……っん……、なに?」
くすぐったくて身をよじると、それはそれは色気たっぷりに微笑む。
「フィオ……」
なんで、こんなに甘く名前を呼ぶかな。
嬉しいのと、切ないのと、困惑するのと、いろんな感情がないまぜになって、反応出来ない。
真っ赤になっているであろう顔を、見られたくないのに。
「……フィオレンツィア……」
熱にうかされたみたいに、何度も私を呼ぶ彼を、まともに見ることが出来ない。
ぐい、と後頭部を抱えられ、すっぽり彼の腕のなかにとらわれてしまった。
「えっ……」と声を出した瞬間言われた。
「フィオ、俺と結婚してくれ」
どうして……、今……。
「……っ。何、言ってるの?寝ぼけて……」
「茶化すなよ。本気だから」
低くハッキリ言われた。とたんに血の気がザアっと引いた。
「ダメ……。ダメだよ。やぁっ……、はな、放して!」
「ダメ」
服の上からじゃあんまりわからなかったけど、こうして拘束されると、しっかり鍛えてるのが分かる。
ガッシリした胸板と、私の力じゃビクともしない逞しい腕に囲われて、逃げたい、すがりたい、放して欲しい、抱き締めてて欲しい。
相反する想いが溢れて涙になる。
「フィオ、逃げんな」
強い言葉で止めるくせに、顔を見たらその黄緑の瞳は不安に揺れている。
「だって……、ダメでしょ……。私、レオといられない……」
「いいや、違う。いられるようにするんだ」
頬に流れる涙を、親指で拭われる。
「フィオは、フィオは俺と一緒にいたくない?」
いつも強気でグイグイ私を振り回すレオが、珍しく弱気を見せた。そんな聞き方ズルい。
不安そうな真っ直ぐの黄緑の瞳から目を反らせない。
「愛してる」
一緒にいたくないわけないじゃない。
「愛してるんだ……」
「……っ、お願い……。やめて……。無理よ。私、レオと一緒にはもういられないの……」
「いられないんじゃない。いられるようにするんだ」
「……や」
次の言葉を口にする前に塞がれた。レオの唇で。
そっと触れたそれは、すぐに離れていった。
「フィオ……。フィオレンツィア…………」
甘く囁きながら、再びキスされた。
何度も優しく触れては離れてく唇から逃れられない。
レオにされるがままで、気付いたらとっくにカーライト邸に着いて、馬車は止まっていた。
「タカユキと話をさせてくれ」
そう言って、馬車を先に降りて行ってしまった。
降り際に「顔、赤いぞ」とかやたらと嬉しそうに笑うから、戻るまでしばらく降りられないじゃないの!と、手で頬を押さえたら、左手に違和感があった。
「?」と、手の平を見てみたら、左手の薬指に指輪がはまっていた。
え?
ええ?
確かに、夜会だったからドレスアップしてるし、イヤリングもネックレスもしてる。でも、あれ?私、指輪なんてしてなかった―――
と、手の甲側からその指輪を見たら、せっかくちょっと落ち着いたのにまた顔に熱が上がってしまった。
指輪の中央には、ものすごく見覚えのある、澄んだ黄緑色をしたオーバル型のペリドット。周りにダイヤもあしらわれ、地金は金。
どう見たって、特定の人物が連想されるソレをいつはめられたのか全く気づかなかった。
*****
ヤト様は知らなかったのか。
もしくは、あえて知らされていなかったのか。
「イオリ様は龍の花嫁になられたんですよ」
と、告げたとたん、愕然としたまま固まってしまった。
「……は?何言ってんだ、お前……。花嫁?そんな話……聞いて、ない……」
フラっと、近くにあった机に手をついてしまった。
「イオリ様から、私宛に手紙をもらったんです」
「はあ!?そんなわけないだろ!イオリがいなくなったとき、お前まだ産まれてもいなかっただろうが」
父上から渡された手紙は、だいぶ色褪せてはいたものの、ちゃんと私に届いた。
「次の黒の蝶宛に届いた文です」
「イオリは黒の蝶ではなかった!」
「そうみたいですね。彼女は最初から龍の花嫁だった、と手紙には書いてありました」
「……最初から……、だと?」
*****
黒の蝶について一通り聞いた後、父上から渡された手紙。
お母さまは「ここしばらく女子は産まれなかった」と言っていたけど、実はいたのだ、と言われた。
でも、正妻の子ではなくお妾さんのお子さんで、更には産まれた時から病弱だった、という。
そんな彼女―――イオリさんは、病弱で離れで療養していた、と聞いたものの、お手紙からはなんだかはつらつとした可愛らしい感じがする方だった。




