56: マキノ(シンside)
小さい頃、大人達にダメだと言われていたのに、好奇心で入った迷いの森で、古い小屋を見つけたことがある。
その時は、鬱蒼とした木々に埋もれ、蔦が壁やドアにからまる、今にも倒壊しそうな小屋が不気味で近寄らなかった。
諜報部隊に入り、国への出入りが頻繁になると、自然と森の中のことも詳しくなっていき、案内人がいなくてもある程度の地形はわかるようになっていた。
あれから小屋に近づくことはなかったが、位置だけはなんとなく把握していたので、そこに向かって、森を歩いている。
あの時、レオの兄であるレナルド殿が言った場所が、あの小屋だとなぜかすぐにピンときた。
森に入り、小屋に向かい初めてすぐに気づいた。
獣道が出来ている。
誰かがここを定期的に通っている、ということだ。
あの小屋に、一体誰が……。
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「では、アーネストの狙いはエルゼバン領の復興……ということなのだな?」
「はい……。詳細までは分かりませんでしたが、どうも伯母であるフローラ公爵夫人にかなり傾倒しているようで、夫人からの指示で動いているようでした」
マキノが無事に華旺国へ戻っていたことを知らされていなかったので、現れた時は驚いた。
最初、かなり萎縮した様子だったマキノは、マサユキ様へ報告しているうちに落ち着いてきたようだ。
劇場でバラバラになった後、アーネストに目を付けられ魅了をかけられたこと。華旺国の場所や、防衛状況を聞かれ、答えてしまったこと。華旺国へ飛んで襲撃した時のこと。
魅了をかけられていた間のことも、マキノはしっかりと覚えていた。
「操られていた、とはいえ里に危険が及ぶことに手を貸しました。お咎めはいかようにも受けます」
そう言って、みんなの前で再び頭を深く下げ畳に擦り付けた。
マサユキ様は思案顔でマキノを見た後、こちらを見て言った。
「マキノが操られていたことは分かっている。が、被害が甚大すぎた。身柄は、諜報部隊頭シン預かりとする。沙汰は追って下す」
「承知致しました」
答えた俺に頷く。
「アーネストと引き離したことで、徐々にアオイの魅了は解かれるだろう。アーネストの領地の問題はこちらの関知するところではない。レオに任せるがいいな?」
「アーネストの身柄をこちらに引き渡してもらっても?」
レオが言った。
「かまわん。被害は出たが、これは黒の蝶を守る上でこちらも覚悟していること。グーラート王国にもエルゼバン領にも責任を追わすつもりはない」
「……。ちょっと、寛大すぎません?」
「そうだな。でもこちらとしては責任問題をウダウダ議論する気はない。外との繋りを持ちたくないのだ。わかるな?」
「なるほど。了解致しました。ではアーネスト及びエルゼバン領への処罰はこちらで処理します」
「頼んだ。この件は以上だ。シンとレオの婚約者候補の件は、アオイが元に戻ってからだな。一度アマーリアに診てもらうか」
最後はポソリと呟いて、マサユキ様が立ち上がった。
部屋を出て行くマサユキ様は、土下座のままのマキノの背をポンと軽く叩いた。
「……よく、戻ってきてくれたな」
そう言って、ヨウコ様に付き添われながら行ってしまわれた。
「うっ……、うぅ……」
緊張の糸が切れたのだろう。嗚咽を上げて泣き出したマキノをリンがあやしながら部屋から連れ出した。しぱらくはタチバナ邸の小部屋にいてもらわなければならないな……。
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諜報部隊に入る前に、適性検査や特殊な試練がある。その中に、精神攻撃に対する訓練もあり、対魅了魔法ではないけれど、それなりに一般人よりは操作系の魔法耐性があったはずのマキノが、どうしてあっさりと魅了をかけられたのか、そこが不思議だった。
タチバナ邸に連れてきて、多少落ち着いたマキノに聞いても、そこだけは口を閉ざしてしまう。
代わりに元凶のアーネストから話を聞こうとしたら、レオがどれだけ脅したのかすっかり大人しくなっていた。
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お屋敷の離れの地下にある、いわゆる罪人を閉じ込めておく部屋にアーネストは入れられていた。とはいえ、牢屋ほど酷い環境ではない。
普通の和室の造りだが、逃げ出せないように襖ではなく扉で鍵がかけてある。
見張りに鍵を開けてもらい、中に入れてもらった。
アーネストはここに来たときの鷹揚な態度は成を潜め、座布団の上で胡座をかいてボーッとしていた。
「アンタ、気づいてなかったのかよ」
聞けば、最初は華旺国の者を引き入れるつもりはなかったらしい。ではなぜマキノを?と質問したら、そう言われた。
「何のことだ?」
「マキノ、アンタのこと好きだったんだぜ?」
「……!」
「アオよりずっと長く一緒にいたんだろう?ずっと気持ちを隠してたらしい。でも、ここに来てアンタがアオと結婚するとか言い出して、更に2人で逃亡したりするから、マキノの心は壊れたんだ。 ま、そこを俺に突かれた、ってわけ」
あっさりと説明された。
魅了をかけるのに、そういう弱った心はとてもかかりやすいのだと言う。
アーネストはアオイを拐って、魔力をアオイに注ぎ込んでいたので、マキノの魅了は切れた。
全てを覚えていたマキノは、里を裏切った罪悪感を持ちつつも、アオイの状況を知らせるべく華旺国まで戻ってきてくれた。
*****
マキノの好意に、全く気づいていなかったわけではない。
でも、団員達にアオイへの気持ちを隠したりしてなかったし、そこまで思い詰めているとは思わなかった。
耐性があったのに……、とは言えない。俺もアオイのことになると、自分が狭量になるとわかってしまったから……。
今、タチバナ邸でマキノは何を思っているのか……と、考えて背の高い草を掻き分けていたら、小屋が見えてきた。
レナルド殿は、他の魔力の気配もする、と言った。十中八九、ヤト様だろう。
あの方は何が狙いなのか、まだ分かってない俺は気配を消して小屋に近づいた。




