54: 小屋 (ヤトside)
その細い指が、幼かった俺の頭を優しくなでてくれるのが好きだった。
周りに秘密で通った離れの部屋で、いつも床から庭を眺めているイオリに、季節の花やくすねたお菓子を持って行っていた。
*****
「うわ、またすごい薬の量だな」
縁側から遠慮なく声をかけると、丁度薬を飲む所だったらしく、白湯を片手に何種類もの薬を目の前にイオリが悲しそうな顔をしていた。
「大人のくせに、なんだその顔」
「だってこれ、すごく苦いのよ。ヤトも飲んでみるといいわよ」
「俺、元気だもん」
「そうよねぇ。羨ましい」
ふふふ、と優しく笑う歳の離れた腹違いの姉は、産まれた時から体が弱く、俺が知るかぎりはほぼ布団の上で過ごしているような人だった。
「イオリも早く元気になれよ」
「なりたいわねぇ。これじゃあお役目も果たせないわね」
お役目。
―――華旺国王家に産まれる女性が選んだ伴侶に、華旺国の力を惜しみ無く与える―――
イオリはこの龍の伝承に、強い責任を感じているようだった。
「あんなもん。従う必要ないだろ」
ここ何代か、王族に女性が産まれて来なかった。昔の記録には女性の王族の記述もあったが、ほとんどが華旺国の男性との婚姻で、そうなるとその男性の実家とその周りに影響があるくらいで国としてどう、ということはなかったらしい。
他国の貴族に嫁いだ例もあったが、どうやら、かなり遠い場所だったらしく、華旺国からそちらに助力する、というより一族みなそちらに移住して、向こうで魔法を使っての支援をしていたようだ。
俺がそんな資料を読み漁り知識を得たのは、全てイオリのため。
俺は龍の伝承に懐疑的だったのだ。
里の中しか知らなかった幼い俺は、魔法が使える、ということが普通の人にとってどれだけの恩恵をあたえるものなのか分かってなかった。
だからこそ、どうして王族の女性―――イオリがそんな縛られた定めに従わなければならないのか、勝手に憤っていた。
更には、従わなかった場合どうなるのか、何か国にとって不利益なことでも起きるのか、誰も知らないというのも疑う一因だった。
そして、王族はイオリをそのお役目を果たす人物として認めてなかった。
イオリは俺と兄貴とは母親が違う。オヤジが手を付けた女中の子だった。
本妻の子ではないのに加え病弱で、親族だけでなくオヤジや本妻である俺の母も、「黒の蝶」として認めていなかったのだ。
イオリはお役目を果たすと共に、国を出たがっていた。
「だって、金髪の王子様に見初められて結婚……、なんて夢みたいじゃなーい。それで、その国に行くために2人で旅するの」
「外国のお伽話読みすぎじゃねぇ?」
呆れて白い目で見る俺を、クスクスと笑う。
実際、イオリは布団から出られないかわりに沢山の書物を読んでいた。国外をまわって帰ってきた里のものが、お土産に、とよく本を持ってきてくれたりしていた。
伝記や歴史書、冒険話、学術的な専門書、各々の興味でバラバラで持ってくるから、ジャンルもまちまち。その中でも、イオリはロマンチックなお伽話が大好きだったのだ。
*****
かつて俺の使っていた小屋は、だいぶ森に浸食されてはいるものの、まだちゃんと小屋として建っていた。
ん?ちゃんとして……というか、最近までしっかりと手入れさえされているように、出入口あたりの草は刈られ、そこへ続く小道も踏みつけられて獣道のようになっている。
誰か、使っているのか……。
迷いの森を少し奥に入った所に、寂れた小屋を見つけたのは幼い頃だった。
ちょっとずつ手を入れて、青年の頃には魔法の資料をしこたま溜め込んだ研究室のようになっていた。
屋敷のものには秘密にして、自室にこもってるフリをしてほとんどここに来ていた。
入り口のガタついた引戸を開けると、中には意外な人物がいた。
「ああ、やっぱり、ここはヤト様の小屋だったのですね」
「なぜお前がここにいる、アオ」
若い女にしては地味な深緑の着物を着て、部屋の机の前にアオイが立っていた。屋敷で会ったのが最後だったと思う。
そういえば、アーネストがアオと引き離され焦っていたが、俺にはもうどうでもいいことだった。
「少し、匿って下さい」
「はあ?」
「今まで、散々私を巻き込んだんですから、そのくらいいいでしょう?」
皮肉げに微笑む、などと言う表情は会ってから見たことなかった。
「……。お前、記憶が戻ってるな?」
元々、記憶がなくなることは、俺もアーネストも想定外だった。
魅了の魔法で、アーネストのことを好きだと思わせ、龍の伝承を利用する……のがアーネストの目的だった。
アーネスト自身も、軽く魅了を使ったことはあれど、こんなに強力に長くかけたことがないと言っていた。だからそんな弊害が出るとは思わなかった。
それが、良かったのか悪かったのかはわからないが、彼女にとっては話がややこしくなる要因だっただろう。
あの、金髪の王子との関係は、俺はよく把握してないが。
「アーネスト様と離れたからだと思う。今までも、効果が薄れる夜には違和感があったのよ」
自覚はあったのか。
「で?どうしてこんな所で匿えと?」
「……」
強ばった顔で固まってしまった。
「お前……、あの金髪のことはいいのか?」
龍の爪は確かに反応していた。
あのレオとかいう奴は、イオリが憧れていた「金髪の王子様」そのものだ。
普通に考えれば、こんな辺鄙な所まで追いかけてくるなんて、本気の度合いが知れるというものだ。
なのに、なぜアオイはこんなに逃げようとする?
「本当は、もっと書物が沢山あったの?」
話題を変えたかったのか、アオイは空になって棚にホコリが積もっている本棚を見て言った。
「ああ……。全て処分されてしまったようだな」
「ヤト様は、ここに来ることが目的だったの?」
「……違う」
「イオリ様を迎えに来たの?」
「!……お前……!?」




